弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年8月23日

阿片帝国日本と朝鮮人

朝鮮

(霧山昴)
著者 朴 橿 、 出版  岩波書店

戦前の日本軍がアヘンの密売によって不法な利得を得ていたこと、その手法として朝鮮人を利用していたというのは歴史的な事実です。
日本は朝鮮が、日本の植民地のなかでアヘンを生産するのに、もっともふさわしいと判断した。それは、この地域がアヘンの消費とそれまでほとんど縁がなく、気候・地質・民度・警察状況などが適しているからだった。そこで、植民地朝鮮で、アヘンはもちろん、これを原料とした麻薬まで生産し、満州などに供給・販売していた。
日本が朝鮮を植民地支配(著者は「朝鮮強占」としています)して以降にあらわれた朝鮮内外の朝鮮人のアヘン・麻薬問題は、日本の対外侵略にともなうアヘン・麻薬政策と密接に関連していた。
日本は満州国の支配力確立に必要な財源(全体の16%)をアヘンの収入に依存していた。満州と中国本土に駐屯した日本軍は、機密費・謀略費・工作費をアヘン収入から調達していた。
日本が上海ほかの中国の各都市でアヘン販売によって得た利益の大部分が東條内閣への補助資金と議員の補助金に割りあてられ、東京に送られていた。
日本は、表面的にはアヘン根絶を表明していた。しかし、実際には、収益性の側面を重視した。
中国の大連は、麻薬密輸出の中心地として国際社会から注目されていた。中国の天津に居住する日本人5000人のうち7割はモルヒネその他の禁制品取引に関係していた。これでは天津事件(先に、このコーナーで紹介しました)が起きたのも当然ですね・・・。
1926年来の朝鮮のモルヒネ中毒者は7万人余とみられていた。満州国が建国された1932年ころ、アヘン中毒者は90万人、人口の3%と推定されていた。
満州国の主要都市でアヘン密売に朝鮮人が多く従事していた。それは日本当局の暗黙の承認ないし支持によるものだった。
日本人が朝鮮半島に移住したことから朝鮮人は中国(満州)の移住したものの、農業では食べていけなかったのでアヘンに関わるようになった。朝鮮人のアヘン密輸業者は、北京へ運搬したあと、日本軍当局に純利益の35%を報償金として提供した。
青島内に麻薬店が75店舗あり、そのうち51店は朝鮮人が運営していた。
韓国人学者による朝鮮人のアヘン密売に関わる資料の掘り起しの成果物です。大変貴重な内容になっています。高価ですので、ぜひ図書館でお読みください。
(2018年3月刊。5500円+税)

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