弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年7月22日

庭とエスキース

人間


(霧山昴)
著者 奥山 淳志 、 出版  みすず書房

不思議な本です。エスキースって、下絵ということのようですが、私は知りませんでした。文章だけだと雰囲気がよく分かりません。初めと途中にカラー写真があって、なるほどと思うのです。
若い写真家が北海道で時給自足の生活を送っている老画家の丸太小屋に通って写真を撮り、話を聞いていったものが細やかに描写されています。
弁造さんが住んでいるのは北海道は石狩の先の新十津川という小さな町の外れ。
弁造さんは手づくりの丸太小屋に一人で生活しているのです。
丸太小屋は全体で10畳ほど。たった1部屋しかない。食事をつくるための流しと食事スペース、冷蔵庫、トイレとお風呂、クローゼット、ベッド、そして薪(まき)ストーブ。暮らしていくうえで必要なすべてがそろっている。このほかに、絵を描くためのイーゼルもある。
弁造さんは92歳で2012年4月に亡くなった。その2年前まで冬は薪で過ごしていた。そして、薪はきちんと長さをそろえ、風通しのよい薪小屋で保存されていた。
この本を読みながら、アメリカのソローという森の隠者の暮らしを想像していました。
森の中に1人で住むというのは本で、読むかぎりは詩情あふれて格好いいのですが、現実の生活を考えると、そんな単純なものではありません。自然にはたくさんの虫がいて、ときに刺されたりして、はれあがり、また、かゆくなります。
そして、ギックリ腰になったり、ヘルニアが出現して歩けなくなることもあるのです。年齢(とし)をとった人間の生活というのは、若いときのようには思うようにはなりません。
そして、何より問題なのは食生活。時給自足といっても、野菜だけでなく、肉や魚を食べたいときにどうしますか・・・。
そして、さらに大切なことは人間様との会話です。話し相手がいなくて、心の平静をずっと保てるのでしょうか・・・。
ひとり丸太小屋に生活するということの意味を考えると、いったい人間らしい生活とは何なのだろうか・・・と考えさせてくれる本でした。
見事な写真があって弁造さんのイメージもつかめることで、救いのある本でした。
たまには、こんな不思議な本を読んでみるのも、憂き世(浮き世)離れしていいかもしれないと思ったことでした。284頁もあり、値段も少し高いので、図書館で借りて読んでみてください。
(2019年4月刊。3200円+税)

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