弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2020年9月 1日
元徴用工和解への道
韓国
(霧山昴)
著者 内田 雅敏 、 出版 ちくま新書
2018年10月30日、韓国大法院(日本の最高裁判所にあたる)は、戦時中、日本製鉄で強制労働させられた韓国人元徴用工が損害賠償を求めた裁判で、会社に賠償を命じる判決を言い渡した。その後、三菱重工についても、同じような判決がなされた。
徴用工は、戦前に日本の植民地下にあった朝鮮半島から多くの人々が日本に連れてこられ、鉱山、炭鉱そして工場で過酷な労働に従事させられた人々のこと。初めは募集、官斡旋(あっせん)、そして国民徴用令による徴用となったが、形式の違いはあっても実態として強制労働だった。
私の父も三池染料の徴用係として朝鮮半島から徴用工を連れてきたと生前に語り、驚きました。
日本社会では、この大法院判決を安倍内閣を先頭として「ちゃぶ台返し」として非難する人々がいる。それは、1965年6月の日韓基本条約・請求権協定で決着ずみだという。しかしながら、実は日韓請求権協定で放棄されたのは、国家の外交保護権であって、個人の請求権まで放棄されたわけではない。
ところが、日本のマスコミの多くは、そこを区別せず、避難の大合唱に加わっています。
たしかに、1961年12月に韓国政府が8項目12億2千万ドルを日本政府に要求したなかには、徴用工についての賠償として3億6400万ドルがふくまれていた。これに対して日本政府は、元徴用工に対する賠償を否定しながら、12億ドルの要求を3億ドルに値切って政治決着させた。なので、韓国政府としては、請求権協定のあとは日本政府に元徴用工についての賠償は求めていない。
なるほど、そういうことだったんですね...。
そして、日本の国会では、個人の請求権が消滅していないことは繰り返し、政府答弁で名言した。
「これは、日韓両国が国家として持っている外交保護権を相互に放棄したということ。したがって、個人の請求権そのものを国内法的な意味で消滅させたというものではない」(1991年8月27日、柳井俊二・外務省条約局長)
河野太郎外務大臣も、最近の国会で、個人請求権が消滅していないこと自体は認めた(2018年11月14日)。
ところで、同じように強制連行された中国人元徴用工について日本の裁判所は時効だ、除斥期間を過ぎているとして請求棄却して大きく批判された(1997年12月10日、東京地裁判決)。この判決を原告側が控訴したところ、東京高裁(新村正人裁判長)は和解を勧告し、2000年11月29日、和解が成立した。そして、その後も、2009年10月23日、西松建設広島安野の和解、2016年6月1日の三菱マテリアル和解と続いた。ただし、鹿島建設が和解において法的責任を認めたわけではないとしたことから、日中間で、いくらかゴタゴタが起きた。
責任といっても法的責任と道義的責任がある、また三菱マテリアル和解のときには「歴史的責任」と表現された。そして、原告側が被告の主張を「了解した」というのも、承認・了承ではないということなのだが、その差(違い)は微妙なところだ。
この本によると、朝鮮人元徴用工との裁判で新日鉄や日本鋼管、そして不二越が和解に応じて、解決金200万円、410万円、3000万円を支払ったことも紹介されています。
判決だけでなく、和解による解決金支払いという決着もありうるわけです、
そのとき、最高裁判所に「付言」があったことの意義も著者はきちんと評価しています。
最後に、裁判官の苦悩を少し紹介します。
2006年3月10日の長野地裁・T裁判長(この人だけ、なぜか実名ではありません)
「和解が成立できなかったことを残念に思い、お詫びします。自分は団塊の世代で全共闘世代に属するが、率直に言って私たちの上の世代は随分ひどいことをしたという感想を持ちます。裁判官をしていると、訴状を見ただけで、この事案が救済したいと思う事案があります。この事件も、そういう事件です。一人の人間としては、この事件は救済しなければならない事件だと思います。心情的には勝たせたいと思っています。しかし、どうしても結論として勝たせることができない場合があります。このことには個人的葛藤があり、釈然としないときがあるのです。最高裁の判決がある場合には、従わざるをえません。判決を覆すには、きちんとした理論が立てられないとやむをえません。この事案だけに特別の理論をつくることは、法的安定性の見地から出来ません...」
2007年3月26日、宮崎地裁・徳岡由美子裁判長
「当裁判所の認定した本件で強制連行・強制労働事実にかんがみると、道義的責任あるいは人道的責任という観点から、この歴史的事実を真摯に受けとめ、犠牲になった中国人労働者についての問題を解するよう努力していくべきもの...」
2005年3月7日、福岡高裁宮崎支部・横山秀憲裁判長
「被告弁償によって解決すべきであると判断した。当裁判所も和解に向けた努力をしてきたが、現在に至るも解決できず、判決することになった。今後とも、関係者の和解に向けた努力を祈念する」
2009年11月20日、仙台高裁・小野定夫裁判長
「強制労働により、きわめて大きな精神的・肉体的苦痛を被ったことが明らかになった。その被害者らに対して任意の被害救済が図られることが望ましく、これに向けた関係者の真摯な努力が強く期待される」
大変、時宜にかなった、すばらしい内容の新書です。広く読まれることを心から祈念します。あわせて、著者の今後ひき続きの健筆を期待します。
(2020年7月刊。880円+税)