弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年4月12日

絢爛たる影絵、小津安二郎

人間


(霧山昴)
著者 高橋 治 、 出版 岩波現代文庫

映画監督・小津(おづ)安二郎は巨匠と呼ばれ、どこにいても、ひと眼でその存在が分かる巨体だった。
映画づくりの現場の仕事には、一種いいようのない間がある。監督が本番を指示する。助監督が復唱する。撮影・照明・録音・技術の名で呼ばれる各部門の責任者がその復唱を確認する。
小津だけが弟子に冷たかった。小津組からは監督が出ていない。
昭和24年、『晩春』 第一位
昭和26年『春秋』 第一位
昭和28年『東京物語』 第二位
小津のように3回にわたってベストテンの上位を独占した例はない。『キネマ旬報』の算定方式によれば、小津が断然ベストテンの最高点者に浮かび上る。
小津は演出家として、人の心を読む天性の力をもっていた。画面を演出するばかりでなく、セットの中の対人関係の演出も長(た)けていた。
小津組のOKとNGの差がどこにあるのか、よく分からない。あれは小津にしか分からなかったのだ。みんな、そんな不思議な納得をした。
「人間ってものはな、感情をモロに出すことは滅多にないんだ。逆に勘定のバランスをとろうとする。この場面だって同じだ。頼むから、科白(せりふ)の先読みをしないでくれ。来て座る。出そうな涙をこらえている。だから客に悲しみが伝わる。お前さんみたいに悲しみをぶら下げたチンドン屋みたいな顔で来られたんじゃ、全部ぶちこわしだ...」
小津安二郎あっての原節子であり、原あっての小津だった。原には、小津以外にこれぞ原節子という仕事はなく、小津の戦後の傑作はことごとく原によって作り得たものだった。
小津が杉村春子に求めたのは、さり気なさだった。
「一番難しいのは、さり気ないってことなんだよ。さり気なさをさり気なく出せるようになりゃ、役者も監督も一人前だ」
「客を食いつかせて来さすには、常に何かが隠れているという不安を与えていなければならない。ああ、そういうことですか、よく分かりましたと客が思ったとき、客は離れる。感動も共感も薄れて、二度と食いつかない」
小津は、なまなかな大学卒ではとうてい及ばぬほどの教養人だった。小津には、大学、高等専門学校で学び得た機会を自ら放棄したコンプレックスがあった。
小津は一見すると非常に日本的だが、実は大変西洋的だった。
徹底的な合理主義者の面をもっていた。
小津が好んだのは、トンカツ、うなぎ、油っこいラーメンであって、茶漬ではなかった。
小津は金銭には実に潔癖な男だった。
名指しで下手だと言われるようになれば、小津組では合格の域に達していた。見込みのない人間には、小津は批評もしなかった。
その風貌(ふうぼう)からは想像もできないが、小津は意外に臆病で細心な面をもっていた。
戦時中、見るも無残な国策映画だけは、小津はつくらなかった。
小津は、満60歳の誕生日に世を去った。
小津の死に接して、あたりはばからず号泣したのは、杉村春子と原節子だった。
小津安二郎と言えば、笠智衆と原節子の『東京物語』ですよね。私はテレビでしか見たことはありません。そして、山田洋次監督が、そのオマージュとして『東京家族』をつくってくれました。こちらは、もちろん映画館でみました。
小津安二郎という大監督の人間性を徹底追及した、興味深い文庫本です。
(2010年9月刊。1280円+税)

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