弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年7月 3日

焼身自殺の闇と真相

社会(司法)

(霧山昴)
著者 奥田 雅治 、 出版  桜井書店

2007年6月、名古屋市営バスの若い運転手が牛乳パックに入れたガソリンを頭からかぶって火をつけ、自殺を図った。この焼身自殺の原因は職場にあったにちがいない。
しかし、その手がかりは、本人が書いて残した上申書と進退願しかなかった。職場の同僚の協力は得られない。遺族の依頼を受けた水野幹男弁護士は裁判所に証拠保全を申請した。そのなかに「同乗指導記録要」があった。
「葬式の司会のようなしゃべりかたはやめるように」
「葬式の司会のようなしゃべりかた」というのがどんなものなのか、私は想像できません。ただ、その話し方が非難されるようなものには思えないのですが・・・。
そして、バス車内で老女の転倒事故が起きたのに気がつかなかった運転手だと「特定」されたのでした。
彼は、2月から6月までの4ヶ月間のあいだ、次から次に、身に覚えのない災難にあっていることが次第に判明していった。そこで、公務災害として遺族は労災申請します。
バスで転倒したという女性もなんとか探し出して本人と会い、乗っていたバスが全然ちがうものだということも判明しました。
ところが、公務外という結論が出てしまったのです。しかし、遺族はめげずに再審査を請求します。そして、再審査を担当する審査会の委員長の弁護士が突然、辞任するのです。独立性と公平性が保障されていないので責任をもてないからというのが辞任理由でした。それでも、審査会は反省することもなく、棄却されてしまったのでした。やむなく、名古屋地裁に提訴することになり、裁判が始まりました。
法廷には、元同僚も勇気をふるって出廷して証言してくれました。同じ日に3人もの職制がバスに乗って同乗指導したことを認めつつ、それは偶然のことだと居直る証言もあり、一審は有利に展開していたはずなのですが・・・。
一審判決は公務災害と認めませんでした。当事者が主張していないことまで持ち出し、「たいした失敗ではないのだから、自殺するほどの心理的葛藤はなかった」としたのです。あまりにひどい一方的な判決でした。
ただちに控訴し、名古屋高裁では証拠調べをしないままに判決を迎えます。そして、逆転勝訴の判決が出たのでした。
「葬式の司会者のようなアナウンス」とは、小さい声で抑揚のない話し方ということなのですね。このような表現は、相手をおとしめる言葉であると高裁判決は断じました。
さらに、バスの内の転倒事故についても、そのバスで事故が起きたと断定することは困難だというきわめて常識的な判断が示されたのでした。
そこで、「被災者が、接客サービスの向上に努める名古屋市交通局の姿勢を強く意識して、精神疾患を発症するに至ったとみられることからすれば、被災者の精神疾患の発症は、公務に内在ないし随伴する危険が現実化したものと認めることが相当」だとしました。
それにしても、認定まで実に9年もの年月を要したというのも大変でしたね。それでも一審判決のようなひどい判決が定着しなかったことが何よりの救いでした。
ながいあいだの遺族と関係者のご苦労に心より敬意を表します。
(2018年2月刊。1800円+税)

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