弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年10月 8日

彼女たちの部屋

フランス


(霧山昴)
著者 レティシア・コロンバニ 、 出版 早川書房

主人公は40歳の女性弁護士、ソレーヌ。富裕層の住むパリ郊外で生まれた。両親は、ともに法学者で、子どものころから頭が良くて感受性豊かで、真面目。学業では挫折を知らず、22歳で弁護士資格を取得し、パリの有名法律事務所に就職した。すべてが順調。
母になることを夢見ることもなく、山積みの仕事のため、週末もバカンスも放り出し、睡眠不足で、走り出したらとまらない特急列車のような日々を送っている。
ある日、依頼者(クライアント)が脱税の罪で裁判となり、判決の日、検察側の求刑どおり懲役(実刑)と数百万ユーロの賠償を命じられた。依頼者は、判決を聞いた直後、裁判所の建物の巨大な吹き抜けに身を投じて自殺してしまった。
ソレーヌのショックは大きく、路上でガス欠したように立ち往生した。入院先の病室で、カーテンを閉めきったまま何日も起きあがれない。光に耐えられない。そのうえ、交際していた彼との予期しない破局がやってきた。その墜落の衝撃はすさまじかった。もう元の法律事務所には戻れない。裁判所に入ることを考えただけで吐き気がする。
よい弁護士とは、心理カウンセラーであり、信頼できる相談相手である。ソレーヌは、身を引いて相手に意中を吐露させる術を身につけていた。ソレーヌはパリにある「女性会館」で代書の仕事をすることにした。ボランティアの仕事で、あくまでリハビリのつもりだ。
スーパーで買ったヨーグルトが2ユーロだけ高く払わされた。手紙を出して取り戻したいという依頼を受ける。冗談かと思うと真剣な顔つき。手紙を代書した。翌週、2ユーロが戻ってきたと、お礼を言われた。胸が熱くなった。法律事務所では莫大な金額の争いを担当し、もらった弁護料も途方もない金額だった。しかし、どれも心底からの喜びは感じていなかった。しかし、この2ユーロを取り戻したことを聞いて、ソレーヌはなすべきことをした実感、いるべきときに、いるべき場所にいるという実感をおぼえた。これまで飲んだ高価なシャンパンにまさるとも劣らない、おいしいお茶を味わった。
ソレーヌは、パソコンを使うのをやめて、紙とエンピツで書くようにした。そして、手紙を代書する。そのなかで言葉を取り戻した。人の役に立っているという実感は何ものにも代えがたいものがある。
ヴァージニア・ウルフは、書くためには、すこしの空間とお金がいる。それと時間だという。ソレーヌには、三つともある。では、なぜ、書かないのか...。
「女性会館」に来て、代書のボランティアをするうちに、言葉たちが戻ってきてくれた。もしかして、これがセラピーの意義なのかもしれない。人生の流れに、抜け出した地点から入りなおす。勇気がいる。だが、いまのセレーヌには勇気がある。
「女性会館」に入る前、その女性は15年間も路上生活を送った。外では何もかも盗られる。金も身分証も電話も下着も。歯のかぶせ者すら盗まれた。レイプもされた。54回。その女性は数えていた。襲われないため、髪を切って女に見えないようにした。女と分かれば、路上では生き残れにない。
言葉だけでは足りないときもある。言葉が無力なときは、行動に出なければ...。
パリに実在する「女性会館」が創立するまでの苦労話をはさんで、現代に悩みながら生きる女性弁護士ソレーヌの自分らしさを取り戻す話が進行していくのですが、ともかく読ませます。すばらしいです。
フランスの小説は、えてして抽象的で難解なストーリーが多いように思いますが、これはもちろん深みはありますが、言わんとすることはきわめて明快です。ぐいぐいと1920年代のパリと現代のパリの両方の話に思わずひきずり込まれてしまいました。
(2020年6月刊。1600円+税)

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