弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年11月 6日

チョンキンマンションのボスは知っている

中国


(霧山昴)
著者 小川 さやか 、 出版  春秋社

チョー面白い本です。びっくりします。スワヒリ語の話せる著者が香港に生活するタンザニア人たちの社会に溶け込んでつかんだ、びっくりするような生態が分かる生きたレポートです。
スワヒリ語を話せることがこんなに「武器」になるなんて・・・。やはり語学は大切ですよね。
アングラ経済の人類学。このサブタイトルに異存はありません。
うまく騙すだけでなく、うまく騙されてあげるのが仲間のあいだで稼ぐうえでは肝要。
チョンキンマンションのボスを自称するカラマなる人物は、いかにも魅力的です。多くの人に一目置かれています。15ヶ国以上のアフリカ諸国の中古車ディーラーとネットワークをもっている。タンザニア香港組合の創設者で、現副組合長。
香港に長期に滞在するタンザニア人たちの主な仕事は、短期滞在型の交易人たちの輸出入のアテンド、仲介業と、インフォーマルな輸出・輸入業である。
これより先は、知りたくないという寸止めの態度がチョンキンマンションに長く暮らしている人々が実践していること。これは平穏に自らの人生をつむぐ知恵であり、いろんな事情をかかえた人々とつきあうための配慮にもなる。
タンザニア香港組合のメンバーは多かれ少なかれ「法」に違反している。それでも麻薬の売人や窃盗を兼ねて違法売春する者と、仲介業をしたり衣類や電化製品などの交易に従事する者とでは、「刑務所の近さ」あるいはトラブルの性質や頻度に違いがある。
彼らは、常々、「誰も信用しない」と断言している。
大切なのは仲間の数ではない。タイプの違う、いろんな仲間がいること。
他者の「事情」に踏み込まず、メンバーと相互の厳密な互酬性や義務と責任を問わず、無数に増殖し拡大するネットワーク内の人々が、それぞれの「ついで」に出来ることをする「開かれた互酬性」を基盤とすることで、彼らは気軽な「助けあい」を促進し、国境をこえる巨大なセーフティーネットをつくりあげている。
自分たちを対等であるとみなしていない人々に対しては、「扱いやすい人間」にならないことが肝要。そのためには、わざと約束をすっぽかし、彼らが会いたいと恋しがるころに会いに行くのがちょうどいい。
なーるほど、こんな人生哲学があるのですね・・・。
タンザニア人たちは、独立自営を好み、業者に労働者として雇われたり、他のブローカーと共同経営することは好まない。
カラマたちにとって、SNSに投稿するための写真や映像を集めるのは「遊び」であると同時に「大切な仕事」でもある。
彼らは他者に親切にすることで何らかの権力や地位を得ることには、ほとんど関心がないし、関心をもったとしても何の権力も地位も得られない。
香港のタンザニア人たちは、組合活動への実質的な貢献度や窮地に至った原因を問わず、組合員の資格や他者への支援にかかわる細かなルールを明確化せず、ただ他者の求める支援に応じるか否かを判断する。
彼らの日常的な助けあいの大部分は、「ついで」で回っている。
タンザニアに帰国するか、いつ帰国するかにかかわらず、彼らは「どこか」「いつか」のためではなく、「いまここ」にある人生を生きるために稼いでいる。
彼らの仕組みは、洗練されておらず、適当でいい加減だからこそ、格好いい。
著者は40歳の日本人女性で、立命館大学教授でもあります。すばらしいルポタージュですが、この一部は学術論文にもなっているとのことで、深みもあり、ともかく面白く読ませます。あなたも、ご一読してみてください。世界が広がりますよ・・・。
(2019年10月刊。2000円+税)

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