弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年8月15日

本と子どもが教えてくれたこと

人間

(霧山昴)
著者 中川 李枝子 、 出版  平凡社

『いやいやえん』とは、すごい絵本です。子どもが必ず通過していく何でも「いやいや」期を実に見事にあらわしています。大人が読んでも楽しい絵本です。そして、『ぐりとぐら』。文章もいいし、絵も素敵です。この本によると、絵は著者の妹さんが描いてくれたとのこと。
そんな著者は20歳のときに、私設保育園の主任保母となったのでした。これまた、すごいというか勇気がありますよね。まだ20歳の若い女性を主任保母に任命した人たちも偉いと思いました。
20歳前後から子どもたちをしっかり観察し、人の心をうつ絵本をつくりあげてきた著者の言葉は心に深く突きささり、震わすものとなっています。
本とたくさん読めたから、私の人生は幸せだった。著者はこのように断言します。
読書を通していろいろな心の経験をしたし、古今東西たくさんの人に出会って、ハラハラ、ドキドキしながら喜びや悲しみをともにした。読み終わって、ああ、よかったという感動が全身にしみわたる。これが心身の糧(かて)になった。
不肖、私も子どものころから、本を読むのが大好きでした。小学校の図書室でエジソンだとかナポレオンだとか世界の偉人伝を片っぱしから読みあさっていました。中学校では山岡壮八の『徳川家康』、そして高校では古典文学大系に挑戦しました。おかげで、国語と古文の試験はいつも楽勝でした。参考書にでてくる断片の文章をあれこれ解釈して、いじくりまわす前に、原典にあたって全体の流れを知ると、深みとすごさが実感できるのです。
私が面白いと思った著者のエピソードを紹介します。
子どものころ、著者は「みなしご」に憧れていたとのこと。物語に登場する波乱万丈に生きる「みなしご」がうらやましかったのです。それで、大人になって小児科医(毛利子来)にたずねると、「うん、あなたは可愛いがられたんだな。ちっとも心配することはない」と診断された。
なるほど、ですね。私も、おかげさまで、末っ子なので、両親だけでなく姉や兄たちから本当に可愛いがられて(申し訳ありませんが、実は、その自覚はあまりありません)育ちましたので、他人(ひと)は信頼できるというのが心の根底に今もあります。不信感のかたまりのような人に出会うと、この人は子どものとき、可愛いがられたことがなかった人だな、かわいそうだ同情してきました。
著者の両親は岩波少年文庫を買い与えてくれたそうです。これって、とてもすばらしいことだと思います。
ところが、なんとなんと、著者は、もう一度、子どもになりたいとは思わないというのです。なぜなら、大人は気楽に都合のよい嘘をついたりするし、できるけれど、子ども時代は、そんなことは許されない、とても厳しいものだから・・・。なーるほど、ですね。
私もよく考えたら、大学受験に明け暮れた高校生に戻りたいとは思いませんし、中学時代の先も見えない生活もごめんですね。小学生時代だって、楽しいことばかりではありませんでしたね・・・。
子どもにとって、たくさんの本は必ずしも必要はない。楽しい本、うれしい本だと繰り返して読む。好きな本だったら、毎日読んでも目を輝かせて、「明日も読んでね」と言って帰っていく。
子どもは、現実と空想の間を出たり入ったりして、愉快に遊んでいる。
『いやいやえん』のモデルは、著者の家に一泊してもらって、妹さんがつきっきりでデッサンしたとのこと。なるほど、そういうことなんですね。本当によく出来た絵本です。
いま84歳の著者は、元気一杯です。さすがです。すごいです。
心が楽しく軽くなる絵本でした。
(2019年5月刊。1200円+税)

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