弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月13日

日本の屋根に人権の旗を

司法


(霧山昴)
著者 岩崎 功 、 出版 信毎書籍出版センター

長野県上田市の弁護士(17期)が、50年あまりの弁護士生活を振り返った本です。著者が折々に書いていたものが集大成されています。なんといっても圧巻は辰野(たつの)事件を回想した一章です。
辰野事件とは1952年4月30日に辰野駅前派出所など5ヶ所が時限発火式ダイナマイトなどで襲撃されたというもの。警察官が爆破状況を目撃していて、「導火線がシューシューと音を立てて燃えていた」と証言したのが有罪の有力な証拠の一つとなった。
しかし、発破工事にあたっている労働者は、導火線は「シューシュー」なんて音は立てないし、本当だったら、その燃えカスが現場に残っているはずだ、という。しかし、現場に燃えカスは残っていなかったから、警察官の証言はウソだった。
もう一つ、読売新聞の記者が事件直後に派出所内の写真を撮って新聞記事にのせたが、その写真では派出所には何も散乱していなかった。ところが、あとで撮った現場の検証写真にはマキが散乱している。
著者は東京高裁で、その記事を書いた読売新聞の記者を尋問した。記者は写真のとおりの状況だったと当然のことながら証言する。ということは、読売新聞の記者が写真を撮ったあと、現場検証があった時間までに、捜査本部側の誰かが室内にマキを散乱させたということになる。これは明らかに、犯罪のデッチ上げの常套手段だ。それでも裁判所はこのインチキを見逃してやった。
ひどいものです。著者は次のようにコメントしています。
弁護士は、科学者の意見や体験者の見聞などに謙虚に耳を傾け、現実の認識力を高める不断の努力が求められる。まったく、そのとおりです。
そして、控訴審でのたたかいをすすめるため、8日間の弁護団合宿が敢行されました。
いやはや、平日に弁護士が8日間も事務所を留守にして一つの事件のために合宿するなんて、とんでもないですよね...。ちょっと考えられません。今でもそんな弁護団合宿って、やられているのでしょうか...。
1972年12月1日、東京高裁で無罪判決が出ました。中野次雄裁判長は自白の信用性を細かく否定したが、警察による証拠のデッチ上げまでは踏み込まなかった。恐らく裁判官に勇気がなかったのです。いやあ、それにしてもぶっ通し8日間の弁護団合宿なんて、私には想像すらできません。
次の千曲バスの無期限ストの話にも刮目(かつもく)しました。
1988年1月のことです。35日間も労組によるストライキは続き、雇用確保とバス路線維持の二つの要求がみたされて解決したというのですから、すごいです。
このとき、株主総会で新株全部を第三者に譲渡しようとしたのを裁判所の仮処分決定で止めたというのですが、なんと裁判所は当日の朝8時半に手書きの仮処分決定書を渡したとのこと。いやはや、このころは、そんなことが出来ていたのですね...。
さらに税金裁判。1970年前後は、全国的にも、長野県でも、いくつもの税金裁判がたたかわれました。私も、いくつか福岡地裁で担当しました。
税務署は、とかく問答無用式に、具体的な理由を明らかにすることなく一方的に課税してきます。ちょうど、学術会議の推薦した学者6人の任命を拒否したのに、その理由を何も明らかにしようとしなかったのと同じです。申告納税制度の根幹を日本の税務署は守ろうとしていません。とはいえ、税金裁判は激減しているのではないでしょうか...。
長野県には、長野、松本、上田、諏訪、飯田、伊那と、いくつもの地域に分かれ、独自の生活文化圏を形成している。なので、「信州合衆国」と呼ばれている。
福岡県でも筑後・筑豊と北収集は文化圏が完全に異なります。それでも「信州合衆国」ほどではありませんよね...。
山の入会(いりあい)権をめぐる裁判も面白い展開でした。
戒能通孝教授は、未解放部落の人たちは生活共同体が違うので、入会権利集団は入らないと、本に書いている。それでは具合いが悪い。そこで、渡辺洋三教授と一緒になって研究をすすめ、生活共同体にもいろいろあることをつかみ、未解放部落にも入会権は及ぶと主張した。これを裁判所は採用してくれた。
著者は17期司法修習生。青法協会員を中心として同期の3分の1ほどが加入する「いしずえ」会を結成し、機関誌「いしずえ」を発行している。2016年4月に53号を発行しています。その活動の息の長さには圧倒されます。
著者が「いしずえ」に投稿した味わい深い随想も収録されていて、読ませます。
50年あまりの弁護士生活が380頁の本にまとまっていて、著者が弁護士としてとても豊かな人生を送ってこられたことに心より敬意を表します。実は、この本はパートⅡでして、パートⅠは1983年に発行されていて、私は翌84年に読んでいます。
著者より贈呈していただき、休日に車中と喫茶店でじっくり一気に読ませていただきました。ありがとうございます。今後ますますのご健筆、ご健勝を祈念します。
(2020年8月刊。2000円+税)

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