弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2018年7月20日
マーティン・ルーサー・キング
アメリカ
(霧山昴)
著者 黒崎 真 、 出版 岩波新書
私にとっては、マルティン・ルーサー・キングですので、そう呼びます。彼がメンフィスで凶弾にたおれたのは1968年4月のこと。私は大学2年生です。東大闘争が2ヶ月後の6月に始まりました。全世界がなんとなく騒然としていたころのことです。
といっても、日本の学生デモはまだ平穏な状況にありました。アメリカのような黒人の群衆がたちあがり、白人がいらだって武力で弾圧するというのは、対岸の火事でしかありませんでした。ヨーロッパ、フランスやドイツが騒がしくなるのも5月以降のことです。
等身大のキングが描かれていると思いました。英雄として美化されすぎることもなく、その苦悩の日々が紹介されています。
キングは、アメリカにおける黒人解放運動が、インドのガンジーのような非暴力主義路線で成果をあげることができるのかという難問に直面していたのです。白人側は野蛮な、むき出しの暴力で襲いかかってくるのです。それを非暴力で迎えたら、しばり首で木に吊り下げるだけではないのか・・・。とても重い問いかけです。生半可なことではやってられません。
南部において、黒人教会は黒人の社会生活の全領域に密着した最も重要な社会組織だった。都市では、黒人自身が黒人教会を所有しており、黒人牧師は白人に解雇される心配がなかった。黒人牧師は概して白人社会に経済的に依存しない分、言論と行動に関して相対的に自由な立場にあった。
キングは、3世代にわたる牧師の家系に生まれた。祖父アダムが教会を父が引き継いだ由緒ある黒人教会だった。家庭環境は、キングの人格形成に大きな影響をもった。それは何よりも、キングが心身ともに健康に成長し、肯定的な世界観をもつことを助けた。
黒人会衆がもっとも聴きたい説教とは何だったか・・・。それは、神は確実に自分たちの自由の問題に関与していること、そして最後には自分たちは確実に自由になれると説く説教だ。「神の臨在」の体験こそ、過酷な環境を生き抜き、たたかう霊的活力を黒人たちに与えてきたものだった。
キングの説教は、抽象論に陥ることなく、人々の日々の経験や生活に即して語るように努めたものだった。
キングは、神のご臨在を体験した。「マルティン・ルーサーよ、大義のために立て。正義のために立て。真理のために立て。見よ、私はおまえと共にいる。世の終わりまで共にいる」
キングは、たたかい抜けと呼びかけているイエスの御声をたしかに聞いた。イエスは決して一人にはしないと約束してくださった。1956年1月27日の夜、自宅のキッチンでの出来事だ。
1877年から1950年にかけて、南部では4000人(大半は黒人)がリンチされている。
キングは27歳のとき、公民権問題における全国的シンボルになった。
キングはガンジーの非暴力に共鳴した。①非暴力は、勇気ある人の生き方である。②非暴力は友情と理解を勝ちとろうとする。③非暴力は、人ではなく、不正を打ち倒そうとする。④非暴力は自ら招かざる苦しみが教育し、変容させると考える。⑤非暴力は憎悪の代わりに愛を選ぶ。⑥非暴力は、宇宙が正義の側に味方すると信じる。
1963年8月28日、ワシントンでの大集会でキングは演説の最後に5分間のアドリブを加えた。有名な歴史的演説です。先日、キングの孫娘が、銃をなくせという大集会で感動的な演説をしました。
私には夢があります。イエース。それは、いつの日か、この国は立ち上がり、すべての人間は平等につくられているという、この国の信条を生き抜くようになるだろうという夢です。イエース。私には夢があります。ウェル。それは、いつの日か自分の4人の小さな子どもたちが、皮膚の色によってではなく、人格の中身によって評価される国に住むようになるだろうという夢です。
このキングの演説を聞いた聴衆は万雷の拍手でこたえた。少しのあいだ、あたかも神の国が地上に出現したかのようだった。
何度きいても、また読み返しても素晴らしい演説です。残念なことに、その夢の実現はアメリカでも、そしてこの日本でも、ほど遠いのが現実です。ヘイト・スピーチなんて、やめてほしいです。
キングは、ベトナム戦争に公然と反対したのですが、それはアメリカ国民の反発を買ってしまったのでした。アメリカ国民の多くは、このころ、まだベトナムで正義の戦争をしているという幻想に浸っていたのです。
きびしい人種差別と貧困のため、黒人の若者は軍隊のほうがましだとベトナム戦争に志願し、その多くが戦死していった。しかも大義のない、間違った戦争のために・・・。
キング暗殺の実行犯は白人男性。共謀者がいたのではないかと疑われているが、真相は今なお不明。
キングは財産をほとんど残さなかった。5000ドル(50万円)の預金しかなかった。長く借家ずまいで、4人のこどものために買った家は1万ドル(100万円)だった。
キングは黒人の公民権運動だけでなく、経済的正義や貧困問題についても取り組んでいた。このことを忘れてはいけない。
キングは「普通の人」だった。子どもが大好きだったし、女性関係という矛盾もかかえていた。
それでも、キングを今の私たちは忘れてはいけない。強く思ったことでした。
240頁の新書です。ご一読を強くおすすめします。読むと、勇気というか元気が出てきます。
(2018年3月刊。820円+税)