弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月14日

楽園の島と忘れられたジェノサイド

インドネシア


(霧山昴)
著者 倉沢 愛子 、 出版 千倉書房

インドネシアのバリ島は、かつて血塗られた大虐殺の島であり、今も観光道近くに無数の遺体が埋もれたままになっているのに、平和な楽園の島というイメージを損なわないよう、現地の人々が沈黙しているというのです。
有名な観光スポットに行くために観光客が必ず通る道筋にも、海岸の椰子の林の合間にも、数えきれないほどの集団墓地があり、多くの人の魂が今もって成仏できないままに眠っていることを地元の人々はみな知っている。しかし、誰もが観光客に対して無言を保っている。島民の大部分が大なり小なり観光に依存するバリで、かつて大虐殺があったという秘密が明るみに出て、イメージが破壊されるのは致命的だから...。いやあ、私は、知った以上、とてもそんなバリ島に行きたくはありません...。
しかも、虐殺した人々は、今でも良いことをした英雄としてまかり通っていて、むしろ虐殺された被害者の遺族・関係者のほうが肩身が狭い思いを今もしているというのです。まるでアベコベの世界です。
罪なき人々を虐殺したときに使った長刀を手に笑っている男性の写真があります。背筋がゾクゾクしてきます。まったく反省していません。もちろん、殺害して気がおかしくなった人もいました。それはそうでしょうね。昨日までの隣人を問答無用で大量殺戮(りく)していったのですから、フツーの人が平常心を保てるはずがありません。
インドネシアでは、9.30事件後の殺戮を実行した人たちを「アルゴジョ」と呼ぶ。死刑執行人のこと。そして、それは、公的な後押しを得て殺害を請け負う「闇の仕置き人」というニュアンスで、自称としても、ためらいなく使われている。アルゴジョは、「人殺し」ではなく、むしろ国家を共産主義の脅威から救った「英雄」だとみなされている。なので、アルゴジョの多くは、自分たちのやった殺害行為を隠そうとしない。
私は加害者たちを撮った映画(そのタイトルは忘れました...)を数年前にみたように思います。そして、これらの虐殺の実行犯はフツーの市民だったが、それを背後からあおりたてていたのはインドネシア国軍だったと著者は推察しています。
殺害ターゲットの明確で完全な名簿をタイプ打ちする能力をもっていたのは軍だけだった。国軍は、名簿を用意することで、自らの手を汚すことなく、政敵を排除していった。つまり、名簿を渡せば、あとは彼らが殺害を実行してくれた。
インドネシア国軍は、PKI(インドネシア共産党)の側が攻撃を企画しているので、それを防がないと自分たちが危ないという、いわば正当防衛の理論がもち出され、PKIへの恐怖が煽られた。実際には、殺害場所まで連行される途中で抵抗する者はほとんどいなかった。連行される人々は両手をうしろに回し、左右の親指を細い綱で縛られた。
被害者は、何の警告もなく、田んぼや自宅から、ときに深夜に連れ出され、処刑場まで運ばれ、儀式なしに撃たれ、刺し殺され、斬首され、ときには遺体をバラバラにされ、井戸や海に投げ捨てられた。
バリ島では人口160万人のうちの5%、8万人が1965年12月から数ヶ月のうちに虐殺され、今も島内各所に埋められたままになっている。最近になって少しずつ遺骨が掘りあげられ、死者としての儀礼がとりおこなわれている。
先の中公新書『インドネシア大虐殺』は大変よく分かる本でしたが、この本はバリ島に焦点をあてて書かれた大変貴重な労作です。
私は、虐殺された人々の魂の安からんこと、遺族の心に平安を願い、虐殺の実行犯のうしろにいた黒幕たちには相応の法的制裁が今からでも加えられることを願ってやみません。ここには目を背けられない重たい現実があります。
(2020年7月刊。3200円+税)

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