弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年4月 6日

遠き旅路

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 能島 龍三 、 出版  新日本出版社

日本軍が戦中、中国大陸で何をしていたのか、その実相に迫った迫真の小説です。思わず息を詰めて読みふけってしまいました。
私の亡父も徐州作戦のころ応召して中国大陸にいて、一兵士として最前線に立っていました。「戦争ちゃ、えすかもんばい」と生前、私に語ったことがあります。不幸中の幸い、亡父は赤痢などにかかって傷病兵として台湾に後送され、日本に生きて戻ることが出来ました。おかげで私がこの世に生まれたわけです。
この本の主人公は、最前線で罪なき中国の少年兵を斬殺させられます。その経験が、しばらくすると夜中に思い出されて眠れなくなるのです。
誠三郎(主人公です)が斬殺した少年の目が夢にあらわれるようになった。夢の世界の暗闇で、その目はただじっと誠三郎を見つめ続ける。声を上げて目覚めると、首から胸にかけて凍るような恐怖が流れ落ちた。
その夢には、やがて、目とともに斬首の直前の映像があらわれるようになった。右手と左手を指一本開けて引きしぼる、そして刀を振りおろす。その時の手の感覚が鮮やかによみがえった。誠三郎は声を上げて飛び起きた。胸は激しく鼓動し、冷たい汗をかき、口には生唾があふれた。
そして、主人公は、中国でのアヘン密売でうごめく日本軍幹部の運転手兼ボディガードとして働くようになります。
日本軍が中国大陸でアヘン売買でボロもうけして、その利益で日本軍の経費をまかない、さらには軍と政府の裏金としてつかわれていたことは歴史的事実ですが、それが小説のなかで展開していきます。
中国大陸において、日本軍と日本人は、まぎれもない加害者でした。と同時に、末端の日本人兵士たちは被害者でもあったわけです。
小説を通して、その両面をきちんと受けとめる必要があることを痛感させてくれました。濃密な1時間半をたっぷり過ごせたことに感謝するほかありません。
(2019年1月刊。2300円+税)

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