弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2020年6月30日
河口慧海
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 高山 龍三 、 出版 ミルネルヴァ書房
河口慧海(えかい)の『チベット旅行記』(講談社学術文庫)を読んだときには、その圧倒的な迫力に、ついたじたじとなってしまいました。禁断の地、チベットに苦労して入り、修行し、仏教問答をする求道士の姿に接し、ただただ呆れ、驚嘆したものです。
この本は河口慧海に関する総合文典のようなものです。驚くのは、1929年生まれの著者自身が1958年ころ1ヶ月も現地を歩き、チベット人村に滞在したことがあるということです。したがって、土地勘があるわけです。これは、やはり違いますよね...。
「探検記」としてもてはやされた『チベット旅行記』によって、多くの読者はこの本を探検談としても評価したが、本当は仏教の書として読んでほしいと著者は願っています。
河口慧海のチベット探究の目的は、真の仏教を求めたものだった。
河口慧海は、明治になる2年前の1866年、堺に生まれた。長男であり、小学6年生のとき、父の意向で退学し、家業である桶樽づくりの仕事を手伝った。それでも、勉学を志し、夜学校や晩晴書院などで勉強した。
そして、15歳のとき、慧海は、釈迦の伝記を読んで発心した。酒、たばこ、肉食をしない、女性に近づかないという三つの誓願を生涯にわたって実行した。
27歳からは、午後は食べない、非時食戒(ひじじきかい)という戒律を守り、それを守った。昼までにお茶を沸かし、麦こがし粉をバターや植物油とともにこねて食べた。一日一食主義だ。
1897年6月、友人有志からもらった530円をふところにしてチベットに向かった。この530円というのは、今のお金だといくらになるのでしょうか...。
インドに着くと、ヒマラヤ山麓の地で、チベット語とくに俗語の習得につとめた。
慧海がチベットのラサに到着したのは、日本を発って4年後、チベットに入って8ヶ月後だった。慧海はインドからまずネパールに密入国した。1899年1月のこと。ネパールの山村に1年半滞在し、モンゴル人のラマ僧からチベット仏教と文法を学び、チベット人のあいだで生活して、習慣を身につけ、風土順化した。すごいですね...。ずっと1日1食なのですよ。もちろんネパール語も勉強しています。
ネパールでは、外国人を部屋に入れたり、一緒に食事するのが禁じられていたので、家の外、岩の下、森の中で夜を明かさなければならなかった。
厳しい戒律を守る慧海は、村人から尊敬され、何人もの村人に授戒を受けさせた。村に居着いてもらおうと、慧海に娘を嫁にしてもらおうとした村長もいたようです。
慧海は、チベット人の風俗習慣を身につけるだけでなく、石を背負って山登りのトレーニングまでしたのでした。いやはや、なんとすごいこと。35歳のことです。
国境の峠で昼食をとる。背負っている荷をおろし、袋から麦こがしの粉を出して椀に入れ、それに雪とバターを加えてこね、トウガラシと塩をつけて食べる。これがチベット人のもっとも普通の食べ物だ。慧海は、これを「極楽世界の百味の飲食(おんじき)」と表現した。このあと、午後は、一切食べないのです。ああ、なんということでしょう。空腹に耐えるのも修行のうちなのです。
慧海はチベットのラサに滞在しているとき、二の腕の骨の外れた小僧を直してやったことから、それが評判となって「にわか医者」(セライ・アムチ)と呼ばれるようになった。地元の医者たちが、仕事を奪われて報復してこないか心配されたというのですから、並の評判ではありません。
1903年5月に慧海は無事に日本に帰国したのですが、それからは一躍、「時の人」として注目を集めたようです。それでも、日本国内よりも、ヨーロッパで高く評価されていたのでした。
南方(みなみかた)熊楠という明治の人物も突出した偉人ですが、私には河口慧海も同じようにケタはずれの人物だと思えます。このような先人がいるのを知ると、日本人も満更ではないと思え、少しばかり安心もします。なにしろ、無知・無能のくせに威張りちらすことにかけては天下一品のアベ首相とその取り巻き、そして50%前後の支持率を「誇る」という状況にガッカリさせられる毎日なのですから...。
(2020年1月刊。3800円+税)
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