弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年4月11日

みんなの寅さん

人間


(霧山昴)
著者 佐藤 利明 、 出版 アルファベータブックス

すごい本です。映画『男はつらいよ』の全作品がぎっしり詰まっています。
史上最大のボリュームとありますが、なにしろ本文2段組みで650頁もあるのです。圧倒されます。
この本のもとになったのは文化放送のラジオ番組です。2011年(平成23年)4月から2016年9月までの5年間に、701回も放送された「みんなの寅さん」です。
著者は、当初はラジオ番組の構成作家として裏方をつとめていたのですが、やがて、パーソナリティとして登場しました。そして、娯楽映画研究家であり、「寅さん博士」という称号も付与されたのです。なるほど、この本を読むと、さすが「寅さん博士」と声をかけたくなります。
著者は、映画の撮影場面にも潜入(もちろん許可を得て)し、山田監督にインタビューもしています。
著者は小学1年生の夏休みに第5作『望郷編』を父親と一緒に銀座松竹でみたそうです。ほとんど男性客、それもおじさんたち。寅さんの一挙手一投足に場内が割れんばかりの笑いに包まれていたとのこと。
そうなんです。私も何度も体験しましたが、満員の映画館で、みんなが声を出して大笑いするなんて、本当に心の癒される瞬間なのです。それが1時間以上しっかり続くのですから、もうその満足感たるや空腹を忘れてしまうくらいの充足感がありました。
第1作から第7作までは年3作のペースで映画はつくられていて、その後は、盆と正月の年2回、第42作から年1回、正月のみとなったのでした。すごい大量生産です。
マンネリだ。マンネリだという批評家もいたようですが、落語と同じで、ストーリーが分かっていてもいいんです。楽しませてくれたら...。それに、寅さん一家は同じ顔ぶれでも、女優さんは毎回変わるし、寅さんの失恋のしかたも、相手の女優さんによって微妙に変わるのですから...。
私自身は、マンネリしたなんて思ったことは一度もありません。もっとも弁護士になってからは、さすがに年2回必ずみることはできないこともありました。正月はともかく、お盆のころは見逃したことが何回かあります。
渥美清は本当に偉大な役者でしたが、1996年8月に惜しくも亡くなって、第49作は幻の映画になってしまった。『寅次郎花へん』というタイトルも決まっていて、西田敏行、田中裕子が予定されていた。
それで、最終作は第48作『寅次郎紅の花』となり、浅丘ルリ子のリリーさんの話でした。
実は、第5作の『望郷編』は、山田洋次監督が「完結編」のつもりで力を入れたものだった。ところが、これが今までを上回るヒットしたもので、終わるに終われなくなった...。いやあ、良かったです。第5作で終了にならずに。
寅さんシリーズをくり返しみてしまうのは、映画にあふれている「多幸感」に浸りたくなるからだ...。本当に、そうなんですよね。みていると、幸せ一杯になりますものね。
戦前、ラジエーター製造工場で働いていた田所少年は手を抜くこと、サボることにかけては天下一だった。それで、田所少年は「電気時計さん」と呼ばれた。工場の電気時計はよく止まるので、「不良」と書かれていた。それと同じということ。
そして浅草のストリップ劇場でコントするとき、渥美清は舞台に出る直前に、焼酎を飲んで勢いをつけていた。アドリブを連発して、満場の観客を大笑いさせた。
さすが、ですね。よくぞこんなところまで調べたものです。
渥美清は1954年、6時間に及ぶ手術で右肺を摘出し、2年間、病院で療養生活を送った。26歳から28歳までのころ。ここで人間観察をしていたのですね...。そこで体重51キロとなり、タバコと酒を断った。そして、「丈夫で長持ち」のキャッチフレーズで売り出したが、内心は、丈夫でありたいということだったろう。
おばちゃん役の三崎千恵子さんは2012年2月、90歳で亡くなった。実は、私は、30歳台のころNHKで三崎千恵子さんと一緒に出演したことがあります。甘い話にだまされないようにというテーマでした。「おばちゃん」は、私だって投資話には関心があるのよね...、と私に話しかけてくれたことを覚えています。
いやあ、感動的ないい本でした。650頁、3800円もします。人生の良き伴侶として、買って読んで、書棚に飾るだけの価値があります。もちろん、DVDもいいですけど...。
(2019年12月刊。3800円+税)

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