弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年3月 8日

私を最後にするために

イラク


(霧山昴)
著者 ナディア・ムラド 、 出版  東洋館出版社

読みすすめるのが辛い本です。よくぞ勇気をもって真実を告発したものです。心より敬意を表します。著者は2018年のノーベル平和賞を受賞した女性です。
イラク北部に住んでいたヤズィディ教徒たちがISIS(イスラム国)に襲われました。著者はISISによって連れ去られ、フェイスブック上に開設された市場で、ときにわずか20ドルで性奴隷として売買された数千人のヤズィディ教徒女性の一人だった。その母親は、他の80人の高齢女性たちとともに処刑され、目印ひとつない墓穴に埋められた。また、兄たちは、数百人の男性とともに一日のうちに殺された。
ISISのパンフレットは次のように書いている。
Q,女の人質を売ることは許されるか?
A,女の人質と奴隷は、単なる所有物であるから、売る、買う、または贈り物にすることも許される。
Q,思春期に達していない女の奴隷との性交は許されることか?
A,相手は性交に適しているなら、思春期に達していない女の奴隷と性交渉をもつことは許される。
信じがたい問いと答えです。これが宗教の名でなされているのですから、その宗教とは一体なんなのか、疑わざるをえません。ヒトラー・ナチスがユダヤ人を人間と扱わなかったのとまったく同じです。
ISISは、略奪してきたヤズィディ教徒の女性をサビーヤと呼び、性奴隷として売買した。
ヤズィディ教徒の女性は不信心者であり、その戦闘員によるコーランの解釈によると、奴隷をレイプするのは罪ではないとされる。
新たな戦闘員を勧誘し、忠誠と適切な職務遂行のほうびとしてサビーヤが手渡される。
ISISが著者を連れ去り、奴隷にし、レイプし、虐待し、そして一日のうちに家族7人を殺したとき、著者を黙らせることができると考えたことだろう。しかし、著者は沈黙しなかった。孤児、性暴力の被害者、奴隷、難民、このように呼ばれることに抵抗し続けた。そして、新しい呼ばれ方を自ら示した。生還者(サバイバー)、ヤズディ教徒たちのリーダー、女性の権利擁護者、そしてノーベル平和賞受賞者、国連親善大使。
ヤズィディ教は、古代からある一神教。物語を託された聖人によって、口承で伝えられてきた宗教だ。
ヤズィディ教徒は世界中に100万人ほどしかいない。
ヤズィディ教徒に対する攻撃は「ファルマン」と呼ぶ。オスマン帝国の言葉で、ジェノサイトと同義。
ヤズィディ教徒は異教徒とは結婚しないし、異教徒がヤズィディ教に改宗することも認めていない。信徒を増やすためには、大家族をたもつのが一番確実。そして、子どもの人数が多いと、農作業の人手に困らない。
ヤズィディ教徒では、神は人間をつくる前に7つの聖なる存在、天使を神の化身として想像した。その一つがクジャク天使。イスラム教徒は、クジャク天使の話を聞いて、悪魔崇拝者と呼ぶ。
ヤズィディ教徒は12月には、贖罪のため3日間の断食をする。
ヤズィディ教徒は、1日3回お祈りをする。
ヤズィディ教徒では、あの世とは、要求の多いところで、死者は、この世の人と同じく苦しみを味わうことがある、とされる。
ヤズィディ教徒の聖職者たちは声明を出した。元サビーヤは、コミュニティに戻ることを歓迎され、その身に起こったことで批判されることはない。改宗は無理やりされたことなので、ムスリムとはみなされない。レイプされたのだから、被害者であり、汚れた女ではない。
サビーヤにされた女性たちを、両手を広げてあたたかくコミュニティに迎え入れるべきだ。この声明に接して、少しだけ心が落ちつきますが、しかし、なかなか容易なことではありませんよね・・・。
人には語らねばいけないときがある。そう思わせる、ぐぐっと重たい本でした。まっ黒な背景に寂しい目でまっすぐに前を見つめている著者の顔に意思の強さを感じまる。
あまりの重たさに、ためらいつつも広く読まれるべき本だと確信します。
(2018年11月刊。1800円+税)

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