弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年3月 1日

レバノンから来た能楽師の妻

人間


(霧山昴)
著者 梅若 マドレーヌ 、 出版  岩波新書

能楽師は梅若猶彦。その妻はなんとレバノン人です。いったい、この二人はどこで出会ったのでしょうか。そして、能楽師とはいかなる職業なのか。さらに、二人のあいだの子どもは、どんなふうに育っていくのでしょうか・・・。
レバノンというと、私には古くから内戦をずっとやっている国というイメージしかありません。
レバノンの起源は紀元前5000年から6000年前にさかのぼる。「人種のるつぼ」として、最古はフェニキア人、エジプト人、ペルシア人、そしてローマ人、十字軍、オスマン帝国など・・・。なので、レバノン国内には今も18をこえる宗教・宗派が存在する。レバノンは、大統領はキリスト教マロン派、首相はイスラム教スンニ派、国会議員はイスラム教シーア派に人物が就任すると定められている。
二人が出会ったのは神戸の高校。インターナショナルスクールです。背が高くて、どことなく威厳を漂わせた猶彦は、とてもミステリアスだった。彼のなかには、私がどうしても立ち入れない部分がありそれは今も変わらない。芸術家というのは一筋縄ではいかない性格をしている。
彼女はレバノンに帰国したあとイギリスの大学でコンピューター・サイエンスを学びます。そのあと再びレバノンに戻ったあと戦火を逃れて日本にやってきたのでした。そして、猶彦と再会したのです。
結婚したあと、能楽師の妻として初めて能楽堂に行くと、猶彦は、「ここでは、私から三歩下がって歩くように」申し渡すのでした。耳を疑う言葉です。
能の振付を詳しく記録した秘伝書「型附(かたづけ)」を猶彦は保有している。型附を定めることによって、伝統を固定化し、そこからの逸脱を禁じた。型附は父から子に承継されるものであって、一般の生徒や弟子に公開されることはない。この指南書のおかげで、梅若一族の者は能の型にかかわる圧倒的な量の情報に触れることができ、それによって他よりも抜きんでることが可能となる。なーるほど、そんな仕組みになっているのですね・・・。
能の上演には多額の経費がかかるので、公演を主催しても赤字になることも多く、大した収入にはならない。能楽師の多くは自活を強いられている。
猶彦は、毎日、最低2時間は、立ったまま瞑想する。この瞑想によって、能の構え、身体、姿勢、身体の内側の動きを把握しようとする。
「瞑想とは、無への投資だ。無心になるのは難しいが、それこそが能の本質なのだ」
猶彦は体型の維持、そして健康保持に心を砕いている。
猶彦の胸に心拍計をつけて計測した。演技が最高潮に達したとき、ほとんど動いていないにもかかわらず、1分間に240に達した。ふだんは60から70。全速力で疾走するときの心拍数を上回っている。これは、能楽師に求められる精神集中の強度を証明するものだ。
公演が近づくと、猶彦は精神統一をしなければならないので、集中するために一人になりたがる。大きな公演の数週間前から、猶彦が必要とするだけ彼女は距離を置くようにしている。
なーるほど、能楽師の妻とは疲れる存在なのですね・・・。
能では、型附と寸分たがわずに演じることが前提とされている。無駄のない所作のひとつひとつが見る者の心に訴え、魅了できることが理想。そのため、いかなる過ちも許されない。完璧さが求められる。
能楽師は200曲もの古典的演目をまるで「辞書のように」覚えなければならない。
能の世界に「引退」は」なく、体力が続く限り演じ続ける。
いやはや能楽師の妻たるもの大変な苦労があるのですね。しかし、彼女は自分を「根っからの闘士」と自称しています。たくましいのです。ですから、二人の子どもたちも苦労しながらもたくましく育ったのでした。一読に値する新書です。
(2019年12月刊。780円+税)

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