弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2018年1月31日

気概

司法


(霧山昴)
著者  小田中 聰樹 、 出版  日本評論社

 著者は司法改革に一貫して反対してきた学者です。当然、ロースクールも反対です。したがって、現在のロースクールの悲惨な状況は当然のこととみています。
 私自身は今回の司法制度改革を間違っていたと一刀両断するのには反対です。何事によらず歴史はジグザグしながらすすんでいくものです。司法改革のすべてをアメリカと財界の要求にもとづき発動したものとみるのは一面的すぎると考えています。
 それはともかくとして、長年にわたって司法制度の民主化のために奮闘してきた学者としてその主張には耳を傾けて、学ぶべき点が大きいと思います。この本は著者を3人の学者がインタビューした成果を基本としていますので、大変読みやすくなっています。
 著者が権力と戦ってきた原点は、小学生のとき中国大陸へ出征中の父に対して特高が治安維持法違反容疑で家宅捜索したのを目撃したことにある。たしかに、大変なショックだったでしょうね・・・。
 著者にとっての一番の教師は両親だった。このように言い切れるというのは、尊敬できる両親と良好な関係を維持していたということですね。うらやましい限りです。
 たくさんの論文を書いて本にしていますが、著者は体系的な教科書を書かなかったことが残念だということです。著者は、無罪判決請求権を中核とした刑訴法の体系をつくりたかったとのこと。いったい、どんな内容の法体系なのでしょうか・・・。
 弁護人と検察官がたたかい、最後には人民の力に依拠して勝訴し、そのことによって真実が明らかになるというのが著者の発想。これに対して松尾浩也教授は、裁判官の賢明さに信頼し、裁判官の権力によって真実が明らかになるとする。これは裁判官司法だ。
平野竜一教授は、裁判官を信頼するという立場で、誤判はめったにありえないと考えた。
東大の学者は、権力にすがって権威をもつという抜き難い考え方がある。権力の権威を笠に着て、その範囲でときどきは批判する。しかし、権力の真正面からぶつかることはしない。これが東大法学部の権威の原点。
 弁護人は被告人の意思に従属する存在ではない。弁護人には独立性があって、被告人とはある意味で対立してでも被告人の権利を守るためにたたかうべき場合がある。弁護士には弁護士固有の権利と義務があって、雇われ弁護士では言い尽くせない、独立性と権限がある。
著者の人物評は面白いです。宮本康昭さんは素晴らしく頭のいい人で、どこか飄々としたところのある心に余裕がある人だ。心に余裕があるから屈しなかった。岩村智文弁護士(川崎)は、ものすごく頭のいい人で、知恵袋、戦略家。寺西和史裁判官は、何があってもめげない、何というか不思議な人。非常に独特な個性の人。
司法改革は、ロースクールにせよ、法曹人口の増加、刑事訴訟法の部分的な改正といい、あらゆる面で失敗だった。やはり権力は狡知に長けている。権力を侮ってはならない。部分的な改正に目がくらんで、全体として見る目を失ってはいけない。
なるほどと思うところは確かに多い本でした。いろいろ問題はありますが、私はそれでも司法制度は前より少しはましになってきているところが多々あると私は考えています。引き続き著者には鋭い指摘を期待します。
(2018年1月刊。1400円+税)

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