弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年11月16日

オオカマキリと同伴出勤

昆虫


(霧山昴)
著者 森上 信夫 、 出版 築地書館

昆虫カメラマンというのが、いかに大変なものか、よーく分かりました。タイトルのオオカマキリと同伴出勤というのも事実そのとおりにあったことで、ウソでも誇張でもないのです。
オオカマキリの産卵シーンの撮影のときのこと。おなかがパンパンにふくれ、今にも卵を産みそうなオオカマキリのメスを一晩中見張っていたが、結局、朝まで産卵しなかった。このまま放っておくと出勤中に産卵してしまうのは確実。それで、オオカマキリをミニ水槽に入れて職場に同伴させた。そして、足もとに水槽を置き、水槽のフタに足をのせ、ずっとずっと貧乏ゆすりをしながら、職場で一日を過ごした。メスが落ちついて産卵できないようにゆすっていたのだ。
帰宅して3時間たち、ついにオオカマキリは産卵をはじめた。お尻から真っ白い泡を噴き出しはじめたのだ。一日徹夜して、貧乏ゆすりしながら仕事をして、帰宅してからもずっと眺めていたのが、ついに報われたのです。いやはや、なんという苦労でしょうか...。私には、とても出来そうもありません。
おお名人芸!すごいぞ自分!今日も完璧!ひとり自分をほめて悦に入る。
いやあ、なんだか怪しい気分ですよね...。
生きものカメラマンは、ことばの通じない相手に何もかも合わせる必要があり、仕事の時間をコントロールすることができない。
昆虫カメラマンは、カメラマンだけの収入では生活できず、やむなくサラリーマンと兼業せざるをえない。なので、夜と休日だけのカメラマンとなる。
モデルの昆虫は、なるべく自宅で飼う。自宅マンションのベランダには、たくさんの鉢植えや飼育ケースが並ぶ。そして、それを集中管理するのは大変。
昆虫カメラマンの世界は、なかなか代替わりしない。40代までは若手と呼ばれる。著者は58歳(のはず)。
ウスバカゲロウは謎の多い虫。その幼虫はアリジゴクと呼ばれる。ウスバカゲロウは、エサを食べている姿、交尾している姿、卵を産んでいる姿を見せない。
そんなウスバカゲロウの産卵シーンを夜のお寺の境内で三日三晩すごして、ついに撮影したのです。いやあ、すごい。そして、そのお寺の場所も撮影の時間も書かれていません。まさに、著者の「専売特許」なのです。いやはや...。
著者は昆虫を一度も「かわいい」と思ったことはないとのこと。「かわいい」のではなく、「カッコいい」のです。なーるほど、微妙に違いますよね...。
著者は、高校時代には数学で苦しめられ、ついには落第。ところが生物は、いつだって「五」、そして現代国語のほうも学年2位になったこともある。それで生物が好きだったのに、理学部生物学科ではなく、立教大学の文学部に進学。ええっ、大変でしたね...。
昆虫少年だった著者にとって、昆虫図鑑は、まさしくアイドル図鑑だった。
昆虫少年が終生「虫と添い遂げる」には、受験、就職そして結婚という三大関門がある。でも、その前に昆虫愛をたしかなものにする必要がある。
うむうむ、なかなか壁はあついのですね。
著者の家には、30年来、飼育昆虫がいなかったという日は一日もないとのこと。
昆虫がエサを夢中になって食べてくれる姿は非常に心癒される...。
読んでいるほうまで、なんだかホワッと心が温まってくるのです。いやあ、昆虫少年のまま大人になったって幸せな人生ですよね。
(2020年8月刊。1600円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー