弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2020年2月17日

41歳の東大生

人間


(霧山昴)
著者 小川 和人 、 出版  草思社

すばらしい生き方だと驚嘆しました。郵便配達員として働きながら東大を受験して、5回目で合格し、4年間、なんと同じ仕事を続けながら東大に通って、無事に卒業したというのです。まさしく奇跡というしかありません。もちろん、家庭と職場で温かく支えてくれる人々がいたからこそできたことです。それにしても、それを受けてやり遂げた本人の並々ならぬ努力と不屈の心にはまったく敬服しました。
そのうえさらに、著者は、あの難解なことで有名なサンスクリット語に挑戦するのです。東大といっても、なんとなんと専攻は「印哲」、つまりインド哲学なんです。そして、得た成績はまた文句なしにすばらしいのです。ほとほと呆れてしまうばかりです。
インド哲学概論   優
インド哲学仏教学演習   優
サンスクリット語文法   優
インド哲学仏教特殊講義   優
受験した9科目の全部がオール優なんです。信じられません。私なんか法学部でもらった優は1つだけだったかな・・・。自慢じゃありませんが、良と可ばっかりでした。
この著者は、いったいぜんたい、どんな人なのか・・・。
明治学院大学社会学部を卒業している。ただし、在学中はボクシングに夢中であまり勉強しなかった。そして郵便局で集配課の仕事をしながら、毎日2時間の勉強を続けて東大に合格した。問題はそのあとです。いったい郵便配達の仕事をしながら、しかも妻子をかかえながら4年間の大学生活が可能なのか・・・。
それが可能になったのですから、まさしく奇跡が起きたとしか言いようがありません。必修科目の時間割にあわせて有給休暇の時間取得を申請して上司に認めてもらったのでした。
スペイン語と英語には苦しんだとのこと。そんな人がなんとサンスクリットに挑戦してオール優をとったのですから、努力すれば、人間、たいがいのことはできるということなんですよね・・・。
私も、ずっとずっと50年間も、フランス語を飽きもせず続けているのは、大学時代にセツルメント活動に夢中になって(それ自体は決して後悔していませんが・・・)、授業に真面目に出席せず(といっても大学紛争が始まってからは、授業自体がありませんでした)、もっと授業に出て勉強しておけばよかったという思いがあるからでもあります。
著者は41歳で東大に合格して、10代から20代の成績優秀、頭のいい若者たちのあいだで勉強するというのは、お互いにとって大変刺激があったことだろうと推察します。
著者の興味・関心は現代哲学や現代思想ではなく、ずっと古い時代のギリシャやインドの仏教そして古代思想にあった。そこに自分の生き方のヒントを求めようとしたというのです。
これまた発想がすごいですよね・・・。
著者は、夜9時に寝て、早朝3時に起きる生活をずっとずっと続けたのです。いやはや・・・。
インド哲学というと、供犠(くぎ)。火葬、輪廻(りんね)、沙門(しゃもん)という言葉が登場する世界です。そこには豊饒な世界があり、豊饒な授業があった。そして、かの有名な『般若心経』をサンスクリット語で全文暗唱するのです。
この世の一切のものは、実体がなく変化し移ろうものであるということ。本当にそのとおりだ。
なんともはや、あまりにも知的刺激にみちあふれすぎていて、読みだしたら止まらなくなってしまいました。学ぶのは、いくつになっても遅すぎることはない、ということを実感させてくれる、ワクワクドキドキの本です。ぜひ、あなたもご一読ください。
(2019年11月刊。1500円+税)

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