弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年3月 1日

ルポ 不法移民

アメリカ


(霧山昴)
著者  田中研之輔 、 出版  岩波新書

 この本は社会学を研究する日本人学者がカリフォルニア大学バークレー校で学ぶかたわら、2年間にわたって路上で中南米諸国からの出稼ぎ労働者とともに働いた経験をもとにしていますので、大変なリアリティーがあり、説得力があります。著者の勇気と行動力に敬意を表します。
 立ん坊をした道路は、危険地帯ではありません。ハースト通りは、白人の中流階級の人々が穏やかに暮らす住宅街にある。雇い主の生活水準が高いので賃金トラブルが少なく、また暴力に巻き込まれることも少ない。
 路上で立って仕事を得るにはコツがある。色の暗い作業服よりも黄色や赤、白色と言った目立つ服を着て、身ぎれいにしておく。そして、いち早く自動車の運転手とアイコンタクトをとる。英語を流暢に話せることも有利。
彼らは仕事をくださいとこびることはしない。プライドがある。時給15ドルを呈示する。
 路上で立って仕事を求めているのは正規滞在資格のない不法移民たち。職種は、引っ越しの手伝い、個人宅の庭掃除や屋根掃除、家具の配置換え、建設現場の補助、コンクリート粉砕作業、剪定作業、外壁の塗装、配管清掃など、誰でも問題なく作業できるもの。日雇い労働者の平均月収は3万円ほどでしかない。
 雇い主には一切の文句を言えない。雇い主を怒らせたら、すぐに警察に通報して、たとえば、民家の軒先をこわしていると通報する。すると、それがすべて事実となり、不法移民の声が取り上げられることはない。警察が駆けつけたら、刑務所行きはまちがいない。
黒人の二人組は要注意。仕事をさせてもお金を払わない。また、ストレス発散の対象として殴る蹴るの暴行を受けることがある。しかし、それにも耐える。警察の助けは呼ばない、呼べない。
 メキシコからの不法移民は多い。1993年以降、国境で3800人が亡くなっている。そのうち1000人は身元確認できず、墓標のない墓に埋葬されている。
 メキシコで麻薬を売ってコヨーテ(密入国を手助けする案内人)に3500ドル(40万円)をつくり、アメリカに入ってきた。メキシコの最低賃金は1日430円、アメリカでは時給15ドル(1680円)というように決定的な経済格差がある。
 何をしたって、何があっても生きないと意味がない。
これは、メキシコで麻薬を密売していた不法移民のコトバ。ギャング同士の抗争で命を落としたくなかったので、アメリカにやってきた。
 グアテマラの刑務所。ここではなかで働けるし、毎週土曜日には売春婦をよんで刑務所内でセックスができる。毎月第2週の土曜日には刑務所内でダンスパーティーが開かれる。
 不法移民の半数はメキシコ出身で585万人。エルサルバドル70万人、グアテマラ53万人、ホンジュラス35万人。このほか、インド50万人、中国33万人も正規滞在資格をもたず(ビザの有効期限をこえて)アメリカで暮らしている。
 不法移民は、地元住民から罵られ、そこにたたずむことも許されず、警察に通報される。
出稼ぎに来た労働者の9割が何らかの罪で現行犯逮捕され、刑務所に入った経験がある。職歴は増えず、犯罪歴だけが増えていく。
 カリフォルニア州には270万人の不法移民が居住している。男性53%、女性47%。不法移民の66%が10年以上、アメリカで暮らしている。
 アメリカは「移民の国」だ。滞在資格をもつ正規移民と、滞在資格をもたない非正規移民の二つからなる移民国家だ。どちらの移民もアメリカを支えている。
 アメリカでは200万人もの刑務所人口がある。世界第一の経済大国アメリカで第三の巨大産業として懲罰産業が拡大成長を続けている。カリフォルニア州では、5年間に9つの監獄が新設された。監獄建設の急増は、監獄が不況の影響を受けにくく、公害も出さない新たな産業だから。
 懲罰産業複合体とは、監獄関係者、多国籍企業、巨大メディア、看守組合、議会・裁判所が相互に共生関係にある複合体だ。アメリカの厳罰化はこのような懲罰産業の拡大に役立っているというわけです。
 アメリカの底辺の生々しい実態をつぶさに実験した思いをさせてくれる貴重なレポートです。ぜひ、ご一読ください。
(2017年11月刊。820円+税)

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