弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年7月 7日

あたいと他の愛

人間


(霧山昴)
著者 もちぎ 、 出版 文芸春秋

「ゲイ風俗のもちぎさん」って、その世界では有名人らしいですね。ツィッターのフォロワーも47万超だとのこと。まったく私の知らない世界です。
父親は自殺し、母親は「毒親」。苦しい家庭環境でも、初恋の先生(男性)、腐女子(BL大好き)の友だち、ゲイの仲間、そして実姉。
「かけがえのない出会いと愛と優しさと勇気が、あたいを支えてくれた」
これはオビのコトバですが、まったくそのとおりの苦難にみちみちた生活を著者は今日まで送ってきたのでした。
母親について、「ちょっとヒステリックな母ちゃん」と言ったり、「いわゆる毒親のシングルマザー」としたり、「母ちゃんも不安に怯えてただけの人間だったのかなって感じる時もある」としています。
父親は著者が小学1年生のころ、借金ができて偽装離婚したあとに自殺しました。
生活保護を受けた母親は、給与明細の出ない自営業の店でアルバイトしろと娘(著者の姉)に押しつけ、姉は週6日アルバイトして高校を卒業した。そして、母親はコインゲームに入り浸っていて、家事もあまりしない。
母親は高校生、父親は中卒で働いているとはいえ、まだ20歳前。そして、母親はまもなく妊娠した。母親は箱入り娘で、ちょっとワルな父ちゃんに惹かれて一緒に夜遊びばかりするようになった。それで生まれたのが姉。母親の実家は、その後も母親を甘やかし続けた(らしい)。
父親が商売に失敗して借金をこしらえ、生活が行き詰まると、母親は子どものように毎日騒いで、父親に非難の声を浴びせ続けた。そして、父親は精神的に参って偽装離婚を申し出て、そのあと...。
母親は、一変した。それまでのただの専業主婦から、自分が母親であることを嫌悪した苛烈な独裁者のように変化してしまったのだ...。
母親は、よくわからないタイミングで怒った。
初対面の人にはとにかく気をつかって体裁よく振る舞う。
著者に向かって、「あんたは産むんじゃなかった」とよく言った。
これって、絶対に子どもに言ってはいけない言葉ですよね...。
母ちゃんは、いま思えば少女だった。自分は守られるべき弱い人間なんだと暗に訴えていた。
誰かが母ちゃんを少女のように庇護下に戻してケアしてあげれば、母ちゃんも救われたかもしれない。母ちゃんは、どこまでもこの人は逃げてしまう姿勢なんだと著者は子ども心に感じた。
カナコは誰よりも優しいのに、体格や話し方、性格から、周囲が「女性らしくない」と判断して、それでからかい始めた。きゃしゃな女性らしさをもたないから、粗暴な人間だと勝手に決めつけて...。
社会は変わらない。他人は変えられない。だから自分のアイデンティティを変えるか隠せばいい。それがカナコの学んだ処世術で、変えられない自分の特徴をもつカナコにとっての残酷な現実だった。カナコは高校2年生の著者にこう言った。
「おまえはゲイさえ隠せば、あたしみたいに笑われ者にならないんだよ。同じ生まれもっての『普通じゃない人間』でも、おまえとあたしは違う。だから、おまえは絶対にゲイってバレないように生きろよ」
インターネットの世界を通じて、意外に、この世界にはゲイがたくさんいること。お金を支払って性行為に及ぶ大人が多いことを知った。ただ、『売春』すると、お金のためとはいえ、あたいは少しずつ、心が死んでいくような思いがした。
「相手を否定したり、屈服させるためだけに生き続けたらダメだ。他人に生き様の動機を置いていたら、それは自分の人生を自分の理由で生きられない無責任な奴になるってことなんだぞ。失敗しても他人のせいにする大人になる。だから母親を見返すためだけに生きた大人にはなるな」
これは、ゲイ風俗の店で著者が働いていたときの店長のコトバだそうです。すごい店長ですね、カッコイイです。すばらしい。まったくそのとおりだと私も思います。こんな大人に出会えて、著者はこんな心を打たれる本を書いて自分の母親を振り返ることができたのですね...。いい本でした。
(2019年11月刊。1200円+税)

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