弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2019年1月 1日

もう一つの『バルス』

社会

(霧山昴)
著者 木原 浩勝 、 出版  講談社文庫

宮崎駿(はやお)の映画『天空の城ラピュタ』がどうやってつくられていったか、その舞台裏が熱く語られています。
『風の谷のナウシカ』は91万5千人がみて、興行収入14億8千万円、配給収入7億4千万円。『ラピュタ』は、77万4千人。決して成功とは言えないが、かといって失敗とも言えない微妙な成績だった。
それでも、1986年(昭和61年)の映画ベストテンの1位に選ばれた。そして、30年たった今でも、繰り返しテレビで放送されていて、ネット上では、『バルス祭』が毎回盛り上がる。
当時26歳だった著者は、青春まっただなか、そして、この『ラピュタ』の完成にすべてを懸けていた。著者はスタジオジブリに入社して、製作進行担当として、完成までの10ヶ月間を宮崎駿監督の下で、製作チームのスタッフとともに、文字どおり寝食をともにした。
「この作品は失敗できないんですよ」。宮崎監督は著者に声をかけた。
失敗したらスタジオの明日はない。
そして、完成したのは、公開のわずか10日前。
完成披露試写のとき、『天空の城ラピュタ』を観たあと、著者は声も無く泣いた。そして、宮崎監督が著者の背中をポンと叩いて言った。
「二人で『トトロ』を始めます」
そうなんですか、その次は、『となりのトトロ』だったんですか・・・。
映画のプロローグとは、物語が始まってオープニングタイトルが出るまでの小さなドラマのこと。2時間の映画のなかに、最初のわずか3分50秒たらずのドラマ。この短い時間のなかで、すべての観客の心をしっかりとつかまなければならない。それができなければ、あとに続く2時間もの物語にその心をつきあわせることは、難しい。
宮崎駿監督はこのプロローグをどう展開して、どうオープニングにつなげるか、最初の作業から苦しんだ。試行錯誤が繰り返された。いかにムダな時間やカットを使わないで事件性を高くし、スリルあふれる冒険活劇が始まることを観客に印象づけるか、襲撃方法から服装に至るまで宮崎監督は苦心惨憺した。
宮崎監督の毎日は、判で押したように決まっていた。
朝は10時に自分の椅子に座ると、深夜1時か2時近くまで、そのままずっと絵コンテを描いている。席を立つのはトイレに行くときと、お茶を汲むときだけ。
休憩は、お昼ご飯の弁当を新聞の朝刊を読みながら食べるとき、その後、30分ほど仮眠をとる。夕方、晩ご飯を食べに外に出る。それだけ。いつも自分の机で背中を丸めて鉛筆を走らせている。まるでお地蔵さんみたいに・・・。
座る椅子は折り畳み式のパイプ椅子。
宮崎監督は絵コンテの天才だ。アニメを制作するにあたって、絵コンテがないと、すべてが始まらない。絵コンテは、いわば作品全体の設計図にあたり、それぞれのカットの芝居・演出や台詞(セリフ)・タイムなどを示す。
若い血汐の湧きたつ思いが沸沸と伝わってくる本でした。
(2018年9月刊。700円+税)

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