弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2020年5月27日
凛凛(りんりん)チャップリン
人間・スイス
(霧山昴)
著者 伊藤 千尋 、 出版 新日本出版社
チャップリンに関する本は、それなりに読みましたが、この本はスイスのレマン湖畔にあるチャップリン博物館のガイドブックでもあり、新鮮な思いでチャップリン映画に改めて浸ることができました。
私は30年以上も市民向け法律講座を毎年6月ころ開催してきました(今年はコロナのため中止)が、当初は冒頭、チャップリンの短編映画(8ミリ)をみんなで楽しくみるようにしていました。浮浪者チャップリンのドタバタ喜劇なのですが、どれも、心なごむものばかりでした。
スイスに晩年のチャップリンが25年間も住んでいた邸宅が、そのまま博物館になっているそうです。コロナ禍がおさまって、自由に旅行できるようになったら、ぜひ行ってみたいものです。
チャップリンと日本の深い結びつきを改めて認識しました。
チャップリンがアメリカで生活していたときの運転手であり、秘書だったのは日本人の高野(こうの)虎一。一時は、チャップリン邸の使用人17人全員が日本人だったこともあるとのこと。驚きです。そして、チャップリンのトレードマークのステッキは滋賀県の根竹という日本製。これまた初耳でした。
チャップリンは日本に深い関心をもっていて、歌舞伎をみて感激していたこと、銀座のテンプラが大好物だったこと、日本に4回も来たが、4回目は、日本の「近代化」に幻滅したことが紹介されています。
チャップリンが1回目に日本に来たのは、五・一五事件の直前。首謀者となった青年将校たちは犬養首相がチャップリンを歓迎するのを知って、そこを襲う計画だったとのこと。ところが、5月15日の朝、チャップリンが急に相撲を見に行きたいと言い出して(天才は気まぐれなのです)、結果として難を逃れた。ただし、著者はチャップリンが予定どおり首相官邸に行っていたら、チャップリン・ファンの群衆が首相官邸に押しかけ、警備が厳重になって、五・一五事件で首相官邸は襲われなかった可能性もあるとしています。なるほど、それもありうべしです...。
チャップリンは、2歳のとき両親が離婚し、兄とともに母親から育てられた。両親は、いずれもジプシー(ロマ)の血を引いているとのこと。そして、両親ともミュージック・ホールの芸人だった。貧乏な母は、チャップリンをパントマイムで笑わせた。「最高の名人」だった。
チャップリンは、家にお金がなくなると、街頭で踊って、見物人から小銭を集めた。チャップリンのパントマイムは単なる趣味の得意技ではなく、貧しさのなかで生きのびるために渾身の力を込めて身につけたもの。
すごいですね。なにしろ、5歳のとき、母親の代役として舞台に立ったというのです。そして、7歳のとき、救貧院に入れられました。小学校は中退です。チャップリンの自筆の手紙はごくごく少ないのは、字や文法の誤りが多々あることを気にしたからのようです。学校嫌いというのではなくて、学校に通う経済的余裕がなかったということ。
チャップリンが12歳のとき、深酒のため肝硬変だった父親は死亡。まもなく、母親は、精神病院に入れられた。なので、チャップリンはアルコールはたしなむ程度で、アルコールの広告・宣伝には一切協力しなかった。いやあ、これまたすごいことですね...。
18歳で舞台に立ち、21歳のとき主役を演じた。そして、アメリカに渡った。
チャップリンの映画のすべてをみているわけではありませんが、『街の灯』、『キッド』、『ライムライト』、『モダンタイムス』、『独裁者』、...、どれも見事です。熱くほとばしる涙なくしてはみることができません。
驚くべきことに、撮影は50回の撮り直しはザラで、200回以上も撮り直したことがあるとのこと。完成した映画に使われたフィルムは、撮影したフィルムの4%とか3%...。これには思わず息を呑んでしまいました。完璧を期して、練りに練った珠玉の結果だけを私たちは目にしているわけです。
チャップリンは、アイデアを一体どうやってひねり出していたのか...。
アイデアは一心不乱に求め続けていると訪れる。そのためには、気も狂わんばかりに我慢し続ける。長期間にわたって不安感に押しつぶされながらも、熱意を保ち続ける努力が必要だ。アイデアを生み出す能力ではなく、アイデアをひねり出す努力こそが大切なのだ。
いやあ、超天才としか思えないチャップリンだって、そんなに努力しているというのですから、私も負けずに、もう少し努力してみたいと思います。たとえば吉村敏幸弁護士(福岡)が、私の文章に面白み、ユーモアが弱い(欠けている)とのコメントを寄せてくれました。私の努力目標です。
著者は、チャップリンの喜劇は人間性を目覚めさせてくれる、人間の心を真っすぐにさせると書いています。まさに、そのとおりで、生きていて良かった、明日はきっと何かいいことがあると思わせてくれます。この本もまた、そんな幸せな気分に浸らせてくれます。
著者から贈呈を受けました。届いたその日のうちに読んで、この感想文を書きました(コロナのため、これまでになくヒマなのです)。元気のでる、すばらしい本を、ありがとうございます。
(2020年4月刊。1700円+税)