弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年12月 1日

星夜航行(下巻)

日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 飯嶋 和一 、 出版  新潮社

秀吉の朝鮮侵略戦争に主人公が従事しているところから下巻は始まります。
咸鏡道は、朝鮮八道で唯一、秀吉軍による検地が執行された。その一部では、租税帳まで作成された。
朝鮮社会の内部矛盾を秀吉軍がうまく利用したということもあったようです。
朝鮮水軍は、李瞬臣によって見事によみがえり、秀吉水軍を撃破するようになった。加えて、各地で朝鮮義兵が蜂起し、秀吉軍は物資補給が思うようにならなくなっていった。
そして、ついに明国軍が4万3千の大軍として朝鮮に入ってきた。明と朝鮮の連合軍は8万をこえる大軍となり、小西行長の守る平壌を攻撃した。ついに、小西行長は平壌を捨てて南に撤退することにしたが、そのときには、1万8千の兵員が6千6百にまで減っていた。
朝鮮侵略軍としての秀吉軍にいた日本人将兵のなかに朝鮮軍の捕虜となった人々が少なくありませんでしたが、そのときには彼らは降倭と呼ばれ、やがて降倭だけで部隊が組織されて秀吉軍と真正面から戦うようになります。これは史実です。
本書では阿蘇神官の重臣だった岡本越後が降倭の主だった武将として登場します。
降倭は戦いに慣れ、鉄砲も扱える貴重な戦力として秀吉軍の脅威になっていきます。
そして、主人公のほうは、フィリピンに渡って、その地の日本人たちとまじわったうえで、日本に舞い戻ってきます。
降倭軍は、日本人ながら秀吉軍を相手として奮戦し、朝鮮王国軍の一翼を担ってきた。朝鮮王国軍の将兵ばかりか朝鮮民衆までも降倭軍を頼りにした。そして降倭軍は、その依頼を一度も裏切らなかった。
そして、主人公は、家康の前に朝鮮使節団の一員としてあらわれるのです。
なんとスケールの大きい展開でしょうか。秀吉の朝鮮出兵についても、よく調べてあり、驚嘆するばかりでした。下巻だけで、572頁もある大作です。読み通すのには骨が折れますが、努力するだけのことはある歴史小説です。
(2018年6月刊。2000円+税)

  • URL

2018年12月 2日

愛と分子

生物

(霧山昴)
著者 菊水 健史 、 出版  化学同人

面白い本のつくりです。まずは写真。なかなか見事な、そして意味ありげな写真が続きます。その次に、文章で解説されると、なるほど、そういうことなのか・・・、と。
鳥のウズラの場合。オスは、大きな声でよく鳴き、メスにアピールする。オスの鳴き声にひきつけられたメスが、オスの目の前にひょっこり現れると、オスは瞬時に鳴きやんでメスに近づき、交尾を試みる。このとき、オスは、目の前にあらわれたメスの頭部と首を見て、その見た目の美しさに見ほれ、交尾行動を開始する。
男は目で恋し、女は耳で恋に落ちる。
ショウジョウバエの場合。メスはオスに出会ったときは逃げまわるが、オスの熱心な求愛歌を聞くと、うっとりしたかのようにゆっくり歩く。これはメスがオスを受け入れつつあるサインだ。
ハツカネズミの場合。オスはメスに出会うと、ヒトには聞こえない高い周波数の超音波で、鳥のさえずりのような歌をうたっている。そしてメスは、自分とは遺伝的に異なる系統のオスがうたう音声を好む。
メダカの場合。メスは、長くそばに寄り添ってくれたオスをパートナーとして選ぶ。以前からよく見かけていたオスを記憶し、視覚的に識別して、恋のパートナーとして選んでいる。
プレーリーハタネズミの場合。オスもメスも、親元から離れて巣立つと、一人で草原の探検を始める。そこで、見知らぬ異性と出会い、そこで交尾すると、そのまま妊娠し、夫婦としての絆を形成する。絆をつくった夫婦は、ともに食事に、ともに子育てし、パートナーが死ぬまで添いとげる。オスは、たとえ若いメスが縄張りに入ってきても、求愛するどころか、攻撃して追い払ってしまう。
ええっ、そうなのか、そうなんだ・・・と、思わず納得してしまった小冊子みたいな本でした。
(2018年3月刊。1500円+税)

  • URL

2018年12月 3日

「おしどり夫婦」ではない鳥たち

(霧山昴)
著者 濱尾 章二 、 出版  岩波科学ライブラリー

面白いこと、このうえない本です。鳥の本当の姿を知ることができるという以上に、生命とは何なのかについて考えさせられました。
人は見かけだけでは判断できない。その行動をよく見てから判断すべきだとよく言われます。そのとおりだと思うのですが、では鳥の場合には、どうやって行動を見て判断したらよいのか・・・。鳥を個体識別しないと何事も始まりません。でも、一羽一羽の鳥をどうやって識別するのでしょうか・・・。
ニホンザルやチンパンジー、そしてゴリラなら、じっと観察していたら一頭一頭(ゴリラは一人一人と数えます)の顔や体の違いが識別できるようになるそうです。でも、小鳥には無理ですよね。でも、不可能を可能にするのが学者の仕事です。絵の具を羽に吹きつけたりして、なんとか個体識別の努力をしているのです。頭が下がります。そうやって、一体、何が判明したか。驚くべきことが徐々に分かってきたのです。
オオヨシキリは一夫多妻。第1メスの子は58%がオスなのに、第2メスの子は46%がオスだった。第2メスは第1メスほどオスが子育てに協力してくれないので、質の高い子を育てられる保障がない。そこで、メスを産んでおけば一定の子は残せる。なので、第2メスになったら、産む卵はメスにしたほうがよい。
では、どうやって鳥はオスかメスかを産み分けることができるのか・・・。精子ではなく、卵細胞にメスになるものとオスになるものの2種類がある。しかし、それにしても、どうやって産み分けているのか、そのメカニズムの全貌はまだ解明されていない。
北米のツバメでは、巣立ちまでに死亡したヒナの1%が子殺しによるもの。それは、独身のオスがヒナをつついて殺して、被害者のメスを結婚相手として獲得しようとしている。繁殖に失敗したら、しばしばつがいを解消するからである。
鳥全体では一夫多妻の種は数%にすぎず、9%以上の種は一夫一妻で繁殖している。子育ての制約があるからだ。
一夫多妻といっても、一夫多妻のオスがいる一方で、メスを得られなかったオスがいるというのが実態。それはそうでしょうね。みんながみんな一夫多妻というのは、オスとメスの数に圧倒的な差がないと不可能ですから・・・。
鳥のオスは、つがい相手を得ることと、つがい外交尾を行うことの二つの手段を駆使して、自分の子を少しでも多く残そうとしている。
これって、人間の浮気にも通じる話ですよね、きっと・・・。
アマサギでは、34%の交尾が、つがい外のオスとメスによって起きていた。
一夫多妻のオスは、メスが「浮気」しないよう一瞬も気を抜かずにメスに張りついておかないといけない。体重が1割も減るほどの難苦です。
一部の種のオスは、メスが抱卵中につがい外交尾(一夫多妻)を目ざす。これって、人間の男のすることでもありますね。
鳥のメスは、少しでも優れたオス、たとえばよい縄張りをもつオス、捕食者から逃れる能力が高く、病気にも強いオスとつがいになろうとする。つまり、メスは繁殖に際してパートナーを厳選している。
アマサギのつがい外交尾は、メスはつがい相手より優位なオスだと交尾を受け入れ、劣位なオスだと攻撃して追い払う。
一夫多妻の鳥は少なく、全種の1%以下でしかない。
メスの死亡率は高い。それは、繁殖・子育ての負担。そして、捕食者に襲われやすいから。
托卵にしても、宿主となった鳥が卵を拒否することが20%ほどある。また、宿主が托卵鳥のヒナを拒絶することがあることも判明した。
こういうことが判明したのはDNA鑑定によって鳥の識別が可能になったからですが、しかし、その前に取りの識別が必要なことは言うまでもありません。そのためには、山中に何日も泊まり込んで観察を続けるなどの苦労を必要とするわけです。好きでないとやってられない仕事だと思います。でも、そのおかげで、居ながらにして、いろんな生命体の存在形態をこうやって知ることが出来るわけです。ありがたいことです。
(2018年8月刊。1200円+税)

  • URL

2018年12月 4日

シエラレオネの真実

アフリカ

(霧山昴)
著者 アミナッタ・フォルナ 、 出版  亜紀書房

読みすすめるのが辛くなる本でした。
著者が10歳のとき、父親は逮捕され、翌年、国家反逆罪で絞首刑となりました。
父親はシエラレオネで生まれ育ち、イギリスに渡って医師となります。スコットランド出身の白人女性と結婚して、シエラレオネに戻って医師として活躍するのですが、腐敗した国内政治を立て直すために政治家となり、財務大臣をつとめるのです。ところが、権力者の首相とそりがあわず、ついに辞表を出し、首相からぬれ衣を着せられて逮捕・有罪(死刑)となったのでした。
シエラレオネはアフリカ大陸の西側にある共和国で、面積は北海道よりも小さい。人口は1975年当時300万人で、現在は720万人。1961年4月にイギリスから独立した。シエラレオネはダイヤモンドを産出し、その利権をめぐって国内の民族を背景とする党派が激しく争った。映画『ブラッド(血)ダイアモンド』に状況が描かれています。
ユニセフ親善大使として黒柳徹子もシエラレオネを訪問していますが、子ども兵士がいたり、腕や脚を切断するなどの残虐行為も横行していました。
ガーナのエンクルマ大統領が一党制国家を提唱した。複数政党制民主主義は民族の分断を助長し、社会や経済の発展のために本来の仕事からあまりに多くのエネルギーを奪うとした。ケニアのケニヤッタ、タンザニアのニエレレ、ザンビアのカウンダ、アラブのバンダが単一政党制の政府をつくった。いずれも独裁政権をつくって腐敗していったのです。これって、いまのアベ「一強」と似たところがありますよね・・・。
著者の父は、被告席に立たされ、感情をこめて演説した。しかし、それはムダだった。そこには法も正義もなく、あったのは、ためらわずに前進し、みんなを圧倒したままにする、腐敗した巨大な法律の罠だけだった。死刑を宣告された父は、命乞いすることは拒んだ。判決の翌日、絞首刑を執行された。刑務所の前で棺の蓋を開いて公開された。墓地に運ばれると、酸をかけて集団墓地に投棄された。
アフリカの民主化というのはなかなか苦難の道をたどっているようです。暴力に頼っていては何事も解決しないと思うのですが、理性をみんなが発揮する日が来るのはまだ遠い先のことなのでしょうか・・・。暗然とした気分になりました。
(2018年10月刊。2400円+税)

  • URL

2018年12月 5日

「右翼」の戦後史

社会

(霧山昴)
著者 安田 浩一 、 出版  講談社現代新書

日本の右翼って、今では反天皇であり、アメリカべったりなのではありませんか。靖国神社の前宮司は今の天皇を憎悪しているらしいですね、信じられません。
天皇なんて、黙って利用されていたらいいんだという考えのようです。
そして、財界べったりは戦前からの右翼の伝統なんでしょうが、今では反米どころか親米というより従属(隷属かな)ですよね。日本人の良さを売りにするのは、一体どうなってしまったのでしょうか・・・。
右翼は国家権力の手足として振る舞うだけでよいのか、そんな思いをかかえながら著者は本書を書いたといいます。
右翼とは、単に「反左翼」「アンチ隣国」の運動にとどまっていないのか。「愛国心」を自称しながら、あまりに不平等な日米地位協定を無条件に受け入れているのは、矛盾もはなはだしい。ときのアベ政権を批判しただけで「売国奴」と罵られ、在日外国人であることをもって「出ていけ」と脅迫される時代を見過ごしていいものなのか・・・。
いま外国人労働者を大量に日本へ呼び込もうとしているのは右翼の大好きなアベ政権で、そのためには、まずは労働条件を適正にするのが必要なのではないかと、「左翼」だけでなく世の中一般が批判しているのを、右翼はどうみているのでしょうか・・・。
昔は、日韓の裏社会は太いパイプで結ばれていたので、在日コリアンが暴力団のトップとなり、日本の右翼を支援していた。韓国が民主化されたことで、右翼と韓国のパイプは消滅した。
ネトウヨと右翼の一体化についても指摘されています。右翼がいまの天皇を悪しざまにののしっていることが世間に広く知れわたってしまったら、右翼の威信は(果たして、そんなものがあるのかどうか知りませんが・・・)、たちまち失墜するのではないでしょうか。
日本の右翼の過去と現在を紹介した新書です。
(2018年7月刊。840円+税)

  • URL

2018年12月 6日

徳政令

日本史(室町)

(霧山昴)
著者 早島 大祐 、 出版  講談社現代新書

徳政とは、ある日突然、借金が破棄され、なくなってしまうこと。公権力が徳政令という法令を出して債務破棄を追認していた。
徳政一揆というものがあり、当時の庶民がおしなべて徳政、つまり借金の破棄を求めていたというイメージがあります。でも、この本によると、必ずしもそうとは限らないようです。
徳政をめぐる摩訶不思議な社会のカラクリを見事に謎解きしてくれる新書です。といっても、それはあまりに謎にみちみちていますから、私が全部を理解できたというわけではありません。ほんの少しだけ分かったかな・・・というところです。
中世の公権力であった朝廷や幕府は、基本的に金銭貸借などの民事紛争には関心がなく、裁判のような面倒くさいことに関わりたくはなかった。ところが15世紀以降、室町幕府は民事訴訟を積極的に取り扱うようになった。
中世前期・鎌倉幕府は御家人救済政策として債務破棄のための徳政令を発布した。そして、中世後期には、民衆による徳政一揆が主体となって債務破棄を主張する徳政要求があった。つまり、徳政観念と徳政を求める主体が変化したのだ。
京都近郊の農民を中心とする徳政一揆は京の高利貸である土倉(どそう)を襲撃し、幕府はその動きに突き動かされて債務破棄を認める徳政令を発令した。
ところが時代が移って、武士・兵士たちが兵粮代わりに土倉たちを襲撃し、幕府がその動きを追認するかたちで徳政令を出した。これを人々は嫌った。
中世社会では、借りたお金は返さなければならないという法が存在すると同時に、利子を元本相当分支払っていれば、借りたお金は返さなくてもよいという法も、条件つきながら併存していた。
中世の利子率は、一般に月利5%。年に60~65%で、2年ほど貸せば、元本と利子をあわせて2倍になる。
中世の人々は、勝つまで何度も訴訟を提起した。
室町幕府の第四代将軍の足利義持は、訴訟制度を整備するなど、裁判に熱心な権力が誕生した。
日本人は昔から裁判が嫌いだったという俗説がいかに間違っているか、ここでも証明されています。
徳政は、当初は民衆が結集する旗印だったのが、次第に変わっていき、ついには逆に社会に混乱をもたらし、民衆を分断させる要因へと変質していった。
戦争に参加する兵士たちを除けば、多くの人々にとって徳政令のメリットは減少し、ただ単に秩序を乱すものに過ぎなくなってしまった。
徳政とは借金帳消しという単純なものではなく、当時の人々の意識、土地売買契約など、さまざまな観点から考えるべきものだという点が、よく分かりました。
中世社会を知るために欠かせない視点が提示された新書だと思います。
(2018年8月刊。880円+税)

  • URL

2018年12月 7日

金融危機と恐慌

社会

(霧山昴)
著者 関野 秀明、 出版  新日本出版社

去る11月に天神の講演会で著者の話を聞きました。たくさんの統計データを駆使して、とても分かりやすい話で感銘を受けました。
質問する機会がありましたので、私は二つだけ問いかけました。その一は、軍事予算が5兆円を超して増大しているけれど、これを削って福祉にまわしたらいいと経済学者が主張しないのはなぜなのか、です。
これに対しては、イージス・アショアだとか航空母艦だとか、明らかに専守防衛を超えていたり、無意味なものを削るべきだと考えているとの答えが返ってきて安心しました。今度、アメリカの最新鋭戦闘機F35を日本は100機も購入するといいます。トランプ大統領に押しつけられたのでしょう。1機100億円するのを100機ですから、総額1兆円です。とんでもありません。
その二は、日本の大企業は労働者の賃金を引き上げて労働意欲と購買力を上げて、生産性向上と消費増大を考えていないようだけど、それはなぜなのか、です。
著者は、これに対しては、日本の大企業は今や日本国内の市場には目が向いておらず、海外でいかにもうけるかしか考えていない。アフリカなどへ進出するとき、それを守ってくれる日本の軍隊(自衛隊)を求めているということなのだという答えでした。さびしい話です。この本には、それに関するデータが満載ですから説得力があります。
日本の雇用の非正規化がすすむなかで、労働者間の競争が激化し、正社員として雇う代わりに死ぬほど働けというブラック企業を繁殖させる土壌となっている。この労働者間競争を人間性を使いつぶすレベルまで利用するのがブラック企業の虐待型管理だ。
ワタミの渡辺社長は、今は自民党の国会議員になっていますが、典型的な虐待型管理のため、ワタミの若い女性社員が自殺に追い込まれてしまったのでした。
固定残業代制度は、払われる残業代をはるかに超過する違法残業を隠蔽し、労働者を使いつぶす仕組みになっている。ブラック企業は、辞めさせる技術を駆使して、労働者の選別を進めている。
日本では生活保護を受けられるのに受けている人は世界的にみて少ない。捕捉率は平均18%でしかない。フランス92%、ドイツ65%だから、圧倒的に少ない。
生活保護を受けている人を叩いても、公務員を叩いても、その場限りのうっぷん晴らしにはなっても何の解決にもならない。ワーキングプア(働く貧困層)が、それで報われることはない。ところが、目先のうっぷん晴らしにいそしむ人が少なくないのが残念です。
日本の公務員人件費は、先進諸国のなかで最下位の水準でしかなった。
日本経済は、政府・大企業の赤字を家計の黒字で賄い、さらに海外に351兆円の純貸越をもつ「世界一のカネ余り国」(2位はドイツで195兆円。3位は中国で192兆円)。
日本政府は、高齢化のために毎年3兆円の社会保障の給付増を抑制しないと、財政・社会保障制度そのものが持続不能になると言って私たち国民を脅している。しかし、上位0.2%の大企業金融資産300兆円、また、上位2.3%の富裕層の金融資産272兆円のわずか1%以下を政府が吸いとったら、それだけで消費税の値上げや社会保障費の削減をしなくてすむ。
アベ首相の顔を見たくないという人が増えています。平然とウソを言い、国会答弁では話をそらして自分の言いたいことだけを言う。そんな首相が子どもたちに道徳教育を押しつけようとしているのですから、日本も世の末です。
まあ、そうは言っても、こんな的確な分析のできる「若手」の学者がいたなんて、うれしいですよね。マルクス『資本論』を引用しながらの解説は、正直なところ私には難くて読み飛ばしました。
(2018年1月刊。1600円+税)

  • URL

2018年12月 8日

赤い風

日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 梶 よう子 、 出版  文芸春秋

川越藩の藩主は、かの有名な柳沢吉保です。私が最近扱った一般民事事件で、柳沢吉保の子孫だと自称する女性が、人の好い高齢の男性から次々に大金を詐取していったというのがありました。
この本では、柳沢吉保は単なる悪役ではありません。将軍・綱吉のお気に入りではあり、その意向を体して行動するのですが、それでも、藩の百姓の生活向上も考え、荒涼たる原野を2年で畑地にするよう厳命を下すのです。そんな無茶な話はないと、現地の人々から総スカンを喰うかと思うと、案外、話がすすんで畑地づくりが取り組まれていきます。やはり、百姓だって、自作の畑は欲しいのです。でも、どうやったら荒れ地を畑につくりかえられるのか・・・。
この本では、そのあたりの実務的な作業過程が、とても行き届いていて、迫真の描写になっています。同時に、入植した百姓たちのなかにも不和が生じます。それをいったいどうやって落ち着かせるのか。紆余曲折あって、なんとか畑地が出来上がります。
ここは水田にはできない台地の畑地だったので、サツマイモが植えられました。
江戸にも舟運を利用して運ばれ、サツマイモは、やがて庶民の間食として大人気になりました。
「九里(くり)よりうまい十三里」という、この十三里とは、江戸から川越までの距離をさすといわれています。「九里」は、そのころの間食だった栗をさし、それより(四里)うまい、つまり、川越のサツマイモは栗よりうまいという洒落(しゃれ)が出来たのです。
江戸時代の開墾・畑づくりの大変さがひしひしと伝わってくる、気のひきしまる本でした。
埼玉県三芳町史が参考文献にあがっています。
(2018年7月刊。1800円+税)

  • URL

2018年12月 9日

懲戒解雇

社会

(霧山昴)
著者 高杉 良 、 出版  文春文庫

今から40年も前の小説ですが、まったく色あせしていません。企業小説のベスト・オブ・ベストとオビに書かれていますが、オーバーではありません。山崎豊子の「沈まぬ太陽」を読んだときにも思いましたが、大企業の内部での人事抗争の激しさは想像を絶しますね。つくづく民間企業に入らなくて良かったと思いました。
モデルがいる企業小説で、あとがきでは、その後の人生展開も紹介されています。
技術系の課長職にあるエリート社員が懲戒解雇されそうになり、逆に会社を相手として地位保全の仮処分申請をするという前代未聞の出来事が起きたのでした。丹念に取材して、うまく小説に構成されていますので、感情移入できて歯がみする思いで読みふけることができます。
社内には、次か、次の次には自分が社長だと自信満々の野心家がいるものです。そして、目的のためには手段を選ばないところから、社内で反発を買い、結局のところ、野心に駆られて強行した懲戒解雇に失敗するどころか、社長になる前に寂しく去らざるをえなくなります。そして、問題のエリート社員は会社を去らざるをえなくなりましたが、インドネシアで大活躍したのでした。
会社のなかでも筋を通す人はいるし、そんな人にエールを送る人も少なくはないのですね。文科省の元事務次官だった前川喜平氏をつい建想しました。近く福岡にも佐賀にも来て講演されるようです。憲法と教育の関係など、いま考えるべき課題をはっきり示していただけそうです。聞き逃さないようにしましょう。
(2018年6月刊。800円+税)

  • URL

2018年12月10日

語りかける身体

人間

(霧山昴)
著者 西村 ユミ 、 出版  講談社学術文庫

「植物人間」との対話が可能なんだと実感させる本です。
植物人間状態とは、一見すると意識が清明であるように開眼するが、外的刺激に対する反応、あるいは認識などの精神活動が認められず、外界とコミュニケーションを図ることができない状態をいう。植物人間状態になる原因は、脳出血、くも膜下出血、脳梗塞などの脳血管障害、頭部外傷、脳腫瘍などさまざまである。このような患者の脳組織は、大脳皮質のうちの新皮質や辺縁皮質の機能が遮断された、あるいは脱落した状態である。
睡眠と覚醒のサイクルが区別され、自力による呼吸も心血管系の機能も正常である。これは、自律神経機能(植物性機能)が比較的よく保たれていることを意味する。そのため、適切に管理されると、長期にわたって生存することが可能となる。植物人間状態になって10年以上生存している患者が報告されている。1986年に全国に植物状態患者が7000人いると推定されていた。
ところが、担当する看護師が声かけして、「分かったら、目パチッとしてください」とか「口を動かしてください」と言ってコミュニケーションをとると、それに答えてくれるようになる。
医療現場での癒しというのは、患者だけが癒されているのではなくて、その周りにいる者も癒されている、患者によって癒されている。
お昼よって持って来るご飯と、おやつよーって持って来るケーキとでは、まったく患者の笑顔が違う。ケーキを見せてやろうと思うワクワク心を察知してくれて、それって超能力に近いけれど、ニヤーっと笑ってケーキにかぶりつく。
この本に映画『ジョニーは戦場に行った』が紹介されています。私も何十年か前に観ましたが、衝撃を受けました。ベッドで寝たきりで、生ける屍(しかばね)と思われていたジョニーが、実は意思ある人間として生きていたことが判明するというストーリーなのです。例のホーキング博士のように、身体のわずかな動作によって意思表示はできるものなんですね。
視線が絡む(からむ)というコトバがある。視線は、単に五感の一つである視覚の働きとして機能しているのではなく、視覚に限定されない感覚として働く。
ところが、視線が絡(から)まないとは、底なし沼、真っ暗で、その先に何もないような気がする。
人間とは何か、人が生きるとはどういうことなのかという根源的な問いかけがなされている本だと思い、最後まで興味深く読み通しました。
(2018年10月刊。1110円+税)

  • URL

2018年12月11日

中国経済講義

中国

(霧山昴)
著者 梶谷 懐 、 出版  中公新書

観光地に大勢の中国人観光客を見かけ、その爆買いで日本経済が支えられているというのに、日本人のなかに反中国感情が根強く、しかも広がっていることを私は大変心配しています。
今にも中国が日本(の島)に攻めてくるように錯覚している日本人が少なくないという報道に接するたびに、私は呆れ、かつ恐れます。
現実には、中国側から見たら、日本の軍国主義復活こそ危惧していると思います。日本が航空母艦をつくったり、アメリカのF35戦闘機(1機100億円もします)を100機も購入するというので、トランプ大統領が安倍首相を称賛したり、もはや専守防衛ではなく、海外へ戦争しに出かけようとする日本の自衛隊、そして軍事予算が5兆円を突破してとどまることを知らないという状況では、中国側の心配こそ根拠があります。
この本は、中国経済が今にも破綻しそうだというトンデモ本を冷静に論破しています。
久しく中国に行っていませんが、いま上海には4万人の日本人が住んでいるとのこと。上海に行くと、ここが「共産圏」の国だとは絶対に思えません。日本以上に資本主義礼賛の国としか思えません。
中国経済は表の顔だけでなく、裏の顔までふくめてトータルとして評価し分析する必要があると痛感しました。
現在の中国の政治経済体制は、権力が定めたルールの「裏」を積極的にかく、民間企業の自由闊達さを許容するだけでなく、それがもたらす「多様性」をむしろ体制維持に有用なものとして積極的に利用してきた。
中国のように確固たる「法の支配」が不在な社会で、民間企業主導のイノベーションが生まれてくるのは、権威主義的な政府と非民主的な社会と自由闊達な民間経済とが、ある種の共犯関係にあるからだ。
「一帯一路」といっても、そこに何かのルールや、全体を統括する組織などの実体が存在するわけではない。一帯一路とは、そもそも成り立ちからして捉えどころがないもの。一帯一路が中国を中心とする経済圏としてアメリカや日本に脅威を及ぼす存在になっていくという見方に、それほどの説得力があるわけでもない。
中国で生産する日系企業の売上高の増加にともなって、日本からの中間財の輸出が明らかな増加傾向にある。WTOに中国が加盟した(2001年)あと、中国が日本をはじめ韓国、アセアン諸国から中間材を輸入し、最終製品をアメリカやEUに輸出するという東アジア域内での貿易・分業パターンが次第に強固になってきている。
中国は液晶パネルや半導体、電池といった電子部品や特殊な樹脂や鋼材などの供給は、その多くを日本製品に頼っている。つまり、製造業とりわけ中間材の製造において、技術・品質面において、日本企業が優位性を保っている分野が、まだかなりの部分を占めている。今までのところ、日本と中国との経済関係は、多くの産業において、競合的というよりも、むしろ補完的な関係にある。
現在の中国では、テクノロジーの進歩によって、ある部分では、日本よりもずっと進んだ、これまで誰も経験していない情景が広がっている。「まだらな発展」ともいうべき状況が、社会の矛盾とともに、独特のダイナミズムも生んでいる。
アリババの画期性は、信用取引が未発達な社会で、取引遂行をもって初めて現金の授受がなされるという独自の決済システム(アリペイ)を提供し、信用取引の困難性というハードルを乗り越えた点にある。
矛盾にみちみちた国でありながら、その矛盾をダイナミックな発展につなげているという分析・評価は私にとって新鮮で、とても面白い本でした。
(2018年9月刊。880円+税)

  • URL

2018年12月12日

アマゾン

社会


(霧山昴)
著者 成毛 眞 、 出版  ダイヤモンド社

私にとってアマゾンは、急に本を求めるときに利用するところでしかありません。ところが、この本を読んで、アマゾンは、今や世界制覇を狙っている企業なのではない、そんな恐れの気持ちすら抱いてしまいました。
アマゾンが営業を開始したのは1995年。今から、わずか23年前のことです。ところが今では、とんでもない世界的巨人企業になっています。
アマゾンの株価は、上場したときより125倍に上昇した。といっても、配当はしていない。
長いあいだ、アマゾンは利益を計上せず、ほとんど設備投資にばかりまわしている。アマゾンは、毎年、数千億円も費やして、超大型の物流倉庫や小売店を次々に建設している。
アマゾンの本当の強さは個人向けに本を売るところではなく、企業向けサービスにある。アマゾンウェブサービス(AWS)の営業利益は43億ドル。これは、アマゾンのどの事業よりも高い。
フルフィルメント・バイ・アマゾン(FBA)の仕組みがあるため、マーケットプレイスで扱われる商品数は全世界で2億品目をこえる。アマゾンのマーケットプレイスには全世界で200万社が利用している。アメリカのネット通販市場ではアマゾンのシェアは4割をこえ、その取扱い高は20兆円に達している。
アマゾンの最強の物流システムでは1ヶ所の倉庫から毎日160万個の商品を出荷できる。
アマゾンの時価総額は78兆円(7777億ドル)。これは、日本の上位5社、トヨタ自動車、NTT、ドコモ、三菱UFJフィナンシャル・グループ、ソフトバンクをすべて足しても及ばない。
アメリカの低所得層、つまりフード・スタンプの受給者はウォルマートを頻繁に利用している。アマゾンは、そこを狙った。
アマゾンには、ダッシュボタンがある。定期おトク便だ。よく購入する商品を、あらかじめ設定しておくと割引価格で定期的に商品が届くシステム。これがうまくいくと、その企業にとって消費者は競争相手の商品を買わず、広告費を大幅に抑えられる。
AWSはアメリカのCIAも利用している。そのセキュリティーの高さが証明されたようなものなので、全世界で利用が広がった。
アマゾンのプライム会員になると、映画やドラマが見放題で、音楽も100万曲が聴け、写真も保存し放題。日本では、本や食品が当日配達される。
これらは、AWSのもうけがつぎ込まれるため可能となっている。
世界中のデータセンターのうち、アマゾンのシェアは4割。
日本のアマゾンプライム会員は600万人。アメリカは8500万人。年会費は前払い。プライム会員の年会費はアメリカで1万2千円なのに、日本では3900円でしかない。しかも、月400円もある。
アマゾンの配送費は1兆円をこえている。売上高に対する配送費の割合は10%をこえている。
アマゾンは、日本で4億個を配送するが、その65%の2億5千個をヤマトが請負っている。ヤマトの15%に相当する。
アマゾン、まさしく恐るべしを実感させる本でした。
(2018年10月刊。1700円+税)

  • URL

2018年12月13日

本土空襲全記録

日本史(戦前)

(霧山昴)
著者 NHKスペシャル取材班 、 出版  角川書店

日本の敗戦前に、日本全国がB29爆撃機による大空襲の被害にあいました。
その空襲の状況をアメリカ側の資料によって丹念に掘り起こしています。その典型が専用機に取り付けられていた「ガンカメラ」と呼ばれる特殊なムービーカメラです。ガンカメラが記録した映像は、被害にあった日本の都市や逃げまどう人々を生々しく描いているのです。
大分県宇佐市を拠点として活動する市民団体「豊(とよ)の国、宇佐市塾」が映像の収集・分析をしている。
九州はアメリカ軍による空襲被害が大きい。なぜか・・・。アメリカ軍のオリンピック作戦は九州南方の3地点から強襲上陸作戦を考えていたから。
アメリカ軍による本土空襲の被害者は46万人。
アメリカ軍は、軍関連施設と生産関連施設の両方を狙った「精密爆撃」を早くから緻密に計画していた。しかし、現実には「精密爆撃」というより「地域爆撃」、「無差別爆撃」が実施された。それは、都市労働者の能力に打撃を与えること、住民の戦意・抗戦意思を破壊するためのテロ(恐怖)効果を狙った。
しかし、実際にはドイツへの大空襲もロンドン大空襲も、狙われた住民の戦意喪失どころか、戦意の高揚を大々的にあおるものでしかなかった。都市への無差別攻撃を始めたのは、実は日本とドイツだった。日本軍は、中国の重慶を狙って壊滅させた。
アメリカ軍のF-13写真偵察機は、B-29を改造したもので、1回の飛行で7000枚ものネガを持ち帰った。17回の偵察旅行を繰り返し、写真撮影と気象観察を徹底して行った。
アメリカ軍の飛行機は、日本軍の迎撃を避けるため1万メートルの高度から爆撃を仕掛けていた。ところが、日本の上空は天候が不安定で、いつも嵐が吹き荒れていた。
東京大空襲を指揮したのはカーチス・ルメイ将軍。
「もしジャップが戦争を続ける気なら、奴らにはすべての都市が完全に破壊される未来しかない」
一連の爆撃で投下された焼夷弾は192万発。1944年11月からの4ヶ月間でアメリカ軍が失ったB-29は105機。兵員の死者・行方不明者は864人にのぼった。
実は、それまでアメリカ空軍は存在しておらず、アメリカ陸軍航空軍でしかなかった。陸軍の地上軍17万人、海軍14万人に対して、航空軍は2万人しかいなかった。航空軍にとって、太平洋戦争は、組織の独立戦争でもあった。
当時、前線での指揮権をもたない航空軍が手柄を立てるには、B-29をつかった日本への直接攻撃しかなかった。ルメイ将軍は、日本式の家には低空用の対空砲火がなかったことを知り、焼夷弾を有効活用することにした。
アメリカ航空軍は、1939年は最新型爆撃機を14機もっていた。ところが1944年には10万機、戦前の20倍も持つに至った。
カーチス・ルメイが当時38歳だったとは知りませんでした。道理でベトナム戦争でも悪役になれたわけです。それなのに、日本は戦後何十年もたってからルメイへ勲章を授与しているのです。呆れてしまいます。市民を大量無差別虐待していただいたことに敗戦国政府として感謝します、そんな意思表示したと同じです。私は許すことが出来ません。
いずれにしても、この本を読んでいろいろ貴重な情報を得ることができました。
(2018年8月刊。1500円+税)

  • URL

2018年12月14日

マジョリン先生、おはなしきいて

人間


(霧山昴)
著者 土佐 いく子 、 出版  日本機関紙出版センター

私の子どもがお世話になった保育園が創立40周年の記念行事として著者を招いて講演会を開きましたので、参加して話を聞いたのです。
聞いているうちに、時代感覚が共通しているので、団塊世代じゃないかと思うと案の定でした。私と同世代の女性が小学校教員生活をつとめあげて大学講師をし、日本作文の会で活躍してきた薀蓄が詰め込まれた本です。
読んで楽しいし、うふふと笑いながら元気が出てきます。いえいえ、子育てをとっくに終わった私としては、反省させられることばかりの本でもあります。本当に子どもたちにどこまで向きあえたかな、そう思うと忸怩たるものがあります。
運動会。周囲の目が気になり、見栄えを気にして、教師が大声で子どもたちを怒鳴りまくる光景がありふれています。でも、主役は子どもたちのはず。怒鳴らない運動会を心がけよう。すると、見ていた地域の人々が、今年は、練習以来、先生の怒鳴り声もなく、とてもすがすがしくて良かったという声を寄せてきた。
うーむ、なるほど、そうなんですよね。子どもの主体性を生かすというのは、学校でも家庭でも忍耐心がいるものなんです・・・。
釣りの好きな小学校の校長先生が、退職の年、最後に学校のプールで子どもたちと一緒に魚釣りをしてみたいという夢を語った。いいんじゃないの、やってやろうよ。みんなで準備をして、実現させたそうです。
「火曜日の2時限から始めます。まず、3年1組がやります。3時限目は3年2組です」。魚たちには大変申し訳ないことをしたけれど、子どもたちは歓声をあげ、大喜び。
いやあ、いい話ですよね、そんな学校なら、行きたいですよね・・・。いま、公立小学校で、こんなことは出来ないのでしょうね、残念ながら・・・。下手な道徳教育より、よほど学校のプールで、校長先生と並んでみんなで魚釣りしたほうが、効果があがると思いますよね・・・。
明治12年の教育令には、およそ学校においては、生徒に体罰を加えてはいけないと明記されていた。
うひゃあ、そうだったんですか、ちっとも知りませんでした。
人間の眼には白目がある。ところが、食うか食われるかの競争と暴力関係の中に生きている動物には白目がない。白目があると、敵を狙っているのが即座に分かってしまうから。暴力関係ではなく、コミュニケーション関係のなかで、目と目を合わせて会話をすることで、人間は人間になってきた。
ふむふむ、人間は努力して人間になってきたのですね。
親と教師を結ぶ連絡帳のなかに、最近では、親が非常に感情的かつ攻撃的な文面を書き込むことが目立っている。
いやあ、ベテラン弁護士の私に対しても威圧的な態度をとる依頼者がたまにいます。男性とは限りません。女性にもいます。ほんのちょっとしたミスというか言葉尻をとらえて、激しく迫ってくる依頼者がいるのです。弁護士だったら辞任して返金したら終わりですが、教師は逃げ場がありません。世の中がギスギスしたら、こうなるだろうなという典型的な現象です。
アベ首相のように、平気でウソをつき、ウソをウソで塗り固めながら、学校では道徳を教えろ、点数をつけて評価しろと迫るし、それが「許されている」社会なのですから、モンスター・クレイマーが出てくるのも必然です。
そんな状況下でも、教育って、子育てって初心に戻ることが大切なんだよね、それを教えてくれる本でもありました。
(2018年2月刊。1700円+税)

  • URL

2018年12月15日

ローズ・アンダーファイア

ドイツ

(霧山昴)
著者 エリザベス・ウェイン 、 出版  創元推理文庫

イギリス空軍(補助航空部隊)に所属するアメリカ人女性飛行士がドイツの上空を飛んでいると、ドイツ空軍機に見つかり、強制着陸を余儀なくされるところから話は始まります。そして、強制収容所に収容されるのです。
収容所のなかの生活、日々の殺人マシーンに慣らされていく様子が描かれます。そして、ついに収容所から再び飛行機に乗って航走するのです。
先日、天神で『ヒトラーと戦った28日間』というロシア映画をみました。ナチスの強制収容所の一つ、ソビヴル収容所からの集団脱走に成功したというすさまじい映画です。実話をもとに状況を再現していましたが、ナチスの大量殺人、非人道的な虐待行為もよく描けていました。やはり、脱走に成功する話という、少しは救いのある話がいいのですよね。
あとがきを読むと、小説ではありますが、本書も実際にラーフェンスブリュック収容所からの脱走に成功し生還した人々への取材にもとづいていることが分かります。
この収容所で人体実験に供されたポーランドじん女性74人全員の名前が「数え唄」として紹介されています。
収容所では、主としてフランス語、ドイツ語、ポーランド語が話されていました。
大勢の罪なき人々が共生収容所で即時に、また徐々に殺されていった事実がありますが、これを直視するためにも、例外的に生還できた人々の話をもとにした小説を読んでその苦しみを想像するのもいいこと、必要なことなのではないでしょうか・・・。
(2018年8月刊。1360円+税)

  • URL

2018年12月16日

道具を使うカラスの物語

(霧山昴)
著者 パメラ・S・ターナー 、 出版  緑書房

カラスは賢い鳥だということはよく知られていますが、カレドニアガラスは道具をつくってエサを取るほどの賢さです。そして、親鳥が赤ちゃん鳥に道具を使って木の中の虫を取り出す技術を伝授するのです。なにしろ、その証拠写真がバッチリありますから知能の高さを疑いようがありません。
この本で観察されているカレドニアガラスには、それぞれ名前がついています。
人間はカラスの個体を識別するのは大変むずかしい。けれども、カラスのほうはきちんと人間の個体識別をしている。
カレドニアガラスは、股状の枝を折ったり、形を加工したりすることで、フック付きの道具をつくる。フックの先を鋭くするため、削る。
赤ん坊カラスは、すべてのものに興味を抱く。新聞を与えると、ズタズタにしてしまう。どんなエサも必ずもてあそぶ。
1羽のカラスが何かを持っていると、他のカラスはそれを欲しがる。カラスたちは、恐ろしいほどイタズラが好きだ。
カレドニアガラスは、「ワァー、ワァー」あるいは「ワァッ、ワァッ」と鳴く。「カァー」とは鳴かない。
カレドニアガラスをめぐる楽しい写真集のようなカレドニアガラスの紹介本です。
(2018年2月刊。2200円+税)

  • URL

2018年12月17日

脳科学者の母が認知症になる

人間

(霧山昴)
著者 恩蔵 絢子 、 出版  河出書房新社

先日、アルツハイマー型認知症の患者が何十万円という大金であっても十分に管理できたという裁判所の判決をもらって腰を抜かしましてしまいました。もちろん認知症といっても程度の差はありますが、攻撃・徘徊が出ているレベルにまで達しているのに何十万円、何百万円という自分の財産をしっかり管理できたという裁判所の判断が示されたのでした。そんなことはおよそありえないということをカルテ所見にもとづき主張し、それを裏づける医学文献もいくらか提出していたのですが、その点についてはまったく触れないまま独断的見解が示されたのです。裁判官の劣化はここまでひどいのかと悲しくなりました。
アルツハイマー型認知症は、初期に、記憶をつかさどる海馬の委縮が起こり、新しいことが覚えにくくなるのが特徴。神経細胞の死滅を引き起こす。一度死んでしまった神経細胞は元に戻らないから、一度なってしまうと完全に元に戻すことは、今のところ不可能な病気と言われている。
細胞死が起こる領域の拡大にともなって記憶力以外に言語力、問題解決力など、日常生活を送るのに必要な認知能力、運動能力が徐々に衰えていく。アルツハイマー型認知症という病名が診断されたあとの患者の平均余命は4年から8年。
認知症をもつ人々は、自分なりに状況を理解し、その状況に必死で適応しようとし、症状が進めばまた適応し直そうとする。生に積極的な人々でもある。
彼らは、自分がしてしまうミスにより、また、それに対する他人からの反応により、自分が無能であると感じ、自我が傷つけられ、脅かされていた。そのように自覚的だからこそ、失敗を隠し、とりつくろっている。自覚があるからこそ、本人たちは必死で自分を守ろうとする。
現実には起きていない、筋の通らない、妙なつくり話が増えるのも、ときに無神経・無感覚のようになるのも、その人が必死で自己を保とうとしている証(あかし)なのだ。
海馬が傷ついても、新しく学べることはある。言語では忘れていても、体のほうはしっかり学習していることがある。体の反応は感情の一種なのだ。感情は、理性だけではとても対応できないような、不確実な状況で、なんとか人間を動かしてくれるシステム、意思決定をさせてくれるシステムなのだ。
私たちが理性と思っているものは、実は感情から生み出されている。感情の豊かさが私たちの人生の役に立っている。
アルツハイマー病の人たちには感情が残っている。感情は生まれつきの個性であり、また認知機能と同じように、その人の人生経験によって発達してきた能力であり、いまだに発達しつづけている能力である。
アルツハイマー病をもつ人々は、体を通して新しいことを学び続けることができる。その経験は、意識的に取り出せなくても、身体には積もっている。
 アルツハイマー病になった母親とともに生活して、観察し、分析し考え抜いた娘である脳科学者による貴重な体験記です。あまりの面白さ(著者には失礼な言葉で、申し訳ありません)に、車中で眠気を起こすこともなく、一心不乱に最後まで読み通しました。
(2018年10月刊。1650円+税)

  • URL

2018年12月18日

ヒトラーとドラッグ

ドイツ


(霧山昴)
著者 ノーマン・オーラ― 、 出版  白水社

ヒトラーという人間をとことん暴き出した画期的な労作です。アメリカのエルヴィス・プレスリーもフランスのエディット・ピアフも、そして日本の美空ひばりも、いずれも残念なことに晩年は薬におぼれて、病気で若死にしました。有名人であり続けることのプレッシャーから逃げたかったのでしょうね。ヒトラーも似たようなものです。
ヒトラーの最後のころの様子が次のように描写されています。
震えがひどくなり、急速に身体の衰えが目立った。高齢者のように背を曲げて涎(よだれ)を垂らしていた。上体を前に投げ出し、両脚を後ろに引きずり、身体を右に傾けたまま、冷たい壁にもたれかかり、居室から会議室への廊下をのろのろ歩いていく。薬物なしでは抜け殻同然で、その抜け殻の制服には米粥のしみがついていた。
ヒトラーは叫び、喚(わめ)き、荒れ狂い、怒りまくった。誰もがヒトラーの変わり果てた姿に不快感を禁じえなかった。ヒトラーの歯はエナメル質が溶け、口腔粘膜は乾き、ボロボロになった歯が何本も抜け落ちていた。
昔からの妄年がヒトラーの頭の中で堂々めぐりを繰り返した。被害妄想と赤い膿疱、ユダヤ人、ボリシェヴィキに対する病的不安である。恐ろしい頭痛も始まった。ヒトラーは黄金製のピンセットで自分の黄ばんだ皮膚をつっつき始めた。攻撃的で神経質な手の動きだった。
ヒトラーは、繰り返し何度も注射を受けていたときに細菌どもが自分の皮膚から体内システムに潜入し、いま内部から自分を破壊しようとしていると思い込んでいて、その細菌たちをピンセットでつまみ出そうとしているのだった。
ヒトラーはつらい離脱症状に見舞われ、苦しそうな息をしていて、見るも哀れな様子だった。頭のてっぺんから足の爪先まで不安におののき、口をパクパクさせて空気を吞み込もうとしていた。体重は減り、腎臓も循環系も、ほとんど機能していなかった。左まぶたは腫れあがり、もう手元しか見えなかった。ヒトラーは、絶えず左眼のあたりを押さえたり、擦ったりしていた。
歯がボロボロなので、甘いケーキをかまずに呑み込む。それで大量の空気がいっしょに腸に取り込まれ、臭気を発するガスになる。
ヒトラーは、1945年4月30日、自殺した。有毒な混合薬の過剰摂取によって破滅したのだ。
この本は、そんなヒトラーの主治医として求められるまま「有毒な混合薬」をヒトラーに投与していた医師テオ・モレルを中心に描いています。
驚くべきことに、ヒトラーが政権を握る前のドイツは、世界に冠たる薬物先進国だったというのです。コカインの世界市場の80%はドイツの製薬会社がつくっていましたし、モルヒネとヘロインの製造・販売もドイツは世界のトップでした。そして、これらの薬物が処方箋なしで入手でき、社会のあらゆる層に浸透していました。ベルリンの医師の4割がモルヒネ中毒だったとのこと。
ナチ・ドイツ軍の兵士たちはべルビチンを服用して戦上に赴いた。べルビチンはメタンフェタミン塩酸塩を成分とする覚せい剤です。日本人の長井長義がつくり出し、結晶化に成功したのも日本人の緒方章でした。そして、ドイツのハウシルトがべルビチンとして開発し、一種の万能薬としてドイツの家庭に常備されていました。
べルビチンは、国民一人一人が独裁制のなかで機能することを可能ならしめた。それは錠剤の形をしたナチズムだった。
兵士たちは、1日に2錠から5錠のべルビチン錠を服用させられていた。兵士たちは興奮状態となり、眠る必要がなく、ひたすら前進する。ドイツ軍による電撃戦はフランス軍をたちまち圧倒してしまった。
ダンケルクでヒトラー・ドイツ軍が空如として前進を停止し、イギリス軍が本土に帰還できたのは、このままドイツ軍が全面的勝利を手にしたとき、その指揮をとった将軍がいずれヒトラーを上まわる世間の評価を得て、ヒトラーに挑戦してきたら、自分(ヒトラー)が戦争を指揮していることをドイツ国民が忘れ、その将軍が戦争全体に対する指揮者として、ライバルとして登場してくることをヒトラーは恐れた。この解釈を読んで、私は思わず、「なるほど!」と心のなかで叫んでしまいました。
300頁もある本ですが、一気読みもできる内容ですので、ヒトラーとは何者なのかを知りたい人には強く一読をおすすめします。
(2018年10月刊。3800円+税)

  • URL

2018年12月19日

中国はここにある

中国


(霧山昴)
著者 梁 鴻 、 出版  みすず書房

中国の農村の実情をよく伝えている本だと思いました。
農村から多くの男性が都会へ出稼ぎに行く。そして、年に数回、故郷の村に帰ってくる。すると、農村の生活はいったいどうなるのか・・・。
男性は故郷を離れ、1年に1回、多くて2回戻るだけ。その帰郷期間はあわせて1ヶ月にも満たない。彼らは、みな、まさに青春期あるいは壮年期であり、肉体的欲求のもっとも旺盛な時期でもある。そうであるにもかかわらず、長期にわたって、一種極度に抑圧された状態にある。
農村の道徳観は崩壊寸前で、農民工は自慰か買春で肉体的欲求を解消している。こうして、性病、重婚、私生児など多くの社会問題が引き起こされている。
農村に残った女性の多くも自我を抑圧しているため、色情狂、浮気、近親相姦、同性愛といった現象が起きることもある。これらは、農村のヤクザ勢力が暗躍する土壌を提供している。
「性」の問題がおろそかにされているということは、明らかに社会の農民に対する深い蔑視を呈している。政府やメディアは、インテリをふくめて農民工の問題について検討するとき、お金、待遇の問題のみで、「性」の問題に触れることはほとんどない。なぜなのか。中国の多くの農民には、お金を稼ぎ、かつ夫婦円満な生活を送る権利などないというのか・・・。
家を建て、子どもを学校にやるには、やはり出稼ぎだ。農村で仕事をするには、本のとおりにやったり、条例のとおりにやっても絶対にうまくいかない。
中国の政治体制において、村支部書記というレベルは非常にあいまいな政治的身分である。村支部書記は、国家幹部には属さず、いつでも農民に戻れるが、国家の政策を執行する重大な責任を負っている。
1980年代中後期から、1990年代末期まで、鄧小平の南巡講話以降、中国では市場経済がしだいに形成され、産業構造や就業形式にも変化が生じた。それ以前は、ずっと「土地」が主だったが、今は「出稼ぎ」が主で、社会全体が激動し、変化した。出稼ぎで賃金を得るようになり、家庭は小型化し、分散した。
2000年前後の趨勢(すうせい)が今も続いていたら、おそらく農村に危機が生じていただろう。農村は崩壊寸前だった。農民の負担は重く、情況はひどく、感情も高ぶっていた。今はずいぶん良くなった。お金を払う必要も、税金を払う必要もなくなり、そのうえ農業をやれば補助金がもらえる。
農村の文化理念に変化が生じ、新たな情況がもたらされつつある。第一に、農民の子どもは大学に進学したところで希望はない。今は大学に行っても活路がなく、たいして役に立たない。第二に、長期間の出稼ぎのため、家庭教育が失われている。第三に、思想信条の新たな危機がどんどん増え、宗教信仰が曖昧模糊としている。第四に、出稼ぎ労働者たちは低い訓練レベルのため相変わらず最底辺の仕事をしている。第五に、農村のインフラがどんどん劣化している。第六に、新しい情勢のもと、末端幹部の資質が低下している。
家庭の内部も変化している。かつては父母が日常生活を通じて子どもに行動の規範を教えていたが、今や祖父母あるいは親戚が代わりに教えるようになり、父母と子どもの関係は金銭関係に置き換えられた。
村の学校が閉鎖され、名望家の年寄りは、村の精神の指針であり、道徳的な抑制だった。その死亡により、文化的な意味での村は内部から崩壊し、ただ形式と物質としての村が残るだけとなった。この崩壊が意味しているのは、中国のもっとも小さい構成単位が根本的に破壊され、個人が大地の確固たる支えを失ったということ。
村の崩壊は、村人を故郷のない人間に変えた。根がなく、思い出がなく、精神の導き手も落ち着き先もない。それが意味しているのは、子どもが最初の文化的な啓蒙を失い、身をもって教えられる機会と、温かく健康的な人生を学ぶ機会を失ったということである。
農村は、単なる改造の対象ではない。私たちはそこに、民族の奥底にある感情、愛着、純朴さ、肉親の情などを見出すことができる。それを失うと、実に多くのものを失うことになる。
中国の農民は、政治生活にあまり関心をもっていない。政治、権利、民主というコトバは縁遠い存在だ。
国家、政府と農民とのあいだは根本的な相互作用、つまり理解・尊重・平等という基礎のうえに打ち立てられていた相互作用が欠けている。
この30年間で、農民は国家の主人公とはならなかったばかりか、逆に民衆の認知のなかで、負担、暗黒、落伍の代名詞にあてはまった。
農村人口の流動性の極端な高さが、民主政治を推進できない重要な原因になっている。家を出てお金を稼ぐことが第一の意義で、土地はもはや農民の重要な収入源ではなく、「命綱」でもない。出稼ぎのおかげで、農民たちはお金を稼げ、また地方経済を引き上げることができる。しかし、その背後には、人生の悲しみや喜び、消耗した生命がどれほどあることか。
中国の農村のかかえる深刻な実情をよくよく掘り下げたレポートだと驚嘆しつつ読了しました。
(2018年9月刊。3600円+税)

  • URL

2018年12月20日

憲法について、いま私が考えること

社会


(霧山昴)
著者 日本ペンクラブ 、 出版  角川書店

日本ペンクラブが憲法について語る本は、これが2冊目。1冊目は、1997年に井上ひさし選で『憲法を考える』(光文社)でした。
それから21年たって、今や日本国憲法の運命は大変な危機に直面しています。
アベ流のごまかし改憲が現実化する心配が強まっているなかで、ペンクラブの面々が、思い思いに憲法を語っているこの本は、大きな意義が認められます。
それにしても、アベ流改憲を狙っている人々は、そろいもそろって根っからの対米従属、対米屈従の人たち。歴代自民党政権の背後には、常にアメリカの指図があり、その世界戦略に都合のよいように自衛隊を位置づけ、そして日本という国のありようも変えようというのです。
ほれぼれするように立派で美しい憲法である。でも、この憲法には脆弱性がつきまとってきた。違憲であるものに常に足蹴(あしげ)にされてきた。この平和憲法を守るのは簡単でありながら、大変至難に思える(志茂田景樹)。
私たちは、すこぶる滑稽な時代を生きている。だって、そうではないか。大臣や高級官僚が、明らかに嘘とわかる大嘘を、平気で堂々と述べるのである。肝心なことは記憶にない、の一言ですますのである。嘘つきと健忘症たちが、国政をになっている(出久根達郎)。
私にとって、家庭とは父親がいないものだった。明治生れの父は外に女をつくり、家にはめったり寄りつかなかった。父の横暴と、ただ泣くしかなかった母の記憶は、私の世界観の基本である。力で人を従わせる人間への嫌悪。弱者を思いやる気持のない政治への怒り(赤川次郎)。
2017年の10~20代の行方不明者は3万3000人。ここ数年、10~20代の自殺者は毎年3000人。15~29歳の引きこもりは38万人(2015年)。
金子みすずと入選順位を競った詩人の島田忠夫は、戦時中は軍国詩人になったにもかかわらず、疎開先で文学をしていて地元民からスパイと疑われて警察に密告され、官憲から拷問を受け、終戦の一週間前に若くして急死した(松本侑子)。
安倍晋三や麻生太郎ならぬ阿呆太郎をふくめて、壊憲派(改憲派)は山口組の組長以下の歴史認識しかもっていない。侵略戦争をしたことへの痛烈な反省から9条は生まれているのに、それが分からないから、9条を壊して、また侵略戦争をしようとしている(佐高信)。
かつて「家族」とは、「戸主」が扶養すべき人々のことであって、戸主本人は家族の一員ではなかった(中島京子)。
「梅雨(つゆ)空に 九条守れの 女性デモ」
これが公民館だよりへの掲載が拒否された俳句です。ここまでアベ流改憲が押し寄せてきているかと思うと、暗然とします。それでも、日本ペンクラブって、がんばっているんですね。励まされました。
(2018年9月刊。1700円+税)

 帰宅したら、先日の仏検の結果を知らせるハガキが届いていました。どうせダメだったんだよな、暗い気持ちで開いてみると、意外にも合格していました。120点満点で62点とっていて、基準点60点をクリアーしていたのです。自己採点では61点でした。これまでは80点前後をとっていましたから20点も下まわって不合格したと思っていたのです。要するに、問題のレベルがいつもより難しかったということでしょう。
 1月末に口頭試問を受けます。気を取りなおして、毎朝のフランス語学習にこれまで以上に力をいれるつもりです。

  • URL

2018年12月21日

オウム真理教事件とは何だったのか?

社会


(霧山昴)
著者 一橋 文哉 、 出版  PHP新書

先日、民放テレビが「坂本弁護士殺害事件の真相」を描いた特集番組を放映していました。いつもテレビは見ませんので、録画してもらったのを見ました。久しぶりに坂本弁護士の笑顔に接することができました。そして、妻の都子(さと子)さんと3歳の長男(龍也君だったかな)と親子三人で楽しそうに公園で遊んでいる映像も流れました。
何の罪もない弁護士一家を、オウムは活動の邪魔になるといって殺したのです。しかも、弁護士だけでなく、妻と3歳の子どもまで・・・。オウムの男たち6人で就寝中の一家3人に襲いかかって殺害しました。途中、都子さんは子どもだけは助けて、殺さないでと叫んだというのですが、男たちは一家3人をその場で殺し、なんと3人の遺体はバラバラにあちこちの山林に埋めてしまったのでした。本当にむごいことをするものです。
そんな殺人教団に、今も信者が2千人はいるというのには驚かされます。信じられません。
この本の後半では、1995年3月30日の朝に起きた国松孝次・警察庁長官狙撃事件の犯人が今なお捕まっていないことを問題としています。
21メートル離れたところから動いている人間に3発の銃弾を命中させるというのはスナイパーとしてきわめて優秀でなければありえない。犯人として疑われた男たちにそんな能力があるとは思えない。オウム信者だった元巡査長の自供は客観的に疑わしいのに、なぜビジネスホテルに監禁して取調したのか。そもそも国松長官が、長官になる前に億ションとも呼ばれる超高級マンションを即金で買えたのは例の裏金(または餞別金)の成果なのではありませんか・・・。いろいろ疑わしいことだらけのまま、結局、迷宮入りしてしまいました。世界一優秀なはずの日本警察の親分(トップ)が狙撃されて瀕死の重傷を負ったというのに、その犯人を捕まえることができず、今もって犯人像すら不明というのでは、「優秀」だという看板が泣きます。
この本の前半には、教祖の麻原がオウム真理教をたち上げるに際して、3人の男の力を借りていることを紹介しています。「神爺」と呼ばれる70代の老詐欺師、阿含(あごん)宗のときから行動をともにしてきた「長老」、そして、インド系宗教団体にいた「坊さん」の3人が、麻原とともにオウム真理教の基礎を築いた。
なるほど、麻原は弁舌さわやかに人をたぶらかすことに長(た)けていたようですが、それは老詐欺師によって磨きをかけられていたということのようです。
私はオウム真理教事件を絶対に風化させてはいけないと考えています。まして、今なお殺人教団の教えを「真面目に」実践している信者が2千人もいるというのですから、彼らの「教え」の本質が詐欺であり殺人教団であったことを、事実でもって明らかにしていく必要があります。
その意味で、今回の死刑執行は間違いだった、少なくとも早すぎたと私は考えています。
今でもたくさんの解明すべき疑問点があるのです。時がたてば分かってくることもありうるのです。彼らを死刑執行するのではなく、生かして、もっと事実を語らせるべきだったと思います。それは裁判が有罪で確定したから不要だということにはならないのです。
いろんなことを考えさせてくれるタイムリーな本でした。
(2018年8月刊。920円+税)

  • URL

2018年12月22日

プロ弁護士の「勝つ技法」

司法

(霧山昴)
著者 矢部 正秋 、 出版  PHP新書

弁護士経験は十分だが、世間知が足りない。
なんだか、ドキッとさせられる言葉ですよね、これって・・・。
フランスのラ・ロシュフーコーは、太陽と死は見つめることができないと喝破した。
弁護士にとっては、太陽とマイナス情報は見つめることができないと言い換えられるかもしれない。たしかに、マイナス情報は見たくないものです。でも、マイナス情報こそ、貴重な視点を提供するものである。
世の中にウソは多く、真実はわずか。ウソは一人歩きする。その場限りにとどまらず、後を引く。
いま、国会で、官庁で、ウソがはびこり、堂々とまかり通っています。そんな大人の「見本」が子どもたちへの道徳教育の押しつけに熱心なのですから、まるでアベコベです。
民事裁判において、事実とは、自分の視点から切り取った事実にすぎない。そんな事実を主張するだけでは、裁判に勝てない。相手も、こちらと同じように彼らのストーリーを仕立ててくる。それを論破しなければいけない。そのためには、相手の視点を理解することが必要になる。
観察と分析によって、人となりを判断する。そのとき目つきは大事。目つきの悪い人は性格もよくない。目つきにケンがある人は、ストレス漬けが疑われる。目が笑わない人は、サイコパスの疑いが濃厚。目が座っている人は、本当に危ない。相手をののしるような人は隠れた劣等感の持ち主である。
相手を知りたいときは、ジョークをいって笑いを誘い、反応を見る。笑ったときには心が見える。素のままの自分を出せるか、それとも隠すか。そこに本性が出る。
相手を観察し、三類型(赤・黄・青信号)に分け、類型に応じた距離をとる。
仕事にとりかかるときは見通しを立て、仕事が終わったら見直しをする。
未来は思考力によって決まる。未来はやって来ない。未来は創り出すものである。
著者のビジネス書は体験に裏づけられていますので、いつも感嘆しながら読みすすめています。
(2018年10月刊。900円+税)

  • URL

2018年12月23日

藤原 彰子

日本史(平安時代)

(霧山昴)
著者 朧谷 寿 、 出版  ミネルヴァ書房

藤原道長の長女で、後一条・後朱雀(すざく)天皇の母として、藤原氏の摂関政治を可能にし、藤原摂関家の繁栄に大きく貢献した。
「この世をば死が世とぞ思う 望月の欠けたることのなしと思へば」
道長が歌いあげたのは1000年前の1018年(寛仁2年)のこと。
道長は三后を自分の娘で独占し、史上例を見ない快挙を成し遂げた。三后とは、右皇太后、皇太后、皇后のこと。
道長の幸運は、兄二人が相次いで病死したことによる。その結果、30歳の病弱な道長は右大臣に就任することができた。そして、道長の姉の詮子が一条天皇の母であったことから、道長は摂政・関白に準ずる内覧に就くことができた。
道長は事を行うに先立って長女・彰子の指示を仰いでいた。それほど彰子は政界へ大きな影響力を有していた。
彰子の87年間の生涯のうち、後半の半世紀は、子と孫の天皇の時代であり、幼帝の行幸のときには同じ輿(こし)に乗っていた。
父の道長の亡きあと、彰子は関白頼通から何かと相談を受けることが多かった。
一条天皇の中宮彰子は、一条天皇が亡くなった翌年、妹の研子が三条天皇の中宮となったことで皇太后となり、31歳で右皇太后となった。そして39歳で出家して上東門院と称した。その翌年、父の道長が62歳で亡くなった。
彰子は出家してから13年後、法成寺で再度、剃髪した。最初は肩のあたりで髪を切りそろえる一般の出家であり、二度目は髪をみんな剃り落とす、完全な剃髪だった。完全剃髪することで初めて、男性と同等の「僧」となった。
紫式部は彰子に出仕していた。
彰子は87歳と破格の長寿を保ったことから、夫の一条天皇、子と孫の4人の天皇、同母の3人の妹と1人の弟の死と向きあうことになった。
父の道長が亡くなったあと、政治は関白を中心に動いていたが、女院(彰子)の存在は関白をしのぐものがあった。
彰子は弟である頼通の死を悲しみ、次に彰子が亡くなると関白教通は大打撃を受け、翌年、関白在任のまま80歳で死亡した。
彰子は長命を保ったことによって、一条から白河まで七代の天皇にまみえた。
つまり、自分の娘が天皇の子、それも男子を産んだかどうかで、大きく変わったのですね・・・・。なんだか偶然の恐ろしさを感じます。王侯、貴族の世界も楽ではありませんね。
(2018年5月刊。3000円+税)

  • URL

2018年12月24日

江戸城御庭番

日本史(江戸)

(霧山昴)
著者 深井 雅海 、 出版  吉川弘文館

将軍直属の隠密(おんみつ)集団として有名な「御庭番」の実情に迫った本です。その人事や報告書を丹念に紹介していますので、なるほどそうなのかと納得できます。
御庭番は将軍吉宗が始めたもので、和歌山から引きつれて来た武士の一団だった。御庭番の家筋は、吉宗が将軍家を相続するにともなって幕臣団に編入した紀州藩士205人のうち17人を祖とする。紀州藩で隠密御用をつとめていた薬込役を幕臣団に編入した。
御庭番は直接、将軍に報告することもあった。つまり将軍御目見の存在だった。しかも、仕事ができると見込まれたら、異例の昇格を実現していた。御庭番出身で勘定奉行にまで大出世した者が3人いる。そのほかの奉行になった者も4人いる。
御庭番は、紀州藩主徳川吉宗が八代将軍職を継いだとき、将軍独自の情報収集機関として設置された。この将軍直属の隠密という点が、他の隠密とは異なる最大の特色だった。
御庭番は、将軍やその側近役人である御側御用取次の指令を受けて、諸大名や遠国奉行所・代官所などの実情調査、また老中以下の諸役人の行状や世間の国聞などの情報を収集し、その調査結果を国聞書にまとめて上申し、将軍は、その情報を行政に反映させていた。
御庭番の偵察は老中などの幕府内を対象とすることもあり、町奉行の無能を報告すると、その奉行は左遷された。
薩摩藩を対象としたときには町人になりすましたようだが、さすがに薩摩藩への潜入はせず、熊本・長崎・福岡などの周辺で聞き込みをしている。
御庭番の結束は固かったが、それは、報告するときには上司(先輩)の了解を得て書面を作成していたことにもよる。
大変興味深い内容なので、途中の眠気も吹っ飛び、車中で一気読みしてしまいました。
(2018年12月刊。2200円+税)

  • URL

2018年12月25日

井上ひさし全選評

社会


(霧山昴)
著者 井上 ひさし 、 出版  白水社

驚嘆・感嘆・慨嘆の本です。1974年(昭和49年)から2009年(平成21年)まで35年間にわたって、著者が各賞の審査員となり、選評を執筆したものを集めた本です。なんと772頁もありますので、私は読了するのに2ヶ月ほどかかりました。日曜日のお昼に、ランチタイムのおともとして読みふけったのです。
いやはや、著者はとんでもない量の本を読んでいますよね・・・信じられません。
そして選評の言葉が実に温かいのです。作家を目ざすなら、もっと言葉そして文章を大切にしてほしいという苦言も呈せられることがありますが、それも温かい励ましとしか思えないタッチなのです。
文章に微妙なズレがあるのが気になる。それをなくすためには、古書店から日本文学全集を一山買い込み、古今の名作をうんと読んでことばの感覚を養えば、きっといい作品が書けるはず。
うひゃあ、日本文学全集を読破しないと、いい作品は書けないんですか・・・。まいりました。
「文章は活(い)きがいいものの、ところどころに小学校高学年クラスの、それも手垢のついた表現が現われて、これは損である」
なんとなんと、「小学校高学年クラス」と評されてしまっては、やはりみじめですよね。
「頻繁な行替えや体言止めは、文章をハッタリの多い、いわば香具師(やし)の口上のようにしてしまうから危険な要素なのだ」
なるほど、そんな点も気をつけるのですよね・・・。
作品とは、読み手がそれを読み終えた瞬間に、はじめて完結する。
エッセイとは、つまるところ自慢話をどう語るかにある。もとより、読者は、一般に明けすけな自慢話は好まない。そこで書き手は自慢話を別のなにものかに化けさせ、ついには文学にまで昇華させなくてはならない。では、何をもって昇華作用を起さしめるのか・・・。
エッセイが自慢話であることを、どう隠すかが勝負の要(かなめ)。その一点にエッセイの巧みさ下手が現われる。
日本語は、世界のコトバのなかで、とりわけ「音」の数が少ない。英語が4000、中国語(北京語)が400の音でできているのに、日本語は、「アイウエ・・・ン」の45音、それに拗音と濁音、半濁音を加えても100ちょっとしか音がない。100とちょっとの音で森羅万象を現さなければいけないから、どうしても同音異義語がたくさんできてしまう。
小説は、言葉と物語とか読者の胸にしっかりと届いて、そのとき初めて完結する。
「本文は、文章も物語も華麗すぎて、とりとめがなくなり、読む者をいらいらさせる。本能の見せびらかしすぎです。思いついた比喩やギャグを全部並べたててはいけない」
これは、かなり手きびしい評価です。それだけ著者は作者の才能を買っているということなんでしょうね。
小説とは、書き手が読み手に何か祈りのようなものを分かち与える行為なのだ。
「むやみに難しく書いて、『文学している』と錯覚する、いわゆる文学青年病にかかっていないのがよろしい」
すべて作品は読者の胸にしっかりと収まってはじめて完結へ向かうもの。
中島博行(横浜の弁護士です)の『違法弁護』について、ヒロインに艶や照りを欠いている、会話に洒落っ気や諧謔味が乏しいのは残念という選評です。私も自戒しましょう。
着想や手法も大事だが、文章はもっと大事。神経の行き届いた文章で、もう一度、挑戦してみてください。
出来そうで出来ないのは、「人間」を書くこと。さらに、「人間」と「人間」との関係を書くことは実にむずかしい。このあたりは、勉強や努力の域をはるかに超えて、その書き手が神様からどれだけ才能をもらって生まれてきたかにかかっていると言ってよい。
ええーっ、そ、そうなんですか・・・。では、私はダメなんでしょうか・・・。トホホ、です。
「文章の快い速度感があって、そこに豊かな才能を感じはするものの、あまりの作意のなさと自己批判の乏しさに半ば呆然とせざるを得ない」
うむむ、これまた、かなり手厳しい選評ですね。
そんなわけで、モノカキを自称する私としては、作家になるには、まだまだハードルはあまりにも高いと自覚せざるをえませんでした。
何のために私たちは小説を読むのか。それはひまつぶしのためだ。だけど、良い小説は、私たちの、その「ヒマ」を生涯にそう何度もないような、宝石よりも光り輝く「瞬間」に変えてしまう。しなやかで的確な文章の列が、おもしろい表現や挿話のかずかずが、巧みにしつらえられた物語の起伏が、そして、それを書いている作者の精神の躍動が、私たちの平凡な「ヒマ」を貴い時間に変えてくれるのである。
いやあ、なんと心に迫る文章でしょうか。さすがは井上ひさしです。こんな文章に出会っただけでも、この部厚い本をひもといた成果がありました。
ひまつぶしに最適の本としておすすめします。たくさんの本が紹介されていて、おもしろそうな本に出会う手引書にもなります。
(2010年3月刊。5800円+税)

  • URL

2018年12月26日

記者、ラストベルトに住む

アメリカ

(霧山昴)
著者 金成 隆一 、 出版  朝日新聞出版

アメリカのトランプ大統領って、ホントにひどい、とんでもない大統領だと思います。でも、あれだけハレンチな言動をしながらも支持率40%そこそこを維持しているようです。不思議でなりません。
この本は、その不思議さをつくり出している地域の一つであるラストベルトのアパートに入居して、トランプに投票したという人々を取材して歩いたというレポートです。
トランプに票を入れたことを後悔しているという人も出てきますが、それはむしろ少数派で、多くの人が依然としてトランプ大統領を支持している気配です。貧しい生活に追いやられている現状を、既成の政治家ではないトランプが打破してくれる、そのように期待している、というか幻想をもっているようです。
なんで、そうなるのか・・・。
何らかの活動に参加した人の7割はトランプ不支持。逆に、何の活動にも参加しなかった人の間では、トランプへの支持は43%に増えた。
オバマケアが成立したあと、重たい医療費負担のための自己破産申立は半減した。2010年の自己破産申立は153万件だったのが、2016年には77万件に減った。
アメリカで怖いのは、病気になったときです。日本のような国民健康保険がないものですから、高額の医療費のためにたちまち破産状態におち込んでしまいます。
ラストベルトのトランプ支持者は、その7割から8割の支持は揺らいでいない。今でもトランプ支持率は40%ほどある。むしろ、トランプ大統領になってから、「思った以上に評価できる。見直した」と高い評価を与えている層がかなり厚い。
今のアメリカでは、「政治家」という言葉は評判が悪い。おしゃべりだけの政治家たちに実行力あるビジネスマンが立ち向かっているというイメージをトランプはつくり上げ、それが大成功した。
トランプはデマ宣伝を得意とします。オバマ大統領の出生地は、あくまでアメリカではないと繰り返したのです。
トランプ大統領は、オバマ大統領のゴルフの回数が多過ぎると言いつのりましたが、実は大統領になって自分はその何倍もゴルフをしています。
アメリカの現実の一端を知ることのできる本です。
日本がアメリカのような国になってはいけないと思います。病気になったら破産するなんて、とんでもありません。
ラストベルトにあるアパートに3ヶ月間も暮らしたという著者の勇気に拍手を送ります。
(2018年10月刊。1400円+税)

  • URL

2018年12月27日

「身体を売る彼女たち」の事情

社会

(霧山昴)
著者 坂爪 真吾 、 出版  ちくま新書

JKビジネスは東京都内では条例によって禁止された。
JKビジネスとは、現役のJKつまり女子高生らが男性客相手に添い寝やマッサージ、散歩の相手を行うサービスの総称。
本書は、JKビジネスの業態の一つである「派遣型リフレ」を主な対象としています。店舗は存在せず、女性が直接に客の待つホテルの部屋を訪問してサービスを提供する仕組み。一般的な性風俗店とは異なり、リフレに決まったサービスメニューはない。どのような内容のサービス(オプション)をいくらで行うかは、女性と客との交渉で決まる。オプションで得られた料金はすべて女性の取り分になるため、いかに客を引き付ける魅力的なオプションを提供できるかどうかが、派遣型リフレで稼げるか否かの分かれ目になる。
最終的には手や口で射精に導くこともあり、性風俗との境界線は、かなり曖昧だ。
JKビジネスの現場にいるのは、「JK風」の女の子たち。現実の女子高生ではなく、専門学校生や大学生、そしてフリーターだ。
彼女らは、JKビジネスの危険性を知らないでやっているのではない。JKビジネスで働くリスクとリターンを冷静に計算したうえで、期限付きの自らの若さと肉体の商品価値を最大評価で換金することを目ざして、あえてこの世界に巻き込まれている。
派遣型リフレは、必ずしも貧困ではない少女たちが、積極的かつ自覚的に自らの性をきめ細かく商品化して、荒稼ぎしている世界だ。彼女たちは、全員が貧困少女でもないし、必ずしも救いや関係性を求めているわけではなく、学費や趣味のために淡々と働いている。
派遣型リフレは大きく分けて三つのリスクがある。一つは、身体的リスク。本番強要などの性暴力被害、性感染症、盗撮・ストーカー。その二は、メンタル面のリスク。単独行動中に嫌な目にあっても、自分ひとりでかかえこむしかない。友人にも話せない。三つは、20歳の壁。リフレで破格の売上を手にできるのは、せいぜい20歳前後まで。
風テラスという、性風俗で働く女性を対象にした無料の生活・法律相談事業があります。弁護士とソーシャルワーカーがチームをつくっていろんな相談に対応しているのです。そのなかには、九州の法テラスで活躍していた浦崎泰弁護士もいます。
生活保護は嫌です。
車が使えなくなると、困るんです。
家族に役所から連絡が行くのが嫌なんです。
生活保護よりもデリヘルで働くことを彼女らは選ぶ。
扶養照会や資力調査、ケースワーカーの訪問といった「社会的な恥」に耐えながら、不自由な暮らしのなかで、生活を立て直す道を選ぶか。それともホテルの密室で、初対面の男性の前で全裸になるという「個人的な恥」に耐えながら、デリヘルで働いて自由な暮らしをする道を選ぶのか。
デリヘルは、月10日出勤するだけで15万円は稼げる。無料低額宿泊所よりも、性風俗店の待機部屋のほうが「自由に過ごせる」、「居心地がいい」と感じる女性が確実に存在する。
待機部屋には、事情をかかえた女性たちがやむにやまれず身体を売っているといった悲壮感は一切感じられない。
安易に脱ぎや本番に走ると、結果的に稼げなくなる。デリヘルの世界は、本番をするだけで稼げるほど甘い世界ではない。本番嬢は長続きしない。
女性が性風俗で働く理由の大半は、マクロな視点で見たら、「自分のせい」ではなく、「社会のせい」だ。ところが、女性自身は現在自分の置かれている状況をすべて「自分のせい」だと考えている。
現代社会で何が起きているのか、よくよく考えさせられました。
私が現在かかえている案件のうちの二つで、夫(男性)側の主張として、妻(女性)は風俗で働いていたことを問題としています。本当にデリヘルは身近な問題なのだと実感して読みました。
(2018年10月刊。1600円+税)

  • URL

2018年12月28日

GAFA(ガーファ)

アメリカ

(霧山昴)
著者 スコット・ギャロウェイ 、 出版  東洋経済新報社

GAFAとは、グーグル(G)、アップル(A)、フェイスブック(F),アマゾン(A)の頭文字を並べたコトバです。
フェイスブックは従業員が1万7千人でしかないのに、従業員21万5千人のゼネラルモーターズ(GM)の1人あたり時価総額23万1千ドルに比べて、なんと2050万ドルもしている。
先進国1国規模の経済価値を生み出している。
グーグルは、20億人が毎日、自らの意思と選択で入力している。グーグルは、毎日35億の質問からデータをこつこつと集め、消費者の行動を分析している。
2013年4月から2017年4月までの4年間で、四騎士(GAFA)の時価総額は1兆3千億ドル増加した。これはロシアのGDP総額と同じだ。
四騎士は、今やビジネスや社会、そして地球にきわめて大きな影響を与えている。
グーグルは検索を武器に、もうブランドにこだわる必要はないとばかりにアップルを攻撃している。そのアップルもアマゾンに対抗している。アマゾンはグーグルにとって最大の顧客だが、検索については、グーグルにとっての脅威でもある。何かの商品を検索している人の55%が、まずアマゾンで調べている。
アメリカのネット業界における2016年の成長の半分、そして小売業の成長の21%はアマゾンによるものだった。2016年の小売業界は、アマゾンの独り勝ちで、他社にとっては大惨事だった。
2016年に、メディアはショッピングモールの終焉を嘆いた。ホリデーシーズン(2016年11月と12月)のネット販売の38%はアマゾンによるものだった。
アマゾンは、今や、あなたに必要なものすべてを、あなたが必要とする前に提供している。とくに世界でもっとも裕福な5億世帯には、商品を1時間以内に発送している。
最大の負け組は、ウォルマートだ。
グーグルもアマゾンに負けかけている。ネット通販もアマゾンのせいで斜陽になりつつある。
アップルは、製品の価格は高く、生産コストは低く、を実現した。
低コスト製品と高価格によって、アップルはデンマークのGDPやロシアの株式市場並みのキャッシュをため込んでいる。
フェイスブックは20億の人々と意義深い関係をもっている。人は毎日35分をFBに費やしている。インスタグラムとワッツアップ合わせると50分になる。
2017年現在、地球上の6人に1人が毎日フェイスブックを見ている。
フェイスブックの唯一のミッション(使命)は金もうけである。市場での立場が強すぎて、グーグルは常に国内外で独占禁止法違反の訴訟を起こされるリスクにさらされている。
消費者が何を好むかについてのデータを、どこよりも多く集めることができるのは、グーグルだ。グーグルは、あなたのこれまでの足取りだけでなく、これから向かおうとするところまで見通せる。
フェイスブックは、特定の活動と、特定の個人に結びついている。フェイスブックを毎日、積極的に利用している人は10億人いる。人びとはフェイスブックで大いに生活を語り、行動、欲望、友人、つながり、恐怖、買いたいものを記録する。
グーグルと違って、フェイスブックは特定の個人のデータを追跡できる。これは、ある特定のユーザーに商品を売り込むときに大きな力となる。
アマゾンは3億5千万人分のクレジットカードと客のプロフィールを保管している。地上のほかのどんな企業よりも、アマゾンはあなたが好きなものを知っている。
アップルは10億人分のクレジットカード情報をもち、あなたがどのメディアをよく使っているかを知っている。アップルもまた、購買データを個人に結びつけることができる。
かつては炭鉱のそばに発電所を建てていた。現在は、一流の工学、経営、教養の学位をもつ人材が集まる場所、すなわち大学の近くに企業をつくっている。
やりたいことをやるのではなく、才能をもっていることをやるのだ。自分は何が得意なのかを早いうちに見きわめ、その道のプロとなるよう力を尽くすのだ。
四騎士は、合計41万8千人の社員を雇用している。これはミネアポリスの人口と同じだ。四騎士の公開株式の価値は合計で2兆3千億ドル。つまり、この第二のミネアポリスは、人口6700万人の先進国であるフランスの国内総生産に匹敵する富を所有している。
GAFAのもつ恐るべき力を再認識させられました。
GAFAがいつまでもトップであるとは限りません。では、次に登場するのは、いったいどんな企業なのでしょうか・・・。
スマホを持たず、ガラケーはいつもカバンの中に置いている私は、いつもニコニコ現金主義(ホテルの支払いのみカード)です。私の行動を誰にも事前に予測してほしくないからです。世の中を再認識させてくれる本でした。
(2018年8月刊。1800円+税)

  • URL

2018年12月29日

炎上弁護士

司法


(霧山昴)
著者 唐澤 貴洋 、 出版  日本実業出版社

今どきネットのことがよく分からない弁護士だと大きな声では言えません。スマホは持たないし、ネットは見るだけで入力はできない。ネットでの判例検索もできないので、若手に頼んでやってもらう。そんな弁護士(私のことです)にとって、ネットで炎上するって、どんなことなのか、実はピンと来ません。
しかし、うしろ姿を写真に撮られてネットで公開されたり、事務所や自宅の玄関先に見知らぬ男がやってきたら、さすがにビビッてしまいますよね。
そして、本人になりすましていろいろ、あらぬことを書きこまれるというのも困ります。なりすましで、どこかを爆破すると予告して、警察が出動したら、もう笑い話ではすまされません。
いったい、誰が、何のために、そんなバカげたことをするのか・・・。
著者によると、犯人は、たいてい10代から20代の若い男たち。部屋に閉じこもって一人パソコンを一日中ながめているような若者が多いということです。ああ、それなら、今の日本には無数にいるだろうと思います。著者は、そんな男たちと敢然とたたかっている弁護士です。
いやはや大変です。徒労感がありますよね・・・。
インターネット上で著者への誹謗中傷は、2012年に始まり、今も続いている。そして、殺害予告や爆破予告へエスカレートしている。さらに、事務所のある建物に侵入した動画をネットで公開している。
インターネット上で飛びかう情報の多くは、根拠がなく、真偽が厳密に精査されないまま、容易にリツィート・コピーされて拡散していく。マスコミの記者もフェイクニュースをうのみにして著者に問い合わせしてくることが多い。
著者は、この5年間に事務所を4回も移転せざるをえなかった。
犯人たちは、学生、ニート、ひきこもりで、全員が男性。社会的に何か生きづらさを抱えた人たち。目を合わせず、コミュニケーションが無理。犯行動機を明確には説明できず、罪の意識もない。
彼らは生身の人間としての著者に興味があるのではなく、皆が知っている著者の名前という共通の「記号」をつかって、ネットの限られた世界でコミュニケーションをすること自体が大切なことなのだ。
やったやったという自己顕示、そして、それはストレス発散法のひとつだった。
コミュニケーション能力が低いうえに、その周囲に理解してくれている人が少ない孤独な人ばかり。罪悪感はなく、刑事事件になるという認識ももっていない。
ネットのなかでしか生きられない人たちがいる。
みなが言ってるから正しいと盲信する若者が増えている。
ネット社会はドライなようで、実は感情に左右される世界だ。とくにその原動力となるのは妬み(ねたみ)。
いやあ、これは怖いですね・・・。ネットの怖さを少しばかり実感させられました。
(2018年12月刊。1400円+税)

  • URL

2018年12月30日

新にっぽん奥地紀行

日本史(明治)

(霧山昴)
著者 芦原 伸 、 出版  山と渓谷社

イザベラ・バードを鉄道でゆく。明治の初めに東北と北海道をめぐる女一人旅を敢行したイギリス人女性の足跡を鉄道で追いかけた本です。
イザベラ・バードが日本を旅したのは40代のころ、当時は独身でした。東北地方を引き馬に乗って旅をし、北海道に渡っています。イギリスに戻って出版した『日本奥地紀行』(1880年)は、発売と同時に重版というヒット作になりました。うらやましい限りです。
40歳をこえてから紀行作家として活躍したイザベラ・バードは、72歳で亡くなりました。
顔は平たく、鼻は低く、がに股で、ちんちくりんの一寸法師。これが、当時の外国人から見た日本人の印象だった。
日本には浮浪者がひとりもいない。小柄で、醜くて、親切そうで、しなびていて、がに股で、猫背で、胸のへこんだ貧相な人々には、全員それぞれ気にかけるべき何らかの自分の仕事というものを持っていた。
では、イザベラ・バードの容姿はどうか・・・。ずんぐりとした、やや太めの金髪のイギリス婦人。つまり、外見はフツーのおばさん。しかし、態度は物おじせず、きびきびしていて、とても47歳の熟年女性とは思えなかった。
英国代理領事はバードにこう言った。
「英国婦人が一人旅をしても絶対に大丈夫だろう。ただし、ノミの大群と乗る馬の貧弱なことを除けば・・・」
バードが東北地方を旅行したのは明治11年のこと。前年(明治10年)に西南戦争が起きている。そして、バードが横浜に着いた10日前に大久保利通が暗殺された。血を血で洗う激動の時代にバードは日本に来たのだった。
日光に今もある金谷ホテルの宿帳には、バードが宿泊したことが記載されている。
会津で、バードは、眠れない、食べれない、好奇の的にさらされる。プライバシーが保てない。警察官から疑われる。1日11時間を費やしても、30キロも進まない。
バードは、「ただの一度として不作法な扱いを受けたことも、法外な値段をふっかけられたこともない」と書いています。当時の人々の道徳心の高さをうかがわせます。今の日本では、果たして同じだと言えるでしょうか・・・。
バードの旅を同行した通訳でもある伊藤鶴吉は、惜しくも54歳の若さで亡くなっています。日本人へのバードの高い評価はこの通訳・鶴吉の人柄と能力によるところも大きいと思います。
バードが各地でスケッチした絵は見事なものです。明治初めのころの日本の実情をよく知ることができる紀行文として、資料的価値もあります。
面白い旅の本でした。
(2018年7月刊。1600円+税)

  • URL

2018年12月31日

佐賀藩アームストロング砲

日本史(江戸)


(霧山昴)
著者 武雄 淳 、 出版  佐賀新聞社

佐賀に行き、維新博なるものを見学してきました。幕末のころ、佐賀は弘道館をつくり、人材を育成・輩出したこと、反射炉をつくってアームストロング砲をイギリスから輸入したばかりでなく自分でも製造し、活用していたというのです。
明治10年の西南戦争で田原坂が最激戦地となったのは、重いアームストロング砲を馬と人力で引き上げるには、この道しかなかったからだということのようです。上野の彰義隊も佐賀藩のアームストロング砲の前に壊滅したとされています。
いったい、なぜアームストロング砲は、それほど威力があったのか、ぜひ知りたいと思って本書を購入し、認識を深めました。
アームストロング砲は、イギリスのアームストロングにより1855年に発明されたもの。それまでの青銅鋳物(いもの)製ではなく、鉄製砲身をもち、砲尾より装弾ができる。しかも、砲身は錬鉄の4層構造。後装式施条砲は、この当時の最新鋭の兵器で、射程距離、射撃精度、そして連射性で際立った性能を有している。アメリカの南北戦争、日本の戊辰(ぼしん)戦争でフルに活用された。
アームストロング砲は、1分間に2発ないし3発と連射性があり、最長3600メートルの射程距離があった。錬鉄による層威砲身なので、砲身の強度が確保された。錬鉄の細長い棒をつくり、それを加熱して芯金に巻きつけ、コイル状にしたものから鍛造加工で筒状にした。そして径の異なる筒を焼バメして層を重ねて、砲身の強度を確保した。
佐賀藩は、アームストロング砲を完全に自前ではつくれなかったようです。というのも、佐賀藩のつくった反射炉に錬鉄をつくる性能はあっても、錬鉄をつくるパドル炉の機能がなかったからです。したがって、アームストロング砲に似せたものまでつくって明治になってしまったのではないかと著者は書いています。
それにしても、佐賀藩だけが当時、鉄製大砲をつくっていたのですね。知りませんでした。
佐賀藩は鉄製大砲を200門をつくっただろうというのです。
かの白虎隊が奮戦した会津戦争でもアームストロング砲が活用されたとのことです。
初代の司法郷として近代的な裁判制度をつくろうとした江藤新平については、もっと知りたいと考えています。今後の課題です。
(2018年2月刊。1800円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー