弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年7月 5日

琑尾録 (上)

日本史(戦国)

(霧山昴)
著者 呉 希文 、 出版  日朝協会愛知県連合会

秀吉の侵略を受けた朝鮮側の一文化人の記録です。
上巻だけで480頁ほどもある大部な日記なのですが、朝鮮半島で平和に暮らしていた人々が突然、日本の武装兵に襲われ逃げまどっている状況が刻明に記録されています。
1592年4月、日本軍(「倭賊」と表記されています)が侵入してきて、1601年2月末にソウルに戻るまでの9年間の日記です。山中の岩かげで風雨をしのぎながらも記し続けた日記です。著者は両班(やんばん)で男性なので、ハングルではなく漢文で書かれています。
日本軍は戦国時代に戦争に明け暮れていたので、いわば歴戦の勇士です。これに対して朝鮮のほうは、1392年に朝鮮王朝が成立して以来、200年続いた平和の国でしたから、日本軍の侵入は、まさに青天の霹靂、何の備えもありませんでした。ずるずると後退していったのも当然です。そして、明軍が入ってくるのですが、明軍の接待も食糧の供出など、朝鮮の人々にとっては大きな苦労を余儀なくされました。
著者はソウルに住む名門の両班。本人は科挙に合格できなかったので、在野にいて、高い人格と学問ある人として周囲から尊敬されていた。その息子の一人が科挙に極隠し、日本への訪問団の一人となるなど、活躍した。
タイトルの「琑尾」とは、中国の古典、四書五終のなかの詩経に出てくる言葉、「琑たり尾たり流離の子」(うらぶれおとろうたさすらい人よ)からきている。したがって、「流離記」という意味。
1592年4月16日。倭船数隻が釜山に現れたというしらせが届く。夕方には釜山が陥落したというしらせ。驚愕する。城主が堅く守らなかったのだろうか。
4月19日。賊(日本軍のこと)は兵を三路に分け、まっすぐ京城に向かい、山を超え、大河を渡り、無人の野を行くようだという。哀れな民衆は、ことごとく賊の槍の餌食になったという。王がはかりごとも立てず、まず自分から逃げるとは、深く深く残念なことだ。わかほうの軍務長官は、軍の威厳を示そうとして大きな枝をふるって、あちこちで厳刑を加えるので、ムチ打たれて倒れる者も多く、人々の怨みはつのり、いっそ敵に攻めこられる方がよいと考えるほどになっていた。
たのみとするところは、今は義兵の旗揚げだけだ。聞くところでは、倭賊侵入後、嶺南の人は投降し、敵の手引きをする者が非常に多く、また徒党を組んで倭賊の声をまねて村に侵入し、村人が逃げ散ったあと、財産を略奪していく者も多いという。噂では、倭賊は、嶺南で両班女性のみ麗しい者を選んで5隻の船に満船して先に自分の国に送り、厚化粧させて売り飛ばしたという。
デマも記録されています。
琉球国人が日本全国の軍備が空になっているのに乗じて、平秀吉(豊臣秀吉のことです)を刺殺した・・・。
8月、明軍が来て、平安道の士気が上がる。
8月。三国時代以来、戦火のわざわいは何度も受けたが、島夷によるこのように酷い侵略は未曾有のことだ。今は、八道すべてが賊に躁躙されるという。わが国はじまって以来の大変事だ。
11月。村内の若者たちが集まって、すごろくをしている。負けた者は、両眼のまわりに墨を塗られてみんなの大笑いのタネにされる。
戦火のなかでも、このような余裕はあったのでした。
12月。大臣たちは心を合わせて回復しようとするのではなく、いまも東西の派閥に分かれて攻撃しあっている。国王の政庁と王世子の政庁との間に不和をかもしだしている。
1593年7月。倭賊は、南部の海岸地帯に倭城を築いて居すわり、周辺で耕作したり略奪しながら、日明平和交渉というだましあいを続けている。
11月。することもないので、末娘と碁石遊びで日を過ごし、流浪の寂しさを紛らわす。
1594年4月。最近、乞食が減った。ここ数カ月でみな飢え死にしてしまったので、村の中を乞食して歩く者がなくなったのだ。嶺南や幾内では人肉を食っているとささやかれている。遠い親戚など殺して食うというのだ。倭賊の投降者が続々と上京していき、少しでも気に入らないことがあると怒鳴りつけ、剣を振りまわしたりする。
1596年7月。李夢鶴の乱が起きたときの状況も日記に詳しく記録されています。
慶長元年閏(うるう)7月に日本の幾内で大地震が起きたとことも9月2日の日記に登場しています。情報伝達の早さ、確実さにおどろかされます。
噂では、日本国で去る8月、和泉県で地震があり、家があっという間に倒壊し、関内の兵士数万人が圧死した。
いやはや、かくも詳細な日記を戦火に追われるなか漢語で書き続けていた知識人(両班)がいたとは、驚きです。当時の知的水準の高さを如実に示しています。
日本文にするのには大変な苦労があったと思いますが、貴重な労作です。多くの人に読まれることを願っています。下巻が楽しみです。
(2018年6月刊。3000円+税)

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