弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年12月19日

中国はここにある

中国


(霧山昴)
著者 梁 鴻 、 出版  みすず書房

中国の農村の実情をよく伝えている本だと思いました。
農村から多くの男性が都会へ出稼ぎに行く。そして、年に数回、故郷の村に帰ってくる。すると、農村の生活はいったいどうなるのか・・・。
男性は故郷を離れ、1年に1回、多くて2回戻るだけ。その帰郷期間はあわせて1ヶ月にも満たない。彼らは、みな、まさに青春期あるいは壮年期であり、肉体的欲求のもっとも旺盛な時期でもある。そうであるにもかかわらず、長期にわたって、一種極度に抑圧された状態にある。
農村の道徳観は崩壊寸前で、農民工は自慰か買春で肉体的欲求を解消している。こうして、性病、重婚、私生児など多くの社会問題が引き起こされている。
農村に残った女性の多くも自我を抑圧しているため、色情狂、浮気、近親相姦、同性愛といった現象が起きることもある。これらは、農村のヤクザ勢力が暗躍する土壌を提供している。
「性」の問題がおろそかにされているということは、明らかに社会の農民に対する深い蔑視を呈している。政府やメディアは、インテリをふくめて農民工の問題について検討するとき、お金、待遇の問題のみで、「性」の問題に触れることはほとんどない。なぜなのか。中国の多くの農民には、お金を稼ぎ、かつ夫婦円満な生活を送る権利などないというのか・・・。
家を建て、子どもを学校にやるには、やはり出稼ぎだ。農村で仕事をするには、本のとおりにやったり、条例のとおりにやっても絶対にうまくいかない。
中国の政治体制において、村支部書記というレベルは非常にあいまいな政治的身分である。村支部書記は、国家幹部には属さず、いつでも農民に戻れるが、国家の政策を執行する重大な責任を負っている。
1980年代中後期から、1990年代末期まで、鄧小平の南巡講話以降、中国では市場経済がしだいに形成され、産業構造や就業形式にも変化が生じた。それ以前は、ずっと「土地」が主だったが、今は「出稼ぎ」が主で、社会全体が激動し、変化した。出稼ぎで賃金を得るようになり、家庭は小型化し、分散した。
2000年前後の趨勢(すうせい)が今も続いていたら、おそらく農村に危機が生じていただろう。農村は崩壊寸前だった。農民の負担は重く、情況はひどく、感情も高ぶっていた。今はずいぶん良くなった。お金を払う必要も、税金を払う必要もなくなり、そのうえ農業をやれば補助金がもらえる。
農村の文化理念に変化が生じ、新たな情況がもたらされつつある。第一に、農民の子どもは大学に進学したところで希望はない。今は大学に行っても活路がなく、たいして役に立たない。第二に、長期間の出稼ぎのため、家庭教育が失われている。第三に、思想信条の新たな危機がどんどん増え、宗教信仰が曖昧模糊としている。第四に、出稼ぎ労働者たちは低い訓練レベルのため相変わらず最底辺の仕事をしている。第五に、農村のインフラがどんどん劣化している。第六に、新しい情勢のもと、末端幹部の資質が低下している。
家庭の内部も変化している。かつては父母が日常生活を通じて子どもに行動の規範を教えていたが、今や祖父母あるいは親戚が代わりに教えるようになり、父母と子どもの関係は金銭関係に置き換えられた。
村の学校が閉鎖され、名望家の年寄りは、村の精神の指針であり、道徳的な抑制だった。その死亡により、文化的な意味での村は内部から崩壊し、ただ形式と物質としての村が残るだけとなった。この崩壊が意味しているのは、中国のもっとも小さい構成単位が根本的に破壊され、個人が大地の確固たる支えを失ったということ。
村の崩壊は、村人を故郷のない人間に変えた。根がなく、思い出がなく、精神の導き手も落ち着き先もない。それが意味しているのは、子どもが最初の文化的な啓蒙を失い、身をもって教えられる機会と、温かく健康的な人生を学ぶ機会を失ったということである。
農村は、単なる改造の対象ではない。私たちはそこに、民族の奥底にある感情、愛着、純朴さ、肉親の情などを見出すことができる。それを失うと、実に多くのものを失うことになる。
中国の農民は、政治生活にあまり関心をもっていない。政治、権利、民主というコトバは縁遠い存在だ。
国家、政府と農民とのあいだは根本的な相互作用、つまり理解・尊重・平等という基礎のうえに打ち立てられていた相互作用が欠けている。
この30年間で、農民は国家の主人公とはならなかったばかりか、逆に民衆の認知のなかで、負担、暗黒、落伍の代名詞にあてはまった。
農村人口の流動性の極端な高さが、民主政治を推進できない重要な原因になっている。家を出てお金を稼ぐことが第一の意義で、土地はもはや農民の重要な収入源ではなく、「命綱」でもない。出稼ぎのおかげで、農民たちはお金を稼げ、また地方経済を引き上げることができる。しかし、その背後には、人生の悲しみや喜び、消耗した生命がどれほどあることか。
中国の農村のかかえる深刻な実情をよくよく掘り下げたレポートだと驚嘆しつつ読了しました。
(2018年9月刊。3600円+税)

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