弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年9月 3日

動きだした時計

日本史・ベトナム


(霧山昴)
著者 小松 みゆき 、 出版 めこん

著者が認知症になった高齢の母を新潟県からベトナムに引きとった顛末記(『越後のBaちゃん、ベトナムへ行く』)は面白く読みました(このコーナーでも紹介しました)。それは、日越合作の映画「ベトナムの風に吹かれて」になり、松坂慶子・主演だったようです。残念ながら見逃しました。
この本で著者の歩みを始めて知りました。私と同じ団塊世代で、新潟から中学を卒業して上京し、東京で住み込みで働くうちに定時制高校に通い、夜間の短大を卒業して労働旬報社につとめ、東京合同法律事務所にもつとめていたのです。
そして著者は一念発起し、ベトナムで日本語教師として働くことにしました。日本語教師として教えていると生徒のなかに、私の父は日本人ですという男性がいて、著者は面くらいます。ベトナムに日本人がいただなんて...。
調べてみると、日本軍がベトナムを占領・支配していた時期があることが分かりました。
日本敗戦時、北部に第21師団、南部に第2師団がいて、武装解除された日本兵は北部で3万人、南部に7万人ほどいた。また、民間人も、北部に1400人、南部に5500人いた。そして、600人の元日本兵がベトナムに残留した。その多くはベトミンの要請にこたえて、ベトナム人に軍事指導した。この600人の半数はベトナムで戦病死し、インドシナ戦争が1954年に終結したとき200人いて、うち71人が日本に帰国した。
ベトナム中部クアンガイ省に陸軍士官学校が創設され、400人の学生を4隊に分け、4人の日本人教官と、4人の下士官が軍事教練した。
93歳のボー・グエン・ザップ将軍は、日本人教官によるベトナム軍の育成、貢献は大きいとカメラの前で語った。
いやあ、知りませんでした...。
それで、著者は、ベトナムに残された家族の要請を受けて、日本に戻った元日本兵をたずね歩くのです。大変な苦労がこの本で詳しく明らかにされています。
なかには、会いたくない、話したくないと拒絶されることもありました。
ベトナムに妻子を「待たせ」ながら、日本で結婚して子どもをつくった人たちもいます。両方の家族がわだかまりなく会えるのかどうか...。
この本で圧巻なのは、著者たちの苦労がベトナム大使の理解を得、ついには、2017年3月2日、ハノイに天皇夫妻が残留日本兵家族と面談したこと。これで、日本のマスコミを通じて、日本人に問題を一挙に理解してもらえたのでした。
しかも、このとき、著者自身が「お母さまを(ベトナムに)お連れになったんですってね」と声をかけられたというのです。いやあ、これは、たいしたことですよ...。
パラオ、ペリリュー島への慰問といい、天皇夫妻の東南アジア歴訪は、それが天皇制維持の目的があったとしても、私は現代日本において、日本人の戦争観を深めるきっかけになりうるものとして、いくら甘いと非難されても、高く評価します。
著者の大変な苦労がこれで大いに報われたと思います。世の中には、いかに知らないことが多いか、また、今からでも遅くないので、発掘すべき事実があることを思い知らされた本でもありました。
同世代の著者の今後ますますの健筆を大いに期待しています。
(2020年5月刊。2500円+税)

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