弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2020年1月 1日
菅原道真
日本史(平安時代)
(霧山昴)
著者 滝川 幸司 、 出版 中公新書
太宰府天満宮と言えば菅原道真ですよね。近くに国立博物館がありますので、たまに行きます。その菅原道真とは、いったいいかなる人物だったのか、この本を読んで、ようやく少し素顔(実像)をつかむことができました。
菅原氏は、もとは土師(はじ)氏。土師氏は、葬送で天皇家に仕えた氏族。ところが、勢いを失いつつあったので、改氏姓を願い出た。
道真は33歳で文章博士(もんじょうはかせ)に任じられた。文章博士は、大学寮紀伝道で中国の文学・歴史を教授する官職。33歳は若い任官だった。
道真は式部少輔と文章博士を兼任し、儒家を領導する立場となったが、それは誹謗中傷嫉妬を招いた。
42歳のとき、道真は文章博士、式部少輔、加賀権守(ごんのかみ)を解かれ、讃岐守(さぬきのかみ)に任じられた。道真にとっては不本意な任官だった。しかし、紀伝道出身者は地方官として治績をあげることが期待されていた。
そして、4年たって、念願の都へ戻った。890年(寛平2年)のこと。
891年、道真は蔵人頭(くろうどのとう)に任じられた。蔵人頭は天皇の側近ともいうべき存在だ。宇多天皇は道真に期待していた。さらに、式部少輔に再任され、次いで佐中弁(さちゅうべん)を兼任した。佐中弁は、太政官行政の事務部局で、きわめて重要であり多忙な職である。
道真は蔵人頭について辞表を出したが、受理されなかった。
892年(寛平4年)、道真は従四位下に叙された。翌年、道真は参議に任じられた。道真、49歳。蔵人頭・左京大夫からは離れ、参議に任じられ、公卿の地位に至り、太政官の議政に参加する地位に就いた。
さらに、道真は、佐中弁から左大弁に昇った。そして、勘解由(かげゆ)長官も兼ねた。勘解由使は官人らの交替を監査する役所。このようにして道真は、参議兼左大弁、式部大輔・勘解由長官を帯びた。
道真、50歳のとき、遣唐大使に任命された。しかし、結果として、派遣はされなかった。
894年(寛平6年)、道真は侍従を兼ねた。この年、道真は、従四位下参議兼左大弁・式部大輔・春宮亮・勘解由長官・遣唐大使・侍従ということにある。このような兼官の多さは類例をみない。
さらに、道真は、参議から中納言に昇った。菅原氏としては初めての任官だった。
道真は宇多天皇を補佐する政治家として、藤原時平とともに政権トップとして政治を担当するようになった。
道真の長男、菅原高視は大学頭(だいがくのかみ)に任じられた。
899年(昌泰2年)、道真は権大納言であり、右大臣に任じられた。これに対して、道真は2度も辞表を出して抵抗した。門地が低いこと、儒者の家系であること、上皇の抜擢によって地位を得たとした。
道真は、誹謗・中傷を受けながらも、大臣の職をつとめた。
道真は、儒家としては異例の出世によって妬まれ、誹謗され、また宇多法皇の側近として醍醐天皇制と対立する存在としてとらえられていたようだ。
宇多法皇の道真に対する過度の厚遇、信頼が左遷のもとになった。
901年(昌泰4年)、道真、57歳。右大臣から大宰権師(ごんのそち)に落とすという醍醐天皇の宣命(せんみょう)が下された。このとき、分を知らず、専権の心があった。醍醐天皇の廃位を計画して、兄弟の間を裂こうとしたという罪状が記されていた。
道真の子息のうち、官途についていた者はすべて左遷された。道真は大宰府、高視は大佐、景行は駿河、兼茂は飛騨で、残った淳茂のみ京に残って学問に励むことができた。
前の天皇に重宝され、トップの地位を占めるところまで行ったものの、次の天皇からは排斥されてしまったということなのでしょうね。出世は反発も招くというのが世のならいです・・・。
(2019年9月刊。860円+税)
2020年1月 2日
深海―極限の世界
生物
(霧山昴)
著者 藤倉 克則・木村 純一 、 出版 講談社ブルーバックス新書
太陽光のうち赤っぽい光は水深3メートルまでにその大半が吸収され、それより深くには届かない。短い波長の光も水深200メートルまでに吸収されて、ほとんど人間の目で見えなくなる。ただ450ミリメートル前後の波長の青色領域の光のみが水深1000メートル付近の中層まで達している。水深1000メートルより深い海は暗黒の世界であり、自ら光を発する生物(発光生物)以外に光を見ることはない。
深海では、光が届かなくなるうえ、水圧が上昇する。
今では、海底下2.5キロメートルにまで微生物が存在していることが判明している。
地球表面の7割は海、水深200メートルより深い海が深海、海の平均深さは3800メートル。水深200メートルの水中には、植物プランクトンや動物プランクトンの死骸、生物の排泄物が凝縮し、埃(ホコリ)のかたまりのようになって沈降する「マリンスノー」が見える。このマリンスノーは、深海に降り注ぎ、深海生態系を支える食物となる。
深海の暗闇では、発光は生存に有効。発光の役割は、エサをおびき寄せるため、捕食者に襲われたときの威嚇、同種間のコミュニケーション、カウンターイルミネーションで姿を消して捕食者から見つかりにくくするため・・・と考えられている。
深海は水圧が高いため、100度以上になっても海水は沸騰せず、水深1000メートルでの沸点は300度以上になる。
深海では有機物の量が少ないため、一般に生物群の生息密度は低く、生物の種の多様性は高い。
海底にある湧水域はプレートの沈み込み帯で、沈み込むプレートの上側のプレート上に存在する。
世界中の海底の95%は太陽の光が届かい深度にあり、温度は4度以下、圧力は数十気圧から100気圧になる。そして、酸素がないところがほとんど。大気中に放出された二酸化炭素は、2分の1が大気中に残り、4分の1は陸上の森林が吸収する。最終的に残った4分の1は海洋に吸収される。
海中のプラスチックが海洋生物にどのように影響しているのか、少しずつ究明されている。しかし、マイクロプラスチックが深海に堆積していることの研究は遅れている。
プラスチックは大変便利なものなので、私もずっと使ってきましたし、使っています。ところが、生態系に大きな悪影響を与えていることを知り、なんとかしなくては・・・と思いはじめました。
深海にうごめく生物に光をあてた貴重な新書です。私が大学生のころは、まだプレートテクトニクス現象について、そんな馬鹿なと一笑に付されていました。今では、大陸が動くものだというのは完全に定説になっています。これで世の中の見方が私のなかでも、すっかり変わってしまいました。
「しんかい6500」に乗ったら水深6500メートルまで潜航できるそうですが、暗黒な闇のなかにずっといたら気が変になってしまいそうです。学者はえらいですね。
(2019年5月刊。1100円+税)
2020年1月 3日
作家と魔女の集まっちゃった思い出
人間
(霧山昴)
著者 角野 栄子 、 出版 角川書店
著者の『魔女の宅急便』は良かったですね。舞台で演じられ、実写映画にもなったそうですが、私はアニメでみました。もちろん、本も読みました。
ホウキにまたがった魔女が宅急便の荷物を運ぶなんて、すごい発想ですよね。
この本を読むと、著者がものすごいバイタリティーの持ち主でもあることがよく分かります。なにしろ、24歳のときブラジルに渡り、2年間、そこで暮らしたというのです。そのとき知りあった母と子の話が本書で紹介されますが、子のほうは作家としてのデビュー作のネタになったのでした。
『魔女の宅急便』の原点は、著者の12歳の娘が描いた魔女の絵だったそうです。ほうきの柄にトランジスタラジオがぶらさがり、ビートルズの音楽でも聞きながら飛んでいるようで、魔女の周囲を音符が踊っている。そんな絵だったのです。それを見て、ひらめいたのでした。
魔女のキキには、あり得ないことと、あり得ることを飛んでつなげてもらう。そしたら物語は面白くなりそう。そのなかでキキは次第に自分の場所を見つけていく。こうやって自分の楽しみも広がっていった。
主人公の名前は、そこから物語の世界が始まるといってもいいくらい大切なもの。1ヶ月ほどして、魔女の女の子はキキという名前に決まった。モノカキを自称する私も、主人公そして登場人物の名前は苦労していますし、工夫しています。
言葉の意味にばかり頼りすぎると物語は次第に貧弱になっていく気がする。
言葉の意味よりも、言葉のときめきを大切にしたい。
ときめきは、形ある風景として立ち上がってくる。そこを読み手といっしょに歩いていく。そしたら、どんなに楽しいことか・・・。
84歳の作家は、いつまでも幼い少女のようなういういしさを失っていないようです。うらやましい限りですね・・・。
(2019年9月刊。1400円+税)
2020年1月 4日
宇宙から帰ってきた日本人
宇宙
(霧山昴)
著者 稲泉 連 、 出版 文芸春秋
ずいぶん前に、このコーナーでアメリカの宇宙飛行士たちは実際には月面着陸していないという本(いわゆるトンデモ本)を紹介して、叱られたことがあります。トンデモ本を真に受けてしまったわけです。9.11についても陰謀論があるようで、フェイクニュースが横行する世の中ですので、なかなか真実を見抜くのは大変です。
宇宙に飛び出した人類は、今では国際ステーションをつくって長期滞在していますし、日本人も、そのなかで頑張っているのですよね・・・。でも、私は、例のチャレンジャー爆発事故を「目撃」して以来、宇宙旅行なんて、ますます怖いと思うばかりです。
その点、ロシア(旧ソ連)の宇宙船ソユーズ号は大変な安心感があります。
ソユーズは、1957年のスプートニク1号の打ち上げに使われたR-7Aを改良したもの。ソユーズは2000回近くの打ち上げに使用されており、その成功率は97%をこえる。現在も年間10機以上が打ち上げられるほど、信頼性には定評がある。ただし、2018年10月に打ち上げに失敗し、発射直後に緊急着陸するという事故も起こしている。
ソ連時代に爆発事故を起こして公表されなかったという事故もあるようですので、手放しで安全だと評価できないのかもしれませんが、この分野ではアメリカよりソ連時代をふくめてロシアのほうが宇宙船の安全性は確保されているようです。
それにしても、宇宙から地球の公害による汚染がはっきり見えるという指摘には、そんなにひどいのかと驚きました。なにしろ、ベトナム戦争のとき、地上の戦火まで見えたというのですから、宇宙船から地球は驚くほど、よく見えるのですよね・・・。
1990年にソ連の宇宙船ソユーズに乗って日本人として初めて宇宙旅行した秋山豊寛氏は、地球の青さというのは、地球自体は青いのではなく、地球と宇宙との境目の美しさを指していると語っています。
このとき、TBSはソ連に50億円支払ったとのこと。まさにバブル現象でした。1986年にチャレンジャー爆発事故が起きて、毛利衛氏が日本人初の宇宙飛行士になるはずだったのが、順番が入れかわったのです。秋山氏は、ひどい宇宙酔いに悩まされたとのこと。
地球に帰還した直後は、動力酔いに悩まされる。これは筋力が弱ったのではなく、三半規管によるバランス感覚がなくなり、まっすぐ歩けない、ふらふらと千鳥足になってしまう現象が起きる。
宇宙船内では、上下の概念がなくなってしまう。それに慣れた人が、地球に戻ってくると、危ない目にあってしまう。
宇宙船のなかでは、無動状態なので、ニュートンの作用、反作用の法則、つまり押せば押されるという法則を身体で実感・理解できる。
毛利衛氏は、私と同じ団塊世代。1992年にスペースシャトルで宇宙に行った。このときの地球の人口は55億人。2度目は2000年、NASA宇宙飛行士として行ったとき、地球人口は61億人。そして今や77億人。2050年には100億人になると予測されている。はたして、地球は人間をそんなにかかえこめるのか・・・。
(2019年11月刊。1650円+税)
2020年1月 5日
クモのイト
生物(クモ)
(霧山昴)
著者 中田 兼介 、 出版 ミシマ社
わが家のなかには、大小いろいろのクモが出没します。芥川龍之介の「くもの糸」を読んで以来、自分だけは助かりたいという思いから私は決してクモを殺すことはしません。あまりに大きなクモはホウキで外へ掃き出してしまいます。でも、その姿は少し気味悪いですよね。
セアカゴケグモはともかくとして、クモの毒は人間には効かないことを本書で知って安心しました。
クモは、成功した生物の一つ。陸上のあらゆるところに住んでいる。
クモは空を飛び、水中にすむクモだっている。
「朝のクモは殺すな」と昔から言われてきたように、昔の日本人はクモをありがたがっていた。
クモのオスは、大人になると網を張らなくなり、エサも食べずにメスを探して子づくりに全精力を注ぐ。クモは他の動物をエサにする肉食動物だが、異性に対しても猛烈な肉食性。
メスは交接相手のオスを食べてしまうことがある。うひゃあ、カマキリと同じですね・・・。
クモの魅力は、その賢さと複雑さにある。
クモの糸は直径数マイクロメートル(1ミリメートルの数百万の1)しかないにもかかわらず、自然界で最強。
クモのほとんどは孤独に生き、好き嫌いのあまりない肉食動物。
クモの糸で服をつくった。4年以上の月日と30万ポンド(4000万円強)のお金、6000人時の労力、のべ100万匹をこえるジョロウグモが使われた。
これまで16個体のクモが宇宙旅行した。日本人で宇宙を飛んだのは12人のみ。
クモの祖先が出現したのは3億8000万年前。クモの化石は3億年前のものが最古。
網を張ってエサをとるクモの種類は半分ほど。
クモの糸はタンパク質でできている。
母グモは子グモにエサを与えていて、自分が弱ると、自分の身を子グモに食べさせる。
クモが空を飛べるのは、地球の表面がマイナス電気を帯びていて、クモの糸もマイナス電気なので、お互いに反発しあって、空中に浮かぶことになる。
長生きするクモの寿命は40年というのもいる。ジョロウグモやコガネグモは1年。
クモは、からだを分解する酵素をたっぷり含んだ消化液を口から出して、哀れなエサの中に注ぎ込む。しばらく待つと、溶けてどろどろになるので、それをクモは飲む。
からだの外で消化が起こるおかげで、クモは自分よりずっと大きな動物でもエサにできる。
クモは毎日、網を張り直す。古い網は食べる。これはリサイクル。
クモは地球上に12万種いると見込まれている。150種近くが絶滅危惧になっている。
クモは、ほとんど昆虫を食べている。
世界中で4億トンから8億トンのエサを食べている。
身近なクモについての面白い話が満載の本です。
(2019年11月刊。1800円+税)
2020年1月 6日
そのツイート、炎上します
社会
(霧山昴)
著者 唐澤 貴洋 、 出版 カンゼン
前に『炎上弁護士』(日本実業出版)を書いた弁護士による、SNS炎上を避けるための実践的な手引書です。
先日、私の前にあらわれた新規の相談客に、どうやって私の事務所を知ったのか尋ねたところ(毎回、欠かさない質問です)、スマホの格付が4つ星で、コメントも良いことが書かれていたこと、そして決め手は「相談料無料」とあったからという答えでした。これには驚きました。レストランが星で格付けされていること、利用した客のコメントがついていることは私も知っていましたが、法律事務所まで同じように評価され、コメントがついていることを初めて知りました。しかも、うちの支店については、係争中の相手方から悪口が書かれているのです。なお、「相談料無料」というのは正確ではありません。借金相談だけ無料にしているのです。頼んでもいないのに、いったい誰が、こんな表示をつけたのでしょうか。
悪口については、抹消請求できるほどのものとは思えないレベルでしたので、プラス・コメントを誰かに書いてもらって対抗するしかありません。本当に怖い世の中になったものです。
炎上しても気にしなければいいんだという人がいる。しかし、そういう人に限って、自分が炎上したときに、うろたえ、フツーの精神状態ではいられなくなることだろう。
なるほど、たしかにそうだろうとネット世界に生きていない私も同感です。
ツイッターのやり取りのなかでは、怒りが生まれやすい。というのは、ツイッターは切りとられた短文なので、過激で不快な印象をダイレクトに与えやすいから。
構造的な炎上は、いじめの構造と同じ。いちど悪意をもたれたら、ずっと目をつけられる。学校のいじめが、なかなか終わらないのと同じ。
いじめるほうが自発的にやめる理由は、あきる以外ない。学校でのいじめのターゲットが次々に移っていくのと同じで、対象は誰でもいいのだ。
炎上を加速させる大きな要因の一つに「まとめサイト」の存在がある。まとめサイトの広告収入で稼ごうという人が多く、まとめサイトは乱立している。
そして、一般人が炎上すると必ずあらわれるのが特定班。個人情報を暴き出す機動力のある特定班が存在し、炎上者の性格、居住地、学校、勤務先、家族構成などのプライバシーを暴き出す。
このような特定班の成果を待ち望む人々が存在する。これも人間の醜悪な一面だ。
炎上しても警察はまともに捜査しようとはしない。これは怖い。
炎上に加担する人は、孤独感のある人、寂しい人が多い。
炎上したときには、第一に次の炎上の燃料となるネタを与えない、第二に時間が経過するのを待ち、相手と同じ土俵に上らない、第三に明らかなプライバシー侵害のときには警察に相談する、第四に、インターネット上の人権侵害に明るい弁護士に相談する。
ちなみに、インターネットに詳しくない私は、この種の相談を受けたときには、すぐに専門的に対応できるインターネットに強い弁護士を紹介するようにしています。
(2019年5月刊。1400円+税)
2020年1月 7日
交通誘導員ヨレヨレ日記
社会
(霧山昴)
著者 柏 耕一 、 出版 三五館シンシャ
出版社の編集を業としていた著者が高額の税金を滞納して税務署から差押されたり、ギャンブルに走ったりして、ついに73歳にして炎天下の街頭に立ち交通誘導員の仕事を始めます。その実体験が実に淡々と語られ、ほぼ同世代の私は身につまされます。
交通誘導警備員は全国に5万人いる警備員の4割を占める。警備員は、法律(警備業法)によって、作業員の仕事を手伝うことを禁じられている。すると、超多忙な現場ではヒマな警備員の様子を見て、作業員がやっかみ皮肉を言うことがある。
警備員の日当は1日9000円前後。普通に働けば月18万円ほどになる。
ただし、法律によって自己破産者は警備員になれない。もっとも、自己破産申立者の99%は免責されますので、警備員になれない人はごくごくわずかでしかありません。この本では、法律のこの点の運用が理解されていないと思いました。
警備員の8割が70歳以上という会社がある。そして最高齢の警備員は84歳。でも、しゃきっとしていてバリバリ仕事している。
警備員は、作業員にストレスなく、安全に仕事をしてもらうことを第一に心がける。
警備員同士で深い人間関係を築くことはまずない。現場は毎日ちがうところだし、組む相手も変わる。仕事を終えて連れだって飲みに行くこともない。みな仕事が終わると、さっさと帰ってしまう。
警備員には物をつくり出す喜びはない。警備員には1日はたらけば足が棒のようになるし、寒さ暑さに直撃されるし、喜びより疲れだけが残る仕事だ。警備業は忍耐業だと思う。
交通誘導の仕事は、よくやって当たり前。ミスをすれば頭ごなしに監督や親方から叱られる。ときには同僚から罵声を浴びせられる。
警備員の仕事は社会で最底辺の仕事だ。
警備員は、むやみに一般車両の誘導をしてはいけない。工事現場における人や車両の誘導は、あくまでも相手の任意的協力にもとづく「交通誘導」であり、警察官や交通巡視員のある法的強制力をもつ「交通規制」とはまったく異なる。
最後に著者はひき続き現役交通誘導員として働くつもりだとしています。
これからは、これまで以上にあたたかい目で交通誘導員をみることにするつもりです。
(2019年9月刊。1300円+税)
2020年1月 8日
創意
司法
(霧山昴)
著者 石川 元也 、 出版 日本評論社
刑事弁護人として60年あまり活躍してきた著者の本です。88歳の著者にベテラン弁護士2人(岩田研二郎、斉藤豊治)がインタビューしていますから、とても読みやすく、しかも大変勉強になることばかりでした。
本のオビに木谷明・元裁判官が「戦後司法史の生き証人」と書いていますが、まさしくそのとおりです。昔は、裁判所は大らかなところがあったな、今はあまりに官僚統制がききすぎていて窮屈すぎると痛感します。意見陳述があって共感を呼んだとき、立派な陳述が終わると拍手したくなりますよね。ところが、そんな自然発生的な傍聴人の言動に目くじら立てる裁判長がほとんどなのです。残念でなりません。
この本には、刑事裁判の法廷で被告人たちが一斉に黙祷をはじめたとき、裁判長が制止することもなく黙って終わるのを待っていたという話が紹介されています。検察官が制止するよう求めると、裁判長は「何もしません」と答えたそうです。困った検察官は裁判長を忌避せず、自民党に通報しました。結局、うやむやになって終わったそうです。
「マイコート」と称して、法廷管理のこまかいところまで仕切りたい裁判官が少なくありません。ところが、そんな裁判官の多くが事件処理にあたっては枝葉にこだわり、大局的見地に乏しく、権力批判の覇気が欠如しています。本当に情けないです。
著者は1994年から3年間、自由法曹団の団長をつとめました。大阪から初めての団長でした。激務のため、さすがに3年目の途中で体調を崩したので、5年のつもりが3年で退任したとのことです。私は、このころから親しく交流させていただいています。
著者は東大3年生のとき、メーデー事件で逮捕・勾留されています。このころは、まだ活動家ではなく、見物気分で一人でメーデーを見に行って騒動に巻き込まれました。ケガをして、カルテに本名を書いたので、逮捕されたのでした。あとで司法試験に合格して司法修習生になるとき、この逮捕が問題となり、1年、入所が遅れそうになりました。
弁護士になってから、公安(刑事)事件を扱いはじめます。まず、1949年8月17日に起きた松川事件の弁護人となりました。この法廷のペースは驚異的です。毎月、1週間、月水金の全1日の公判を開く。こうやって40回の法廷が1年3ヶ月で終了した。
大衆的裁判闘争のもっとも重要なところは、争点を明確にして、事実と道理で迫ること。同時に、裁判批判を大衆的そして国民的にやる。裁判は、決して法曹の弁護士と裁判官だけの問題ではない。国民が納得できるもの、国民が自由に批判できるということが大きな論点だ。国民というとき、マスコミのもっている役割は、けっこう大きい。なるほど、ですよね。
それから吹田事件。この裁判で勝てた要因は四つある。第一に、裁判上の対決点を明確にした。第二に、被告団が団結すること。第三に、弁護団の果たした大きな役割、第四に大衆的な支援運動の盛り上がり。
宮原操場事件の裁判では、更新手続のとき、公判調書などを全部よむように裁判所に要求して、これだけで6回か7回の公判をしたことがあったそうです。そして、裁判官忌避。京教祖事件では、証拠開示をめぐって何度ももめて、同じ裁判官を3回忌避したというのです。
松川事件では最高裁は大法廷で10日間にわたる口頭弁論を開いた(1957年11月)。そして、同じく最高裁の大法廷は全逓東京中郵事件で6日間の弁論を開いた(1965年4月)。また、東京都教組事件で3日間の弁論を開いた(1968年9月)とのこと。いずれも可罰的違法性を論点とした弁論で、午前・午後終日の弁論でした。今では、ちょっと信じられません。
著者から贈呈していただきました。戦後司法史を自らの体験もふまえて語った、貴重な本なので、多くの若い人にぜひ読まれてほしい本です。
(2020年1月刊。1500円+税)
年末年始に大変なことが起きました。暮れのゴーン被告の逃亡はびっくりしただけですが、正月早々のトランプ大統領の暴挙には戦争が始まりそうで恐ろしさに膚が粟立ちます。暴力に暴力をぶつけても何の解決にもならないとは中村哲さんの至言です。安倍首相がトランプ大統領に抗議することもなく、中東への日本の自衛隊派遣を中止しようともしないのは、まったく許せません。
私の年末年始をご紹介させていただきます。12月31日夜は例年どおり近くの山寺で除夜の鐘をつきに出かけました。星が満天に輝いていて、北斗七星の先にある北極星もよく見えました。雪がちらつくこともなく、しっかり防寒していきましたので、焚き火にあたらず、パトリシア・カースのシャンソンを聞きながら待ちました。鐘をつく人は年々減っていますが、それでも今回は少し若い人、子づれが目立ち、二重の輪にはなりませんでしたが、それなりの参加者でした。
1月1日は、おだやかな陽差しを浴びながら、庭に出ていつものように畑仕事というか、土いじりに精を出しました。庭のあちこちを掘り返し、生ごみを埋めて土づくりです。ふかふかの黒土が出来あがります。昨年は、じゃがいもがたくさんとれました。玉ネギは植えそびれてしまいました。春にはチューリップが300本以上、咲いてくれます。例年500本なのですが、昨年は日曜日に出かけることが多かったのです。伸びすぎたスモークツリーもばっさり切って、すっきりしました。
そして、年末年始、事務所内の既済記録の大半を処分しました。もちろん、文章化しようと考えている記録は残しています。
2020年1月 9日
武器よ、さらば
社会
(霧山昴)
著者 エマニュエル・パストリッチ 、 出版 東方出版
地球温暖化の危機と憲法九条というサブタイトルのついた本です。とてもとても 勉強になりました。すばらしい、目のさめるような指摘のオンパレードで、読んでいて、思わず胸が熱くなってきました。
平和憲法こそ日本の利点であり、日本の平和憲法は過去ではなく、未来である。
実際のところ、世界第8位の軍事費大国である日本は、すでに軍事費支出において、いかなる「普通の国」をもはるかにしのいでいる。
自衛隊を、完全に九条の真の実現をサポートする組織へと改編することは可能であり、九条を否定するものではなく、むしろ憲法九条の真の制度的革新のモデルとなりうる。たとえば、未来の陸上自衛隊は、世界中の土地の劣化や森林破壊に対処する、砂漠化という世界的な戦いに力を注ぐものとする。
海上自衛隊は、海面の温度上昇と酸性化による世界の脅威に対抗することに注力する。
航空自衛隊は、空から地球温暖化の影響を調査し、大気に関する問題への対処に、その資源を充てる。
実にすばらしい提案です。スウェーデンの16歳の少女、グレタさんの指摘をきちんと私たちは受けとめるべきだと思います。
日本の憲法九条は、素朴な平和主義ではない。現在の国際社会の現実に即した、現実的な選択肢なのだ。
私たちは、軍事を優先させることをやめ、気候変動への対応を、すべての経済と安全保障計画における主要な関心事とする必要がある。そうしなければ、人類は大量絶滅というリスクに直面する。
私たちが存続していくためには、個人や団体による誤った暴力への効果的な対応は警察力と司法によるべきものであるという共通の認識をもたなければならない。
最大の障害となっているのは、経済的にまた政治的にパワーをもっている軍需産業の存在である。実は、軍隊は、人々の利益のために自分を犠牲にする、献身的な個人の規律化された集団である。そこで重要なことは、何を目的として献身するのか、ということ。気候変動への対応には、まさに、このような献身的でパワーのある集団を必要としている。
日本の自衛隊は、100%再生可能エネルギー政策を推進し、緑の革命において重要な役割を果たす。これを第一のステップとする。
いやあ、すばらしい提言です。これを夢のようなタワゴトと簡単に片づけては決してなりません。私たちは、もっと真剣になるべきです。
アメリカは、日本や韓国を「同盟国」とみなしてはいるが、貿易に関して自分の命令に従わないときには、トランプ大統領は、その方針を簡単に変えるだろう。アメリカが中国だけを脅威として考えていて、自分たちは「同盟国」として保護されるなんて幻想に日本人は浸ってはいけない。
北朝鮮・韓国についても、著者は目のさめるような鋭い指摘をたくさんしています。
わずか174頁の薄い本です。著者は江戸時代の漢文学を専攻する学者で、日本にも7年間住み、東大で学び、韓国で教授として活動するかたわらコラムなどを発表してきた学者であり、ジャーナリストとして活動している人です。日本語、韓国語、中国語そしてフランス語を使いこなすアメリカ人でもあります。すごい才人ですね。
日本と韓国・北朝鮮が対アメリカとの関係で、いかに行動すべき、よくよく考え深められた指摘がたくさんありますので、いま広く読まれるべき本として大いに推奨します。
(2019年8月刊。1600円+税)
2020年1月10日
自発的対米従属
社会
(霧山昴)
著者 猿田 佐世 、 出版 角川新書
福岡県弁護士会は、昨年12月下旬に著者を招いて沖縄問題をテーマとする講演会を開きました。著者は日本の弁護士であると同時に、アメリカ・ニューヨーク州の弁護士資格を有し、民間外交に大車輪で活躍しています。少々早口すぎるのが玉にキズなのですが(ついていけない老人がいます)、その語る内容は恐るべきものがあり、圧倒されます。
外交とは「劇」である。この「劇」を切り盛りするのは外務省であり、東京の本省と各国にある大使館が舞台をつくっていく。外交では、登場人物が限られているので、「劇場」の運営が容易である。
アメリカ人は、日本に無関心で、日本についての報道も多くない。
外交の世界では、アメリカ政府はことあるごとに「日米は特別な同盟関係にある」、「日本は特別」と言うので、日本人は、アメリカから日本は特別扱いされていると勘違い(誤解)している人が多いが、実はアメリカはよその国に対しても、同じように「特別な関係」にあると言っている。つまり、日本は、アメリカにとって「特別」な国でもなんでもない。この「特別な国」とは、外交につきものの美辞麗句であり、単なる決まり文句にすぎない。決して真に受けてはいけない。
沖縄国際大学にアメリカ軍のヘリコプターが墜落したときの生々しい状況フィルムを講演会のとき初めて見ましたが、現場にいち早く駆けつけてきたアメリカ兵が現場を封鎖して日本のマスコミ、そしてなんと日本の警察官までも現場に立ち入らせなかったのです。ここはどこの国かと、情けないというより怒りが湧き立つ映像でした。ところが、日本の外務省は、それを問題視することなく受け入れ、容認してしまいました。元外交官(宮家邦彦)は日本の警察がアメリカ軍による規制線の内側に立ち入れなかったことを無視して、日米共同で捜査したと強弁したそうです。まったく奴隷根性の持ち主としか言いようがありません。捜査できなかった事実を認識しながら、それを捜査したと評価してしまう。日本の土地の汚染を、日本の警察自らが調査して日本国民の命と生活の安全を保障することができないのに、なぜ悔しく思わないのでしょうか・・・。
これは、対米従属を自ら選びながら、そのことに気付いてすらいないという状況である。「従属」があたり前になりすぎると、自分から「従属」を選んだことを忘れてしまい、疑問すら抱かなくなるのだ・・・。
沖縄のアメリカ軍基地面積の7割を海兵隊が占めている。そして、アメリカ本土では海兵隊の規模を縮小しようという動きが根強い。
アメリカにとって、辺野古に基地を絶対につくらなければならないということはない。日本がつくりたいのなら反対はしないというだけのこと。
いやはや安倍政権のアメリカべったり、沖縄県民の意思無視はひどすぎます。
著者は、アメリカの国会議員のうち日本に関心をもっているのに、せいぜい10人が20人くらいではないかと講演で述べていました。その国会議員の認識として、次のような問題が紹介されていて、驚きます。
「沖縄の人口は何人か。2千人ぐらいか」
実は2009年当時で138万人。
「飛行場を一つつくってあげたら、沖縄の人たちは飛行機を使えるようになって便利になるのではないか・・・」
沖縄には飛行場がないと思っていた、この国会議員は、なんと、アメリカの下院(国会)の外交委員会のアジア太平洋環境小委員会の委員長なのです。いやはや、それほどアメリカの国会議員にとって日本も沖縄も眼中にないということなんですよね・・・。
つまり、辺野古問題の根源はアメリカ(ワシントン)にあるのではなく、日本の東京(霞が関と永田町)にあるのです。もういい加減に対米従属一点張りはやめたいものです。
(2017年3月刊。860円+税)
2020年1月11日
男はつらいよ お帰り寅さん
人間
(霧山昴)
著者 山田 洋次 、 出版 松竹株式会社
私は大学生のときから「男はつらいよ」を見はじめ、その全部ではありませんが、ほとんどみています。「男はつらいよ」第1作が劇場公開されたのは1969年8月27日。しかし、私の記憶では東大本郷の五月祭(ごがつさい)で先行上映されたという記憶です(間違っているのかもしれません)。
1969年1月に東大本郷では派手派手しい安田講堂攻防戦があり、3月に授業再開し、5月ころ本郷に進学したて、まだ学生の気分がすさんでいたところに笑いで吹き飛ばす映画をみんなで見たという記憶があるのです。地下に食堂「メトロ」のある法文31番教室が会場で、そこへ大勢の学生たちが詰めかけ、満員盛況でした。みんなで爆笑したように思います。
その後、郷里の福岡へUターンする前、東京の場末の映画館でみたときは、場内が爆笑して騒然とした雰囲気で、スクリーンに向かって野次を飛ばす威勢のいいオッチャンたちもいて、心地よい気分に浸ることができました。ところが、銀座の封切館でみたところ、観客があまりにお上品で、みんなでどっと笑ったりすることがなく、野次が飛ぶなんてこともありませんでしたから、いささか物足りない思いをしたこともあります。
郷里に戻ってきて、子どもたちが小学校に通うようになると、正月には欠かさず寅さん映画をみんなでみて、腹の底から笑うことができました。
渥美清が20年も前になくなってから久しぶりに苦々しい寅さんをアップで拝むことができ、本当に感激しました。そして、その登場シーンがストーリー展開に本当によく溶け込んでいて、まったく違和感がありませんでした。すごいです。たいしたものです。
寅さんが今、どこで何をしているのか、もう死んでいるとかいう話はまったく出てきません。話の展開のなかで、そのことを不思議に思わせることがないのです。これって、すごいことですよね・・・。
そして泉さんは国連難民高等弁務官事務所につとめているということで、ヨーロッパやアフリカの難民問題まで映像で紹介されます。泉さんはタクシーのなかで上司とフランス語で会話しますが、ちゃんと聞きとれて、フランス語を勉強していて良かったと思いました。やっぱり、話が分かると、うれしいのです。
国連で活躍中の中満泉さんの本『危機の現場に立つ』も参考文献として紹介されています。後藤久美子は、素敵なキャリアウーマンとして登場してきますが、初めは誰だか分かりませんでした。
主題歌をオープニングで桑田佳祐が歌い、最後に渥美清本人が歌います。しみじみと聞いて、映画の余韻に浸って映画は終わり、あたたかい気分で外に出ることができました。
疲れを吹き飛ばしてくれるすばらしい映画です。ぜひ、あなたも映画館に足を運んでみてください。
(2019年12月刊。1200円+税)
2020年1月12日
ドイツ軍事史、その虚像と実像
ドイツ
(霧山昴)
著者 大木 毅 、 出版 作品社
『独ソ戦』の著者によるドイツ軍事史ですから、面白くないはずがありません。
従来の定説が次から次に覆されていく様子は小気味よく、痛快でもあります。
たとえば、日本軍による真珠湾攻撃について、ルーズベルト大統領はあらかじめ承知しておきながら、世界戦略に展開上、あえてこれをやらせたという陰謀論がある。同じように、スターリンもドイツ侵略を準備していたので、ヒトラーはそれに一歩先んじただけのこと・・・という古くて新しい主張がなされている。しかし、いずれも歴史的事実としては成り立たない。
1943年7月のプロホロフカの大戦車戦なるものの実体は・・・。
ドイツ側の装甲勢力は戦車、突撃砲、自走砲をあわせて204両だった。これに対してソ連側は850両の戦車と自走砲を保有していて、プロホロフカ戦区だけでも500両の戦車を投入してきた。しかし、結局のところ、ソ連軍の大戦車隊は大敗を喫した。
ソ連軍は、350両もの戦車と自走砲を破壊された。つまり、ソ連軍はプロホロフカで大敗北し、ドイツ軍は大勝利をおさめていた。
1944年冬、ドイツ本国にあった兵站部隊と後方勤務部隊は、保持していた小銃と拳銃の半分を前線部隊に引き渡していた。残りの半分は、1944年春、同じく手放すことになった。
ドイツの生産能力は、前線と後方の需要を同時にみたすことができる状態ではなかった。
1944年3月、ドイツの国内予備軍はなお1100両の戦車と突撃砲を有していたが、実にその半分が旧式化したⅢ号戦車、あるいは、その改造型だった。
1945年5月、アメリカ軍の捕虜となったドイツ軍10万人の将兵のうち、40%は何の武器ももっていなかった。
1944年以降、ドイツ軍は指揮官の未熟さによる失敗が目立った。というのもベテランの指揮官たちが倒れ、捕虜になっていくなかで、十分な訓練を受けていない経験不足の士官たちが占めた。
ヒトラーは、ベルリンでは虚勢を張り続けていた。そして、ヒトラーに自分の忠誠と勇猛ぶりを誇示する演技だった。
ドイツの敗戦後、アメリカ軍の捕虜となったドイツ兵たちの会話は、すべて録音されていた・・・。
1944年10月、宣伝大臣ゲッペルスは国民突撃隊創設に関するヒトラーの指令を公表した。このころ、600万人もの国民突撃隊を十分に武装させるのは不可能だった。ドイツ国防軍は既存部隊の維持で精一杯だったので、国民突撃隊は、猟銃やスポーツ用の鋭い旧式の小銃で武装するしかなかった。弾薬も不足していて、1人あたり5~10発の弾丸しか与えられない部隊すらあった。また、軍服も用意できなく、腕章をつけて軍服に代えた。
こうやって戦場に投入された国民突撃隊の末路は悲惨で、17万5000人が行方不明となった。
ドイツでは占領地で、パルチザン活動をすべく「人狼」部隊を創設しようとした。しかし、戦争に疲れ、犠牲につぐ犠牲を強いられたドイツ国民は、フランスやロシアとちがい、「侵略者」に抵抗する気運はなかった。抵抗運動としての「人狼」は、活動の基盤を失い、それを支えるはずだった親衛隊の「人狼」部隊は、消え去った。
現実には、ドイツ軍の大多数は、勝利の見込みなどかけらもないまま、奇跡なき戦場に投入され、非情な戦死のままに消滅していった。
ナチス・ドイツ支配下のドイツ国防軍の実態がよく分かる本です。よく調べてあるのには驚嘆するほかありません。
(2017年4月刊。2800円+税)
2020年1月13日
弁護士のしごと
司法
(霧山昴)
著者 永尾 広久 、 出版 しらぬひ新書
著者は25歳で弁護士になって今、71歳ですから、弁護士生活も46年間となりました。
これまで取り扱ってきた事件のうち印象に残ったものを少しずつ文章化していて、本書は読みもの編の第一弾です。
本書のトップは、勝共連合・統一協会による霊感商法でだまされた人のケースです。
主婦が32万円という高額なハンコを買わされ、600万円もの多宝塔を購入させられたのは、長男が短命で終わるとのご託宣によって心配させられ、それを回避するための行動でした。著者は洗脳の場になっているビデオセンターに乗り込み、パトカー2台が出動する騒動を起こしながらも、600万円全額を取り戻すことに成功したのでした。裁判所を待たずに弁護士も直接折衝することがあるというケースです。
二つ目のケースは、子どもの引き取りをめぐる争いです、裁判所の命令によって子どもを手放さなくてはいけない状況を打破するため不利を悟った相手方がテレビ局に駆け込んだ。ワイドショーのスタッフが東京から飛んできた。だまし打ちにあって田圃道でテレビ・カメラの皓々たるライトを浴びながら、世の中には理不尽なことも多いと実感させられた。それでも、なんとか人身保護命令の手続きのなかで、3歳の子どもを無事に取り戻すことができた。いやはやテレビ番組は怖いものです。
100万円の恐喝事件では、32回の公判を重ねて「被害者」の証言は信用できないとして、無罪判決が出て、そのまま確定した。ところが、被告人となった一人が民事で損害賠償を「被害者」に請求すると、裁判官は言語道断の請求だと決めつけて請求を棄却してしまった。
最後は、地場スーパーの倒産にともなう整理手続を裁判所の手を借りずに遂行した経緯が紹介されています。裁判所の破産手続を利用すると、手続費用(実は管財人費用)が高額なうえ、業者説明会がすぐにやれないとか、主導的に進行させられない。そこで任意清算手続で乗り切ったというケースです。
弁護士は何をしているのか、弁護士って役に立つものなのか、実例をふまえて、プライバシー保護に留意しつつ具体的に明らかにしている新書です。
いま、大学進学を希望する高校生のなかでは法学部より経済学部が人気であり、司法界の人気も低下しているといいます。とても残念なことです。地方にも人権課題はたくさんあり、それに取り組むのは人生を充実させるうえで、とてもいいことだと思います。この新書を読んで弁護士を志望する人が増えてくれることを願っています。
ですから大学生や高校生などに広く読まれてほしいものです。新書版200頁。
(2019年12月刊。500円(悪税こみ))
2020年1月14日
海と陸をつなぐ進化論
生物
(霧山昴)
著者 須藤 斎 、 出版 講談社フィールドバックス新書
海中の巨大生物クジラが、かつて陸上で生活していたのに、海に戻ったというのは定説です。それも、もともと海で生活していたのが陸上にあがり、それから海に戻ったというのです。信じられません。本当なんでしょうか、どうしてそれが証明できるのでしょうか・・・。
クジラ類の祖先は、現在のアフリカに生息しているカバと共通。
インド亜大陸がユーラシア大陸に衝突し、ヒマラヤ山脈が隆起するまで、この地域には「テチス海」と呼ばれる浅い海が広がっていた。このテチス海に、クジラ類の祖先である「原クジラ」が暮らしていた。原始的な種は、頑丈な四肢をもつ完全な陸生動物であり、5400万年前に陸から水中へ進出していった。
インド亜大陸に生息していた原クジラ類は、斬新生に入ってそれまで暮らしていた河畔から海洋へと生活の場を移した。当初は半水・半陸の二重生活を送っていたが、次第に完全な水中生活に適応していった。
なぜ、かつて陸上で生活していたクジラ類が海へ帰っていったのか・・・。その理由として、インド亜大陸の衝突によって、それまで暮らしていた場所が消滅したこと、珪藻類の繁栄によってエサとなる動物プランクトンや魚類などが増加したことが考えられる。
すごいですね、こんなことが科学的に証明されているというのです・・・。
プランクトンという言葉には、「小型」という意味はふくまれていない。エチゼンクラゲもプランクトンに含まれているが、傘の直径が2メートル、重さは150キロにもなる。
植物プランクトンは、光合成をするため。光があたる範囲の深さにいなくてはいけない。つまり、植物プランクトンは、太陽光が届く水深100メートルからせいぜい200メートルほどの「海洋表面」に多く生息している。
大気に存在する二酸化炭素の一部は、海面から海洋中に取り込まれて、海洋表層に生息する生物、とくに植物プランクトンの光合成によって有機物に変化する。
海洋生物によって海洋の中層・深層部へ炭素が運ばれる。最終的に深海に貯蔵される炭素は70~80億トンの達する。
速く生長して、早く再生産し、さらに早く死ぬのが海の生産者である植物プランクトンの特徴であり、一次消費者の動物プランクトンの特徴だ。
単細胞の植物プランクトンは、平均して6日に1回、分裂する。そのうちの半数は、死ぬか、あるいは他の生物に食べられる。そのため、植物プランクトンの全量は1週間に1度、そっくり入れ替わっている。
プランクトンのなかには、葉緑体をもっていて光合成ができるのに、肉食動物のようにエサを狩る、植物なのか動物なのか、よく分からないものもいる。その一つが夜光虫。
海と陸とはつながっていることが分かった気にさせてくれる新書です。
(2018年12月刊。1000円+税)
2020年1月15日
呪いの言葉の解きかた
社会
(霧山昴)
著者 上西 充子 、 出版 晶文社
子どもたちへの道徳教育に異常なほど執着している安倍政権ですが、自分たちは道徳を守ろうとははなから思っていない様子で、膚寒い思いがします。その意味で、人間にとって他人との意思疎通のために不可欠な言葉があまりにも軽くなっています。安倍首相のへらへらした口調で語るコトバの何と薄っぺらなことが、この人は道徳教育よりも前に小学生の国語からやり直すべきでしょう。
ところが、もう一方で、激しい悪罵を他人に投げつけて喜んでいる人もいます。残念ですが、それも現実です。
私たちの思考と行動は、ともすれば無意識のうちに「呪いの言葉」に縛られている。
本書で、著者は、そのことにみんなが気がつき、意識的に「呪いの言葉」の呪縛(じゅばく)の外に出ようと呼びかけています。思考の枠組みを縛ろうとする、そのような呪縛の外に出て、のびやかに呼吸できる場所にたどりつこうと誘っています。大賛成です。
「嫌なら辞めればいい」という言葉は、働く者を追い詰めている側に問題があるとは気づかせずに、「文句」を言う自分の側に問題があるかのように思考の枠組みを縛ることにこそ、狙いがある。
「呪いの言葉」とは、相手の思考の枠組みを縛り、相手を心理的な葛藤の中に押し込め、問題のある状況に閉じ込めておくために、悪意をもって発せられる言葉だ。
悪質なクレームについては、相手の土俵に乗せられないように、心理的に距離を置きながら対応するという心構えが必要だ。
たとえば、「野党は反対ばかり」という人には、「こんなとんでもない法案に、なぜ、あなた方は賛成するんですか?」と切り返す。このとき、「賛成もしています」では単なる弁解であり、相手の土俵に乗ってしまっている。
呪いの言葉を投げかけてくる相手に切り返していく。それができたら、より自由に、より柔軟に、状況を把握し、恐れや怯(おび)えや圧迫から、心理的に距離を置いたうえで、状況への対応方法を考えられる。
権利要求には「発声練習」の場が必要なのだ。
三の目の選択肢がある。言うべきことは言い、自分たちの会社を自分たちの手で、より良いものに変えていくという選択肢がある。
著者は駅前や街頭などの公共空間で届出することもないまま(届出は必要ありません)国会審議の映像を公開しています。パブリックビューイングといいます。安倍首相や菅官房長官などが、意図的に論点をずらし、くだくだしい説明をし、野党とその背後にいる国民を愚弄(ぐろう)する答弁を続けている国会審議を国民に見てもらう、これが日本の現実を知るのに一番だと考えるからです。
11月8日の田村智子議員(共産党)の安倍首相との質疑応答は私も日本国民必見のものだと思います。ユーチューブで簡単に見ることが出来ます。30分間があっというまです。いつまで「桜」をやっているのかという野次に対しては、安倍首相が辞めるまでと私は切り返すことにしています。今よまれるべき価値ある本です。新年に読んで、心も軽やかに生きていきましょう。
(2019年6月刊。1600円+税)
2020年1月16日
歴史のなかの東大闘争
社会
(霧山昴)
著者 大窪 一志、大野 博、柴田 章ほか 、 出版 本の泉社
1968年6月から1969年3月まで、東大では全学部がストライキに揺れ、この間、ほとんど授業がありませんでした。
東大闘争というと安田講堂攻防戦しかイメージしない人が多いと思いますが、私をふくめて当事者にとっては画期的な確認書を勝ちとったことの意義を再確認したいところです。この本は、その点が欧米との比較でも論じられていて、大変参考になります。
アメリカのコロンビア大学では1968年4月に1週間の校舎占拠、警察機動隊の導入と学生の大量逮捕があった。そして、コロンビア大学には、今も学生代表をふくむ大学評議会という全学的な意思決定機関がある。1960年代のアメリカの学生運動は、大学の管理運営の民主化に少なからぬ痕跡を残している。
フランスでも1968年の五月革命のあと、大学評議会が成立して学生参加が公認されている。学生は、もはや未成年者ではなく、自立した市民としての成人と認め、学内における政治的自由が公認されている。
欧米と日本の違いはどこから来ているのか・・・。西ヨーロッパ各国では、その後、学生参加などに親和的な左翼政権や中道左派政権が成立したことにもよる。それに対して日本では、東大確認書の破棄を迫った自民党政権が続いた。
では、東大確認書はどうなっているか。東大駒場の教養学部自治会は全学連から脱退しているが、今もHPには東大確認書がアップされている。そして、学生の懲戒に関しては学生懲戒委員会が存在するが、その手続のなかに参考人団による審議がなされることになっていて、学生団員5人を選出するにあたっては学生4人から成る学生参考人会があって、そのなかから互選で選ぶことになっている。これは、今もちゃんと機能している。
つまり、このように東大確認書は今も生きているのです・・・。
次に、東大闘争に東大生がどれだけ関わっていたかを確認してみます。
大野博氏によると、デモに71%、討論に85%、ビラまきに40%、ヘルメット着用したというのは34%というアンケート回答がある。そして、東大闘争によって人生観が変わったと答えた学生が70%いた。
東大法学部についてみてみると、6月から12月までのあいだ、毎週のように学生大会が開かれていて、定員数300人のところ、毎回、その倍の600人から最高821人の法学部生が参加していた。そして、無期限ストライキ突入を決議した10月11日の学生大会には、午後2時に始まり翌朝午前6時半まで、延々16時間以上も学生大会は続いた。このとき、629人の参加があり、うち430人が朝まで議場に残っていた。これって、今ではまったく信じられないほどの参加者ではないでしょうか・・・。
1969年1月の秩父宮ラグビーでの七学部代表団と加藤一郎代行ほかの大学当局の大衆団交には、教職員1500人、学生7500人が参加していた。全東大から9000人もの参加のある団交って、すごくありませんか。そして、駒場の自治委員長選挙の投票率は60%をこえ、最高80%にまで達していたのです。
このように、東大闘争では、きちんと議論もしていたのであって、警察機動隊に対してゲバ棒でふるう東大全共闘が東大闘争だというのは、まったくの誤解なのです。この本を読むと、その点がかなり理解してもらえると思います。
ちなみに、民青同盟員は全東大に1000人いたとのことです。これまたすごい人数です。その人たちは、その後、そして今、どうしているのでしょうか・・・。
(2019年10月刊。3200円+税)
2020年1月17日
2030中国・自動車強国への戦略
中国
(霧山昴)
著者 湯 進 、 出版 日本経済新聞出版社
今や世界の自動車は電気自動車、そして自動運転の時代に向かってしのぎを削っていることがよく分かる本です。
電気自動車の開発では電池がカギです。
「電池を制する者が電動化を制する」(トヨタの副社長)
トヨタは1兆5000億円を投資する方針だという。
車載電池は、2010年ころまではEVの航続距離は200キロほどだったが、現在は500キロをこえている。
電池のコストダウンを妨げている要因の一つが希少金属の価値高騰。コバルトは採掘量と使用量が他の金属に比べて少量で、埋蔵量はコンゴ民主共和国にその半分が集中している。2020年代半ばにコバルト不足が心配する可能性がある。
2030年の世界の電池市場規模は2017年の5,6倍、10兆円をこえ、中国のシェアは45%に達するという予測がある。
中国が自動運転車の開発を急いでいるのは劣悪な交通事情にも起因している。中国では、交通事故による死亡者が年に25万人をこえ、交通渋滞による経済損失が年間4兆円にのぼる。
自動運転を実現するには、クルマの位置特定、環境識別、行動制御が不可欠。とくに位置特定には、大量の路面データを収集・処理できる高精度地図が必要。高精度地図について、中国政府は安全保障上の懸念を理由として外資系企業の参入を厳しく規制している。
現在、BAT傘下の百度地図(バイドゥ)、高徳地図(アリババ)、四維国新(デンセント)がこの市場を寡占(かせん)している。
2018年に、新車販売台数が30万台以上の中国自動車グループは14社あるが、今後は主要5大グループ体制になっていき、そのなかからメガEVメーカーが生まれる可能性は高い。
2018年、日本車は東南アジア・インドで寡占状態にある。インドネシアで92%、タイで86%、フィリピンで81%、インドで60%。ここに中国勢が進出しようとしている。
日本車の中国における乗用車の市場シェアは2018年に18.8%、2019年には21.5%。2018年には500万台となった。2023年には、日系自動車ビッグ3の中国での生産能力は現在の2倍にあたる660万台を見込んでいて、欧米勢を上回ることになる。
中国大陸の大気汚染の要因の一つがガソリン車の排気ガスですから、電気自動車にかわることは日本国民にとってもいいことです。地球環境について、16歳のグレタさんが必死で訴えていることを私たちは真剣に受けとめるべきです。小泉環境大臣のようなふざけた対応は許しがたいと思います。
(2019年10月刊。1800円+税)
2020年1月18日
戦場のコックたち
ヨーロッパ
(霧山昴)
著者 深緑 野分 、 出版 創元推理文庫
ノルマンディー上陸作戦に参加したアメリカ陸軍のパラシュート歩兵連隊を舞台とする戦争物語です。著者は、まだ若い(36歳)日本人なのに、ノルマンディー上陸作戦をめぐる作戦過程が実によく描写されています。たいしたものです。実は、前の『ベルリンは晴れているか』も同じように細部まで迫真の描写でしたが、私には、いささか違和感がありました。本書の方は、すっと感情移入できたのですが、この両者の違いがどこから来るのか、よく説明できません。
ノルマンディー上陸作戦といっても、主人公は海から攻める部隊ではなく、パラシュート部隊ですので、空からフランスに降下してドイツ軍と戦うのです。
そして、主人公は最前線で機関銃を構えるのではなく、後方で管理部の下で調理するコックなのです。配給品が消えてなくなる謎ときをしたり、失敗に終わったマーケットガーデン作戦に参加して惨々な目にあったりします。
その描写が実にうまいのです。まるで従軍していたかのように話が展開していきます。
そして、ドイツ軍の最後の反撃、アルデンヌの戦いに巻き込まれていくのでした。
さらに、ユダヤ人を強制収容していた絶滅収容所にも出くわすのです。
ノルマンディー上陸作戦に参加したアメリカの若い兵士の気分をよくつかんでいるなと思いながら、500頁をこす大部な文庫本に没頭したのでした。
(2019年8月刊。980円+税)
2020年1月19日
歴史と戦争
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 半藤 一利 、 出版 幻冬舎新書
朝日新聞社の70年史に、戦前、「新聞社はすべて沈黙を余儀なくされた」と書かれているとのこと。しかし、著者は、それは違うと断言します。
沈黙を余儀なくされたのではなく、商売のために軍部と一緒になって走った。そうなんです。戦争をあおりたてて読者の歓心を買い、部数を伸ばしてもうけ優先に走ったのでした。
今のマスコミだって、売れるから叩く、売れるから持ち上げる。戦前と同じことをしている。まったく、そのとおりです。安倍首相の夕食懇親会にマスコミのトップだけでなく、現場の主任などの記者まで嬉々として参加しているというのです。呆れてしまいます。
「桜」について、まともな説明もせず、必要な資料も隠してしまうような無責任体制を支えているのがマスコミだと言わざるをえません。残念ですし、悲しいです。
著者の父は、開戦の日に、「この戦争は負けるぞ、おまえの人生も短かったなあ」と言ったそうです。驚くほど先見の明がある父親でしたね・・・。
日本現代史の第一人者が歴史を振りかえった新書です。さっと読めます。
(2018年9月刊。780円+税)
2020年1月20日
猫脳がわかる!
猫
(霧山昴)
著者 今泉 忠明 、 出版 文春新書
日本では、2017年に猫のほうが犬を上回った。単身世帯の増加にともない、犬ほど飼育に手がかからないとの理由から猫を飼う人が増えている。
猫の方が犬よりも野生に近く、それだけ自立性が高い。猫は原始脳が発達しているので警戒心の強さ、反応の敏感さがある。危険を察知する本能がしっかり機能しないと、猫は生き抜けなかった。
猫の記憶持続能力を実験すると、16時間も覚えていることが判明した。
猫は縄張りをパトロールしたがる。単独で生きてきた猫は縄張りに何か異変があると命にかかわるので、少しでも自身が関わった場所はパトロールせずにはいられない。
猫は、人と違って季節繁殖を行う動物。猫の発情は春だけではない。発情するのはメス猫だけ。オス猫は、メスの発情期の鳴き声やその時期に発するフェロモンに影響されて発情が誘発される。
猫は交尾のあとに排卵が起こるため、ほぼ100%、確実に妊娠できる。しかも、交尾が終わったメスは、別のオスと交尾することがあり、交尾後、排卵するまで数時間あるため、続けざまに交尾したメスは、一度の出産で父親ちがいの子猫を生むことがある。これも猫の強い生命力を物語っている。
猫の睡眠時間は長い。1日16時間も眠る。「寝子(ねこ)」なのだ。猫は眠りの浅いレム睡眠の時間が長い。人は20%なのに、ネコは75%。猫が丸まったポーズで寝ているときはノンレム睡眠で、熟睡している。
猫はパニックに陥りやすい動物。
猫の視力は0.3以下で、強度の近視。静止しているモノはあまり見えていない。しかし動体視力は人間の10倍ある。色の識別は苦手。
猫は、人の3倍の音域の音を聞きとることができる。
猫同士がお互いのニオイをかぐときは、猫社会のルールにのっとって、優位な猫が先に相手のお尻のニオイをかぐ。逆にする猫は礼儀知らずだとして嫌われる。ニオイのなかのフェロモンの存在を確認する行為でもある。
猫の味覚の大半を占めているのは、猫脳が子猫時代に記憶した、食べても安心な味。
猫には、同じものを食べ続けて飽きるという感覚はない。猫用に調整されたミルクにする。
猫のヒゲや肉球は大切なセンサー。
肉球と鼻にだけ、汗をかく。
猫は深夜にスイッチが入ったように目をランランとさせながら走り回る。獲物は暗いと動きが鈍くなるので、捕まえやすい。過去の習性が今のイエネコにもしっかり受け継がれている。
猫の集会では、情報交換していると考えられる。
猫はヒトの2~3歳児より知能が高く、単語も200語くらい覚えられる。
さすがは動物学者です。猫のことがいろいろ学べました。
(2019年9月刊。800円+税)
2020年1月21日
天皇と軍隊の近代史
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 加藤 陽子 、 出版 勁草書房
鋭い指摘があちこちにあって、はっとする思いにかられながら読みすすめていきました。
過去を忘れないことや、前兆に気づくことによってだけでは、戦争の本質をつかまえるのは難しいのはないか・・・。
うーん、そうなのでしょうか。だったら何が必要なのでしょうか。
痛苦や惨禍を十分に予想したとしても、「割にあわない賭け事」に自ら国民が飛び込んでいくこともある。
ふむふむ、なるほど、戦前の日本はそうだったのでは・・・。いや、今も世界各国で、同じことが起きているのではないでしょうか・・・。
1873年(明治6年)10月の征韓論争の肝は、朝鮮側の非を問う動きとは別に、その裏面で鹿児島の西郷隆盛、高知の板垣退助、これに佐賀が加わって、士族中心の兵制樹立構想が進められていた点にある。つまり、徴兵制に依拠する陸軍省にではなく、正院に兵力集中を図ろうとする構想があった。鹿児島、佐賀、高知の三県の士族が同時挙兵すれば、天下土崩の危機となる。そこで、鹿児島士族の不満を外征に向けるべく、台湾出兵が閣議決定された(結局、政府は中止を命じたものの、西郷従道が出兵を強行した)。
政治と軍事、二つの領域をカバーしたカリスマ的な指導者だった西郷隆盛に対抗しうる明治天皇像を山縣有朋は確立しようとした。軍事指導者としての資質が明治初年にはゼロだった明治天皇の権威を人為的、促成的に創出し、徴兵制軍隊を天皇に直隷させて特別な親密さでつなぐことを狙った。
五・一五事件(1932年)の前年、元老・西園寺公望は、共産党と軍隊の関係姓を疑っていた。
「陸軍のなかにアカが入ってはいないか・・・」
まさか、そんなこと考えられないのでは、と思っていますと、五・一五事件の弁護人が、全農県連委員長が作成した農村の哀れ過ぎる悲惨な実情を報告した書面を引用して弁論した事実があるのでした。
1932年というと、2月9日に前蔵相の井上準之助が暗殺され、翌3月5日に三井合名の団琢磨理事長が暗殺されている。そして、5月15日に五・一五事件が勃発した。
1932年5月、天皇の弟である秩父宮は、天皇親政を天皇に要求し、天皇を困惑させた。秩父宮は内大臣に就任し、天皇親政の名のもとで昭和天皇を無力化してしまうのではないか・・・。昭和天皇はそれを恐れた。
安倍首相が戦死者をとりあげるとき、特攻隊をイメージさせるようなことを言っていますが、実は特攻による死者は4000人であるのに対して、戦死した日本兵が230万人いるうちの6割の140万人が戦病死者であり、そのほとんどは餓死による死だった。したがって、もし「英霊たちの最期」という2時間もののドキュメンタリー映画をとるとしたら、73分までは餓死に至るシーンであり、特攻隊のシーンはわずか12.5秒でしかない。ええっ、それが戦争の真実なのですか、ほんとうに哀れですよね・・・。
日清戦争とは何だったのか・・・。
朝鮮の改革は朝鮮にまかせよ、日中は撤兵すべきだとした清国の理性ある回答を拒絶し、撤兵に応ぜず、単独で朝鮮の内政改革に着手し、ロシアやイギリスの調停も断り、戦争に突きすすんだのが日本だった。したがって、朝鮮の進歩を邪魔する清国を倒し、日本が朝鮮を独立に導いたという神話は、まったく事実に反している。
日露戦争の直前まで、日本国民のかなりの部分と支配層の一部は、むしろ厭戦的だった。ロシアのニコライ皇帝は、日本の韓国占領を容認するという最終回答をしたが、それが日本側に届く前に、日本の先制攻撃によって戦争が始まった。
朝鮮半島を自らの安全保障上の懸念から排他的に支配しようとした日本と、それを認めようとしなかったロシアとの間で戦われたのが日露戦争である。ロシアにおいて、日本と本当に戦争すべきだと考えていた政治勢力は存在しなかった。ただ、ロシアは日本の財政力を過小評価し、日本は開戦に踏み切れないと楽観していた。だから、交渉において強硬姿勢を崩すことがなかった。
日本海海戦にしても、主力艦がバルチック艦隊を攻撃したあと、水雷艇隊と駆遂隊の電撃によって、ようやく勝敗が決せられた。ところが、大艦巨砲主義の「物語」を広め、誤まったイメージを定着させた。
いやあ、知らないこと、また考えさせられる指摘に出会って、ドキドキさせられました。
(2019年10月刊。2200円+税)
2020年1月22日
倒産手続の課題と期待
司法
(霧山昴)
著者 伊藤 眞、園尾 隆司、加々美 博久 、 出版 商事法務
企業倒産の第一人者である多比羅誠弁護士の喜寿を記念した論文集です。
私は最後の第13章にある「多比羅誠弁護士の事件処理」から読みはじめました。
東京の酒類販売業者が倒産したとき、5億円をこえる売掛金債権をなんとか営業を続けながら回収していった例が紹介されています。破産して営業終了となったあとで破産管財人が債権を回収しようとしても、その回収率はとても低くなるのが必至です。そこで、破産宣告を受けても営業継続の許可を裁判所からもらっておき、破産者代表者の長男などに受け皿会社を設立させ、そこへ営業譲渡したのです。受け皿会社に、経営破綻の責任をとらせるべく、「簿価100%」で売掛金と在庫を引きとらせました。結局、最後配当の配当率は6%以上だったというから、たいしたものです。
太陽電池パネルにつくる会社の倒産では、新しいスポンサーをどうやって見つけ、確保するかについて工夫がなされました。新しくスポンサー会社として名乗りをあげた会社に秘密保持契約書をもらって資料を開示します。そして多比羅弁護士は、その会社にまっとうな数字を出すよう強く迫るのです。1億円以上、それを書面にして社長自ら持参することを求めます。そうでなければ保全管理人には取り次げないと断乎たる対応をします。8000万円の回答が出たら、ダメと断り、1億円でもダメ、1億5000万円を求め、ついに1億1500万円で話がまとまります。この譲渡価額は当初申出額の20倍まで引き上げられたのでした。
中小企業の倒産において特定調停を申立したケースもあります。そして、この特定調停が不成立となって、すぐに破産申立しますが、その手続のなかで事業譲渡を成功させました。これって、大変な裏技ですよね・・・。民事再生法の下での事業譲渡より、破産手続のなかでの事業譲渡のほうが、裁判所の許可だけで可能になるというメリットがあることを私は初めて知りました。
医療法人が倒産したときには、スポンサーとなった医療法人の代表者が新しい社員として入社し、再生計画が認可されたら、旧社員は全員退社して経営権を譲渡したというケースの紹介もあります。そして、このときスポンサー契約書は、新しいスポンサーが作成して提出した最終提案書を別紙として添付する形にして、わずか1頁ですませたというのです。これは、契約書の調査・確認の手間を省けて、短期間ですばらしい成果をあげることができたのでした。
多比羅弁護士は、「事業を再生できないか、その可能性が1%でもあれば、途中であきらめずに真剣につきつめよ。破産は、いつでも、誰でも出来る」というのをモットーにしているそうです。なるほど、ですね。すごいですよね、実際にたくさんの成果をあげているのです。
多比羅弁護士は22期ですから、私より4期先輩になります。私は日弁連倒産法制改正問題検討委員会でご一緒しました。多比羅弁護士が委員長で、私は単なるヒラ委員の一人です。ただ、私のほうは個人破産について豊富な実践例をもとにして、発言していました。
多比羅弁護士は企業倒産分野の第一人者として、数多くの立法提言をしてきました。
多比羅弁護士が関与した主な倒産事件の一覧表が末尾にありますが、会社更生事件10件、民事再生事件43件、和議事件11件、強制和議事件2件、会社整理事件5件、破産管財人33件、特別清算事件18件などなど、その量と質に圧倒されてしまいます。
園尾隆司弁護士(元・東京地裁破産部)は、倒産法における即時抗告と執行停止効を論じています。要するに、韓国を除いて、即時抗告があれば一律に執行停止を認めるのを原則としているのは、世界中で日本だけということを明らかにしています。このとき、台湾の倒産法やドイツ倒産法の改正についても、きちんとフォローしているところは、さすがです。
福岡の黒木和彰弁護士(日弁連消費者問題委員長)は、特定適格消費者団体による破産手続申立の可能性を探る論稿をよせています。
さすがに幅が広いと驚嘆したのは、伊藤眞・東大名誉教授がビットコインと倒産法制の関連で論じていたり、宇宙ビジネス事業者が倒産したときにどうなるのか、という論稿まであるのです。
さらに、アメリカで大規模法律事務所の破綻が相次いでいるとのこと、そのとき弁護士が移籍することになるわけですが、さて報酬請求権はどうなるのか、という問題です。
堂々720頁をこす大作です(定価も1万円)。クレサラ問題の冊子(1000円)を送ったら、そのお返しのようにして贈呈していただきました。どうぞ、これからもお元気に大活躍していただきますよう祈念します。ありがとうございました。
(2020年1月刊。1万円+税)
2020年1月23日
司法書士始末記
司法
(霧山昴)
著者 江藤 价泰 、 出版 日本評論社
弁護士と司法書士の協働は必要不可欠です。手続的にこまかいところは司法書士のほうが優れていますし、大局的観点での手続・解決だと紛争処理に慣れた弁護士のほうが一日の長がある気がします(もちろん、これはあくまで一般論でしかありません)。
この本はベテラン司法書士による事件処理にあたっての失敗談やら教訓が語られていて、大変参考になります。
司法書士制度は、1872年(明治5年)に司法職務定制が定められて以来、150年近い歴史を有している。1919年(大正8年)に司法代書人法が成立し、1935年(昭和10年)に司法書士法が制定され、戦後、何度も改正されて確立した。
司法書士会と弁護士会の違いは、なんといっても自治権が認められているかどうかです。弁護士会には監督官庁がありません。いえ、戦前は裁判所検事局の監督を受けていました。弁護士会の総会は検事正のご臨席の下で開かれていたのです。信じられませんよね・・・。
ところが、司法書士会は今も法務局の監督下にあります。ですから、司法書士会の総会では、法務局長が訓辞を述べ、局長表彰というものがあります。司法書士は日々の活動についても、さらには売上についても法務局に報告することになっていました(今も、でしょうか・・・)。
権力とたたかってでも社会正義と基本的人権を擁護するのが弁護士の責務です。弁護士がお金もうけだけしか考えないようになると、弁護士会の存在はうっとうしいだけです。会費はバカ高いし、何やかやとうるさいことを言って個々の弁護士をしばろうとする、そんな存在の弁護士会なんて必要ないという声が出てくるのは、ある意味で当然です。でも、ひとたび権力からにらまれたとき、それを支えてくれるのが弁護士会です。そのことにぜひ文句を言っている弁護士にも気がついてほしいと私は心から願っています。
この本では、本人確認が十分でなかったことから、危くニセ所有者に騙されそうになった体験談(失敗談)も紹介されています。これは本当に怖いことです。東京都心の一等地がサギ師集団によって売却され、超大手企業が何億円も損をしてしまった事件がありました。
このとき、新米の司法書士を狙い、ともかく事を急がせ、余裕をなくさせようとします。犯人は真の所有者の元同級生で、実印や印鑑証明書までもらっていたのでした。
運転免許証のコピーではなく、ホンモノを自分の目で見て確認するくらいの気構えがプロには求められる。まことに、もっともです。
「縄のび」という言葉があることを、弁護士になってまもなく知りました。法務局に備付けてある図面(本来は公図なのですが、実は不正確な字図=あざずであることがほとんど)と現地で実測した測量図が大きく違うというのは、決して珍しいことではありません。土地の実測面積が法務局の登記簿面積よりも大きいときは「縄延(の)び」と呼ぶ。ある程度の違いは許された誤差であり、「縄延び」は認められることになっています。しかし、逆のケースも、もちろんあるわけで、字図には大きな面積があるけれど、実は現地には何もないということもありうるのです。
ある司法書士は、先輩から「離婚と境界には手を出すな」と言われたそうです。どちらも金銭をめぐる紛争というより、感情的対立という側面が強いので大変なのです。
境界確認(確定)裁判は何年もかかることがしばしばです。それで、はじめにいただく着手金は、弁護士への慰謝料みたいなものですと私は高言し、決して安請負はしないようにしています。
今から20年も前に出た本で、長いあいだ積ん読状態になっていたので、人間ドッグ(一泊)のときに持ち込んで読了しました。改めて大変勉強になりました。
(1998年3月刊。2400円+税)
2020年1月24日
検察調書があかす警察の犯罪
司法
(霧山昴)
著者 警察見張番 、 出版 明石書店
県警本部警備部外事課の警部補が不倫相手の女性とともに覚せい剤を常用していて、シャブボケの幻覚によって警察官に発覚したのに、現行犯逮捕されることもなく、部下から知らされた県警本部長の指示によって事件がもみ消されようとしたという恐るべき事件の顛末が検面調書(検察官面前調書)によって明らかにされています。
事件が起きたのは今から20年前の1999年(平成11年)10月末のこと。神奈川県警を舞台としています。ことが発覚したあと、渡辺泉郎本部長ほか4人は起訴され、全員有罪(ただし、みな執行猶予)です。県警本部長のほかは、生活安全部(生安部)の部長、警務部の部長、その下の監察官室の室長と監察官の合計5人が起訴されたのでした。監察官という、本来、警察内部の不正をただすべき立場の人間までも、このような犯罪に加担していたわけですので、警察内部の体質を如実に示しているものとしか言いようがありません。
県警本部の庁舎に問題の警部補たちは深夜0時ころ押しかけてきて、意味不明な言動をしたことから、注射痕を見て覚せい剤使用を自認したというのです。それだったら、すぐに現行犯逮捕すべきところ、二人とも逮捕されず、女性は自宅に帰され、警部補のほうは県警本部内にとめおかれ、あとでホテルに連れ出されて覚せい剤が尿から検出されなくなるまで缶詰め状態(軟禁)にされました。
懲戒免職処分にしようとすると、解雇予告除外認定を申請する必要があり、そのとき覚せい剤使用を理由として明らかにせざるをえない。そこで、県警本部は組織ぐるみで論旨免職(依願退職の一つ)にしようとした。そのため、警部補の自宅マンションをガサ入れするときも、その前に、まずいものが出ないよう県警本部の警察官が先に入って処分することもした。
警部補をホテルに軟禁し、連日、尿検査をした。それは正式鑑定手続ではないので、採尿容器も正規のものは使えず、ネスカフェの空き瓶などを使用した。しかし、なかなか陰性反応に変わらなかった。陰性反応に変わったのは、1週間してからだった。
それまで、警部補にどんどん水を飲ませ、風呂に入って汗をかかせていた。
では、なぜ県警本部長はこのような隠蔽工作に走ったのか・・・。
現職警察官による覚せい剤使用事件が公になったときの警察組織に対するダメージの大きさを心配した、警察の威信が大きく失墜するのを恐れた、という。しかし、本当にそれだけだったのか・・・。渡辺本部長自身の経歴に傷がつき、その後の出世に響くということも大きかったのではないか。また、前任の小林元久・神奈川県警本部長は、警察庁警備局長に栄転していたうえ、内閣情報調査室長への栄転が決まったと新聞報道されていた。そこまで悪影響が及ぶ心配もあった。
要するに、警察の威信保持という名をかりて、実は自己保身を優先させていたというわけです。
また、外事課の高松課長補佐は、「せっかくだから記念撮影しよう」と呼びかけ、みんなで集合写真まで撮っています。まったく悪いことをしているという気がないというのにも驚かされます。
今年正月の恒例の人間ドッグのときに積んだ状態になっていたものを読了した本の一つです。読んでよかったです。今も、警察の体質は残念ながら変わらない、同じとしか思えません。
(2003年6月刊。2800円+税)
大寒になっても雪がまだふりません。
庭のあちこちに水仙の花が咲いています。およそは白い花ですが、いくつか黄水仙もあります。
オーストラリアで火事が多発して、コアラが何万頭(匹?)も死んでいるとのこと。かわいそうです。でも、グレタさんの指摘を無視していると、温暖化のため人間だって地球に住めなくなるかもしれません。「戦争にそなえて軍備増強」より、こちらのほうがよほど差し迫っていると私は思うのですが・・・。
2020年1月25日
サービスの達人たち
社会
(霧山昴)
著者 野地 秩嘉 、 出版 新潮文庫
この本を読むと、サービス業の一種である弁護士として、いささか反省させられることばかりです。この本に紹介されるのは、さすがにおもてなしの神様ともいうべき達人たちですから、生半可にマネできるものではありません。
日本が「おもてなしで一番」なんて、日本人の大きな勘違いでしかない。
現金商売の店で従業員が売上金を自分の懐(ふところ)に入れてしまうのは、経営者をまねしているということ。経営者が売り上げを抜いているのを見て、従業員がそれを見習う。税務署が気がつく前に、それが横行し、そのうち店はつぶれる。
ソムリエがワインを客にすすめるとき、ワインリストをもって銘柄を紹介するのではなく、まず、世間話から入ったりして、まずは客に受け入れてもらう。客に、おっ、こいつはオレたちを歓迎しているなと感じてもらい、緊張感をほぐす。なーるほど、ですね。
繁盛する店、いい店とは客をちょっとだけびっくりさせること。感動とは、びっくりさせることなんだ。
カツオ節があるのに、マグロ節はない。なぜか・・・。カツオだけ赤身の成分が複雑なので、だしが出る。
宅配便の運転手にとって何が大切か・・・。先日、イギリス映画『家族を想うとき』をみましたが、宅配ドライバーの過酷な生活の一端を垣間見た思いがしました。昼の休憩もなければ、トイレに行くヒマもないほど働きづくめで、しかも配達先の人たちとトラブル頻発というのですから、本当に辛い仕事ですよね・・・。
配達の技術面でいうと、もっとも重要なポイントは車の運転ではない。多くの荷物を一日で運ぶために習得しなければならないのは、スタート前の積み込み作業だ。宅配便ドライバーとして食べていくためには、運ぶ前に荷物をどう入れるか、並べておくか、これを短時間でやり遂げなくてはいけない。優秀なドライバーは、ここが上手だ。荷物の並べ方がドライブルートそのものであり、効率的に回ることができるかどうかを決めるには、積み込みができていなくてはならない。
宅配便の現場での最大の問題は、届けたときに人がいないこと。あるいは、ベルを押しても人が出てこないこと。一日の荷物が100個だとすると、だいたい20個は不在。再配達の割合が2割を占める。家にいても、出てこない人がいる。
どんなサービス業も大変なんですよね・・・。
(2019年6月刊。520円+税)
2020年1月26日
企業不祥事を防ぐ
社会
(霧山昴)
著者 國廣 正 、 出版 日本経済新聞出版社
日本のメーカーも、あちこちでインチキしていることが次々に暴露されて、なあんだ、日本のメーカーもたいしたことないんだなと、何度も思わされました。
法令を形ばかり順守していたらいいんだろ、そんな企業の姿勢では不正はなくならない。もっと前向きに考えるべきだと著者は提案しています。
その内容は、まさしく前向きで、楽しく取り組めそうです。
コンプライアンスという言葉には暗いイメージがあり、「またコンプラかよ」といった面倒くささ、「やらされ感」がつきまとっている。
それではいけませんよね・・・。
法律の条文から話をスタートさせるのが、コンプライアンスをつまらなくさせる元凶の一つだ。
再発防止策を「こなす」ことに時間を奪われると、社員の士気を下げ、かえってコンプライアンスを軽視する風潮を助長することになりかねない。
「盗む不正」は、行為者が所属する企業に対する裏切り行為。「ごまかしの不正」は、そうではない。
甘い処分は、身内意識のなせる技だ。
多くの企業で、小会社の社員は非主流・傍流とみられている。すると、社員のやる気が低下し、不正に対する心理的な抵抗感が薄れる場合がある。
問題を起こしたときの記者会見では、その時点で知り得た情報を開示するとともに、世間の共感を得るためにはどう行動するのが適切か、という視点を欠いていたらダメ。
物事は、すべて前向きに考えるのが言いようです。
(2019年12月刊。1700円+税)
2020年1月27日
進化する人体
人間
(霧山昴)
著者 キャロル・アン・リンツラー 、 出版 柏書房
今日のアメリカでは、虫垂切除はもっともありふれた救急手術で、子どもに対してもっともありふれた外科手術だ。年に25万から30万のケースで手術されている。朝に入院して、夜には帰宅している。私は、今もしっかり虫垂を保持しています。盲腸といってけなされますが、無用の存在ではないという考えもあるようです。
体全体の毛深さで上位にくるのは、日本のアイヌ、オーストラリアのアボリジニ、インド南部のトーダ族、インド北部のドラヴィッダ人。
毛が少ないのは、アメリカ先住民、アフリカ人、ミャンマー人、中国人、朝鮮人、ベトナム人、そして金髪の白人。
人間の体毛が目立たなくなった理由は、まだ定説がない。
人間は耳を動かせない。しかし、人間だけでなく、チンパンジーやオランウータンも耳は動かせない。
ゾウの歯は24本あるが、一度に4本しか使わない。すり減ると、奥の歯が前に移動して出てくる。最後の第六大臼歯はゾウが65歳のころに抜ける。歯がなくなるとかむ力がなくなって、動物の世界では死ぬことに結びつく。
ワーテルローの戦いでは5万人もの戦死者が出たが、その歯は、競って歯を抜いた死体あさりの人々の手で生きた。ブリッジをつくるのに使われたのだ。なんだかおぞましい話ですよね・・・。
肋骨は人類には12対だが、チンパンジーやゴリラは13対。
人間の身体は、これからも進化していくのでしょうか・・・。力強くかむ必要がなくなった現代人はアゴがほっそりしていると書いている記事を読みました。顔のかたちは確実に変わっているわけです。だったら、他の部分の身体も、これから変化が起きることは当然あるのでしょうね・・・。
(2019年3月刊。2200円+税)
日曜日、朝からフランス語検定試験(準1級)の口頭試験を受けてきました。3分前に渡された問題は日本政府が70歳定年に延長しようとしているのをどう考えるのかと、旅行者過剰をどう考えるのか、でした。私は前者を選んだのですが、定年のない職業なので、実は深く考えたことのない問題なので、何をどう答えてよいのか頭がまとまりません。そうすると、フランス語の単語まで出てこないのです。あれあれ、今回は不合格かな・・・と落ち込みました。
地球温暖化問題、オリンピック問題、育休、貧富格差増大などにヤマをはっていたのが見事にはずれてしまいました。
3分間スピーチは本当に大変です。トホホ・・・。
2020年1月28日
原爆を見た少年(上)
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 後藤 勝彌 、 出版 講談社
原爆を見た少年というタイトルですから、広島か長崎に生きる少年の話かと思うと、そうでもなく、キリスト教に殉教した江戸初期の26聖人の一人(トマス小崎)が登場したり、雲仙・島原そして原城、ローマへの遣欧少年使節団の話になったり、時空を超越して話は展開していきます。さらに、脳神経外科の専門医である著者の得意とする脳卒中専門病院における手術の模様までも詳細に紹介されます。異色の小説だと思いながら読みすすめていきました。
出だしは脳血管内治療の場面です。
主役の一人は火男(ひおとこ)。「ひょっとこ」ではありません。火男は脳血管手術をしてヒカルを助けた命の恩人の医師。
もう一人の主役はヒカル。脳出血を起こして瀕死の状態になったとき、光輝く存在を見たことから、ヒカルというあだなをつけられたのです。この二人の問答、そして道中(旅行)として物語は展開します。
京都でとらえられ、長崎で処刑された26人のキリシタンのなかには、11歳から14歳の3人の少年がいた。そのひとりがトマス小崎。彼らは見せしめのため耳を削(そ)がれて、大坂の町を引きまわされたあと、長崎まで1000キロの冬の道を裸足(はだし)で歩かされた。
そのトマス小崎は母親に宛てて別れの手紙を書いたが、一緒に磔(はりつけ)にされた父親の着物の襟に縫いつけられていた。
原爆の起爆装置が起動してからの10秒間に何が起きたか・・・。
炸裂(さくれつ)するまでの100万分の1秒のあいだに発生した膨大な中性子は、次の核分裂を引き起こしただけでなく、あらゆるものを突き抜け、あらゆる物質の原子核にぶつかって、新たな放射線を生み出していった。
爆心地にいた人々の被曝線量は中性子とガンマ線をあわせると60グレイと推定されている。この放射線の破壊力は、仮に50グレイの放射線を手のひらにあてられたら穴が開くという、とてつもないものだ。このような中性子やガンマ線による被曝が1週間も続いた。
被爆者の死亡の20~30%は、つづいて出現した火球の熱による「閃光(せんこう)やけど」によるもの。2キロ以内の野外にいたら生き残れる可能性はなかった。火球によって加熱された空気が膨張するとき、まわりの空気がいっきに押し出され、すさまじい衝撃波が生じる。そのスピードは音速より速い。この衝撃波は地面に衝突して、さらに圧力を倍加させる。さらに、火災が発生した地域に向かって市の周辺から吹きこんでくる風によって、20分後に火事嵐が生じた。この強風にあおられて町は燃え尽きた。
どうでしょうか、この状況では核シェルターで身を守ることなんて出来るはずがありません。30年以上も前にアメリカに行ったとき、家庭用核シェルターがつくられ、売られていました。
核戦争になったら地球は破滅します。核が抑止力なんて、とんでもなく間違った考えです。地球上で人類が生存するには、核兵器の全廃こそ必要なのです。核兵器禁止条約に背を向けたままの安倍政権は私たちの生存を脅かす存在だというほかありません。
上巻の最後は原城跡です。私も先日、行きました。ここで3万人もの人々が籠城して戦っていたというのが信じられないほど、のどかでおだやかな地です。そんな平和を守り続けたいものです。このコーナーを愛読しているという著者から本を贈呈していただきました。ありがとうございました。
(2019年8月刊。1900円+税)
2020年1月29日
知りたくなる韓国
韓国
(霧山昴)
著者 春木 育美、金 香男ほか 、 出版 有斐閣
隣国について、私たちは意外なほどよく知っていません。知らずに「嫌韓」に乗せられてしまうなんて、愚かなことです。
日本と韓国の違いと言えば、なんといっても徴兵制です。男子は19歳になると、兵隊にとられます。兵隊の訓練というのは、要するに効率よく人殺しできるマシーンになるように人間を改造することです。私には、とても耐えられません。良心の呵責なく大量殺人を遂行することが兵隊(軍人)の資質として求められます。大量の「敵」を殺したらナポレオンのような英雄なのです。ところが、「敵」といっても、実は家族もいる人間なのです。
韓国の人口は5100万人。人口の20%の1000万人がソウルに住んでいる。そして、韓国人口の90%が都市部に住んでいる。
韓国の持家率は50%台。賃借するとき、月々の家賃は免除させるかわりに「チョンセ」という保証金を預ける。ソウル郊外でも1000万円が相場。2年契約で、契約満了すると、保証金は全額戻ってくる。家主は、預かった1000万円を金融機関に預けて利子を得る仕組み。
財閥は韓国の誇りであると同時に、社会的批判の対象もある。サムスンなどの財閥は、羨望の対象であっても愛されてはいない。社会への利益の還元が十分でないとみられているからだ。
韓国のインターネット普及率は90%台。全国民の3分の2をこえる人々が「ネチズン」と自称している。
家族の小規模化がすすんでいる。3世代家族は1969年に27%だったのが2015年には5%へと大幅減少。1人暮らしの単独世帯や夫婦2人だけの家族の増加が著しい。
韓国では結婚後の新居を用意するのは男性側が、家財道具は女性側がそろえるのが慣例。このほか、男性側の親と親族に物品(婚需)を贈る習慣もある。
韓国では、結婚しても夫婦別姓。日本では近親婚の禁止のため3親等以内は結婚できないが、韓国はそれより広い8親等まで結婚できない。また、「同姓同本不婚」の原則がある。姓と本貫を同じくする血族内での結婚を禁止する制度。
韓国の高齢者10人のうち8人は年金をもらっていないか、月の受給額が2万円ほど。貧困は深刻で、自殺者も多い。
韓国の学校は2学期制で、小学校から高校まで学校給食がある。中学・高校では部活動はなく、勉強が優先される。大学に入るための「修能」は一発勝負。大学進学率は70%をこえる。
こうやってみてくると、日本との違いはかなり大きい気がします。似たような顔をしていても、お互い生活習慣は大きく異なります。これは、いいとか悪いとかの問題ではありません。みんな違って、みんないい。この金子みすずの精神をもっと大切にしたいものです。
(2019年8月刊。1800円+税)
2020年1月30日
昭和とわたし
日本史(戦前)
(霧山昴)
著者 澤地 久枝 、 出版 文春新書
「九条を守れ」のプラカードを手にして毎週、国会前に立つ著者は1930年(昭和5年)秋、東京青山で生まれました。そして、戦前・戦中を旧満州で軍国少女として生きていたことを知りました。
戦後、なんとか日本に帰国して夜間学生として5年、編集者生活の9年、助手生活10年。
そして1927年に『妻たちの二・二六事件』で作家としてデビューしたのです。
私が著者の本を読んだのは、竹橋事件を扱った『火はわが胸中にあり』が最初でした。西南戦争に従軍した近衛砲兵たちが翌明治11年8月に処遇不満から叛乱を起こし、皇居に向かって決起した事件です。53人もの兵士たちが銃殺刑に処せられた大事件で、明治民権運動の影響があったことまで堀り下げられていて、私の心を強く打ちました。
著者は、かの有名なミッドウェー海戦における日米の戦死者数を4回もアメリカに行って確認しています。日本側は3057人であるのに対し、アメリカ側は1桁すくない362人でした。
満州国に少女時代に行って過ごし、植民地の実態を体験します。「五族協和」とか「王道楽土」とかいっても、日本人には米と砂糖の配給が確実にあっても、中国人には砂糖の配給はなかった。そして、住む場所と建物に一目瞭然の違い(差別)があった。
人間狩りで連行されてきた中国人労働者は「特殊工人」と呼ばれ、人間以下の消耗品として扱われた。
徴兵されたら、残された一家にとって、もっとも肝心な働き手が無条件で連れ去られていくことになる。著者は終戦(敗戦)のとき、14歳そして15歳。マンドリン銃をもったソ連兵が自宅に押しかけてきて危い目にもあった。
「君が代」の歌を聞くと、「聖戦完遂」を信じた14歳までの自分の姿がみじめに思い出される。どんなに無知で、大勢迎合のおろかな人間だったか・・・。
満州にいた敗戦国の日本の人々の連行を日本政府がいささかも顧慮した形跡はまったくない。満蒙開拓団の多くの死は、当然予想されるべきであったのに・・・。ところが、日本では、むしろ「在外居留民はなるべく残留すべし」だと政府は考えていた。見捨てようとしたのだ。そして、日本に帰ってきたとき言われたのは・・・。
「満州くんだりから引き揚げて来やがって、おまえたち、人間の皮を着たけだものだ・・・」
もちろん著者は鉄砲一発うっているわけではないが、あの戦争の時代にまったく無関係とはいえない。そのことの責任を死ぬまで背負うつもりでいる。
そして、騎手であったただ一人の人物は、昭和天皇だ。その責任を問わなくては、戦争責任に総体を問うことはできない。苛酷な戦争体験に発する、これらの言葉の重みに私も圧倒される思いです。
自分史を書くなら、きちんと裏付けをとって書くべきだと著者は強調しています。全く同感です。思い出すままに流されるように書き、文章に歌わせて読ませる自分史は、長いいのちを持たない。初歩的な確認作業すらやらずに書いたものは背骨が軟弱で、残念ながら証言性に乏しい。
井上ひさしのすごいところは、調べに調べ、人の心に響く作品を書き続けたこと。あとに続く者のあるのを信じて走れ、と言った。
全人生とひきかえにしてもいいような男女関係など、ほんとうは存在しないのではないか。こわれるものはこわれ、分かれるべき状況がやってきたときには避けることができない。その程度の頼りない絆で結ばれているのが、男と女なのではないか・・・。これは弁護士生活46年目に入った私の実感にぴったりする言葉です。
澤地久枝とはいかなる人間、そして女性なのかを駆け足で知ることのできる貴重な新書です。
(2019年9月刊。800円+税)
2020年1月31日
テロリストの誕生
フランス
(霧山昴)
著者 国末 憲人 、 出版 草思社
フランスでイスラム過激派による大量殺人・テロ事件が起きたことは記憶にも新しいところです。朝日新聞ヨーロッパ総局長をつとめる著者がテロリストの詳細な実情を伝えてくれる貴重な本です。本文500頁の大部な本ですが、詳細かつ圧倒的迫力がありました。
テロリストたちはヨーロッパに生まれ育っていて、大部分が二世である。テロリストになるまで、ごくフツーのヨーロッパ市民だった。
クアシ兄弟が育ったところは暴力に覆われた場所だった。貧乏な人々を政府が放置した結果、彼らの怒りや恨みを増幅させた。兄が12歳、弟が10歳のとき、娼婦だった母親は大量の睡眠薬で自殺し、兄弟は孤児となった。
人は、もともとテロリストとして生まれるわけではなく、なにか唯一の衝撃的な啓示をもとに突然にテロリストに変貌するわけでもない。多くの人は、宗教とは無縁の世俗的な環境からイスラム主義者、ジハード主義者へと段階を踏みつつ、長い時間をかけて最終的にテロリストに行き着いている。
フランスの人口6000万人のうち、イスラム教徒は6~7%の300~500万人とみられている。ところが、フランスの刑務所のなかでは半分がイスラム教徒である。
著者が訪問したフルリ・メロジス刑務所は、3000人もの収容能力を有するヨーロッパ最大規模で、ここに働く1200人の看守の65%をインターン生が担っている。刑務所の内部にはケータイやビデオ、大麻が出回っていて、受刑者と訪問者が面会室で性交することもある。
刑務所の内部同士で、また外部との連絡をとるのは決して難しくはない。
フランスの刑務所では管理が杜撰なため、脱獄は意外に頻繁に起きている。
犯罪からテロへの移行の場所として大きな役割を果たしているのが刑務所だ。過激思想やジハード主義は、孤独と不安にさいなまれている受刑者に手っとり早い指針を与えてくれる。
テロリスト79人のうち57%は刑務所に入っていたことがあり、このうち31%は収監中に過激化した。
サラフィー主義者とジハード主義者は、しばしばカミーズ(ゆったりと身体を覆い尽くす白衣)をまとい、ひげをはやしている。
サラフィー主義は、一般的に暴力を認めない。これに対して、ジハード主義は、暴力行使も辞さない態度をとる。
いま、ヨーロッパのイスラム過激派は、犯罪集団か定職をもたない人々が支えている。アラブ系とユダヤ系とが共存してきた地区で育ちながら、「敵はユダヤ人」と思うようになっていった。
テロリストたちは、なぜユダヤ人にそれほどこだわるのか・・・。
イスラエルがいつも圧倒的な力を見せつけているパレスチナ紛争の影響から、フランスに暮らすイスラム教徒の相当数がユダヤ人に対して反感を抱いているのはたしかだ。
テロリストをとり巻く環境は、アルカイダ時代から大きく変化した。今ではユーチューブやツイッター、フェイスブック、ワッツアップなどという新技術を駆使して情報を交換しあっている。
ジハード主義の男たちが外で仕事をしたり、人と会ったりしているあいだに、女たちは家で本を読む。その結果、女たちのほうが宗教や理論に詳しくなり、しっかりとしたイデオロギーをi抱く。そして、妻が夫を「殉教」に送り出すと、「イスラム国」は素晴らしい住居も保障してくれる。「殉教者の妻」は、ジハード主義者のブルジョア的地位が約束され、天国にも行ける。つまり精神的利益だけでなく、物質的な利益も受けるのだ。ジハード主義の女性にとって、家族の命が奪われることは、悲しむべきことではなく、むしろ喜びである。
ええっ、本当にそう思っている女性がいるのでしょうか・・・、私には、とても信じられません。
パリで起きた大量殺人のテロ事件(2015年11月14日)では、テロリストは10人。そして、自爆、レストランやバーでの銃撃、劇場への立てこもりという複数の手法を組み合わせている。大勢が実行にかかわっていて、きわめて周到で組織てきな犯行だった。
テロリストになった若者の6割以上が移民2世。移民1世や3世は、ほとんどいない。また、キリスト教家庭からの改宗者が全体の25%というように多い。
「イスラム国」がふりまく英雄のイメージにひかれ、イスラム教社会の代表者であるかのように戦うことで英雄として殉教できる。生きることに関心をもたなくなり、死ぬことばかり考える。
大変考えさせられることの多い本でした。
(2019年10月刊。2900円+税)