弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月22日

判事がメガネをはずすとき

司法


(霧山昴)
著者 千葉 勝美 、 出版 日本評論社

典型的なエリート裁判官である著者の趣味の一つが野鳥の写真撮影なんですが、その出来映えは、たいしたもので、日本野鳥の会のカレンダーに何度も採用されているとのこと。たしかにすごいショットのカラー写真がカットで入っています。
しかし、厳冬期の野外での野鳥撮影だなんて、読んでいるだけでブルブル、身も凍えてしまいます。
冬の夜明け前の河原にブラインド(床のない簡易テント)を張り、重い三脚にすえつけた大砲のような600ミリ超望遠レンズだけを外に出し、夜明け前からじっと野鳥を待つ。ブラインドのなかにいても、寒さが足元からしんしんと全身に伝わってくる。ダウンを身にまとい、カイロを下着に貼りつけていても、吐く息の白さが、外気温が氷点下を下回っていることを視覚的に自覚させる。南極越冬隊が着るために開発された化学繊維で空気を取り込んで寒さを遮断する「魔法の下着」を着て、痛いほど冷たくなる足の指先を暖めるため、雪靴の中に使い捨てカイロを敷くが効き目はない。
身体に悪い趣味だ。ひどい寒さにじっと耐え続けるだけでなく、シャッターを押す瞬間は、胸の鼓動が早くなり、緊張感は高まり、精神的にも好ましくない状態になる。さまざまな苦しみ、悩みの連続。ただ、それでも、それが少しもストレスにはならない。
まあ、それは、そうなんでしょうね。強制的にやらされているのではなく、あくまで、自分が好きでやっていることなんですから...。
趣味は、このほか、バラの栽培もありますし、中島みゆきもあるそうです。
裁判官は、鳥類にたとえればフクロウに匹敵する希少種。一般の人々は、実像を身近に知ることもなく、裁判官とは何者か、あまり知られていない。
まさしく、そのとおりです。著者より数年は後輩になる私にしても、裁判官の私生活なるものはほとんど知りませんし、聞いたこともありません。
かなり前に、裁判官は日本野鳥の会に入ることだってためらっているんだって...と聞いたことがあり、ええっ、そ、そんな...と驚きました。どうやら、著者もその一人だったようですが、著者くらいエリートだと、その点は心配しないですむのかもしれません。なにしろ最高裁の局長を経て、最高裁判官を6年8ヶ月もつとめたほどですから。
大学生のころ、著者は平澤勝栄大臣と一緒にセツルメント法相に所属していました。
裁判官としては、紛争当事者、犯罪の加害者と被害者、それぞれの悩みや人間の弱さを分かろうとする姿勢が大切だ。これは、当事者の気持ちに同調する、あるいは同感するというのではなく、心から理解するということ。
この点はまったく異論がありませんが、ややもすると、理屈を先に立てて、その要件(型)にあてはめ、あてはまらないものはどんどん切り捨てていくというは発想が強い裁判官が多いという気がしてなりません。
私は、少し前に福岡地裁の若いエリート裁判官に対して、一般民事裁判で、よほど忌避しようかと思ったこともあります。ぺらぺらと要件事実は話すのですが、事案の本質とか解決の筋道を真剣に考え探ろうとする姿勢がまったくなく、涙が出てくるほど悲しく、腹立たしい思いをしたことを今もはっきり覚えています。
これでは裁判と裁判官に対して信頼できません。裁判の経験者のうち18%しか、裁判をやってよかったと回答しなかったというのもよく分かります。裁判の利用件数が増えないのは、決して弁護士だけの責任ではありません。
(2020年8月刊。2100円+税)

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