弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2020年9月 9日
歴史家と少女殺人事件
フランス・司法
(霧山昴)
著者 イヴァン・ジャブロンカ 、 出版 名古屋大学出版会
福島3.11大災害のあった2011年1月18日の夜、フランスで18歳のウェイトレスが誘拐され殺害、遺体はバラバラにされて湖に沈められていたという事件が起きました。
この本は、被害者の実像を描くことによって、フランス社会のかかえる問題点、そして司法界の動きを詳しく紹介しています。
史上最凶と言われる台風10号がやって来るという夜(9月6日)に読みはじめ、その指摘の奥深さに心を揺り動かされながらついに読破したのでした。
殺害犯は2日後に逮捕されたのですが、前科持ちだったことから、サルコジ大統領が、前科者の司法追跡調査のあり方を批判し、判事たちの責任を問い(共犯だと弾劾)、判事たちの「過失」に対する「制裁」を約束した。
当然のことながら、これに対して司法界は猛烈に反発し、裁判官たちは、弁護士会を巻き込んでストライキに突入し、大々的なデモ行進を展開した。
うひゃあ、フランスの裁判官たちは偉いですね。日本の裁判官たちも見習う必要があります。
殺された18歳のウェイトレスの名前はレティシア、双子の姉・ジェエシカがいます。両親が離婚し、母親がうつ病になって入院していて、父親は刑務所に入ったり出たりしていたので、双子の姉妹は里親に引きとられ、順調に育って職業生活をスタートしたところだった。
殺害犯は32歳で強盗など前科13犯。
子どもを傷つけるには壁に叩きつける必要はない。哺乳ビンをベッドに固定して、子どもがそれを飲み、誰も彼を見ず、誰も話かけなければ、子どもは存在しないのと同じだ。子どものなかで何かが永遠に「壊れて」しまうのだ。これって、ネグレクトのことですよね...。
ところが、里親の「立派な」父親は、双子の姉に対してセクハラを繰り返していたのです。その父親は実の娘と同じく愛情をもって接していたとマスコミに向かって高言していましたから、半近親相姦的な強姦をしていたことになります。そして、レティシア本人も、その被害を同じように受けていたのではないかと疑われています。他の里子(娘たち)にも強姦していたということで、この「父親」は有罪になりました。
自分にすべてを教え、自分を守ってくれるはずの男が、うまい汁を吸っていた。レティシア本人に性的暴行があったかどうかは重要ではない。支配それ自体が暴力なのだ。「父親」の姉に対する数年にわたる性的被害は、同時に、そして必然的に、レティシアを憔悴(しょうすい)させた。レティシアは、家族を持ちたい、愛情あふれる関係の輪に入りたいと全身全霊で願っていた。レティシアは、腐敗に対する抵抗力を持たない犠牲者だった。
二コラ・サルコジは、しばしば三面記事を口実にして、刑法の厳格化を要求し、獲得した。内務大臣として、また大統領として...。二コラ・サルコジは、自分を最高の大統領以上のもの、救世主と思い込んだ。
真の人情家で巧妙な政治家であるサルコジは、より直接的に、より大げさに、家族の苦悩とフランス人の不安を共有してみせた。サルコジ大統領は1月31日、里親夫妻をエリゼ宮に迎え入れ、刑罰手続きの「不具合」に制裁を加えることを約束した。
これに対して、2月2日、ナント裁判所の司法官たちは、臨時総会を開き、3人の棄権を除く全会一致で政府の「デマゴギー的なやり方」を告発する決議を採択した。
検察をふくむ司法官たちは、組合員も非組合員も、新米もベテランも、扇動者も穏健派も、小心者さえも一丸となって、1週間の公判停止を決議した。
フランスの司法は予算不足に苦しんでいた。サルコジ大統領自身が攻撃の「多重累犯者」だった。その動機が、選挙目当ての計算、半組合主義的信念、半エリート的レトリック、個人的な経歴がどのようなものであれ、サルコジの攻撃はポピュリズムに属している。サルコジ大統領は、冷静に問題を分析する代わりに、スケープゴート政策を選んだ。サルコジ大統領において、公権力は、もはや社会平和の調整者ではない。
司法官組合は、全国弁護士評議会、警察官組合、刑務所職員の支持を受け、ストライキを呼びかけた。全体で195ある裁判所と控訴院のうち、170が運動に参加し、緊急でない公判を延期した。2月10日、フランス全土で8000人の判事、書記、社会復帰相談員、刑務所職員、弁護士、警察官などがデモ行進した。
「司法への攻撃は民主主義の危険である」
デモ行進のかかげる横断幕には、このように書かれていた。
大変に重たいテーマをこれほど深く掘り下げたこと、被害にあって殺された18歳の女性の心理の内面に迫る文章の迫力には、思わず居ずまいを正されるものがありました。
日本の法律家にもぜひ広く読まれてほしいものだと思います。
台風10号による被害が小さいものであることをひたすら願っています。そして、それほどのものではなく、胸をなでおろしたのでした。
(2020年7月刊。3600円+税)