弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年10月10日

「空白の五マイル」

中国

(霧山昴)
著者 角幡 唯介 、 出版  集英社文庫

命がけの冒険とは、こういうのを言うんだろうなと、つくづく思いました。
読んでいるほうの私まで、遭難して命を落としてしまいそうな気分になってくる本です。
早稲田大学探検部のOBである著者は、2002年12月、一人でチベットのツァンボー峡谷の探検に挑戦した。ツァンボー川はチベットの母なる川。ツァンボー川は、チベット高原を西から東に流れたあと、ヒマラヤ山脈の東端に位置する二つの大きな山にはさまれた峡谷部で円弧を描き、その流れを大きく南に旋回させる。そこはツァンボー川大屈曲部と呼ばれる。
山で一番こわいのは毒ヘビ。夏には、ヘビにかまれて死ぬ村人もいる。冬ならヘビは冬眠している。だから雪が積もっていても、冬のほうが探検には適している。
密林に足を踏み入れると、日本の山とはまるで勝手が異なることを知った。地面の土は柔らかく、傾斜が強いので、一歩足を踏み込むたびに半歩ずるっと滑る。灌木はつかむとメキっと柔らかい音を立てて折れてしまう。滑落の原因になる。障害となる岩場が頻繁にあらわれる。
ツァンボー川で1993年9月に遭難死した日本人青年の相棒で生き残った人が、いま東京で弁護士をしているという話も紹介されます(只野靖弁護士)。そんな経歴の弁護士もいるのですね、驚きました。
著者の場合は、15メートルほども滑落したけれど、幸いなことに途中のマツの木にひっかかって、運良く助かります。2時間あまりに到達できると予測した沢を渡るのに、実際には20時間以上もかかったのでした。
川に温泉があるのを見つけて、衣服を脱ぐと、自分の体に不気味な異変が生じていた。手の指先から足のつま先に至るまで、全身が赤いぶつぶつで覆われている。手のひらで触れてみると、ハ虫類のうろこのようにぼこぼこしている。数え切れないほどのダニが体に群がっていたのだ。ダニの咬傷はどんどん増え、表面からすき間がなくなてしまうくらいに、体はかゆいぶつぶつに覆われた。
こりゃあ、ヘビも怖いけれど、ダニも怖いっていうこうとですね・・・。ようやく3日後、なんとか村にたどり着くことができたのです。
そして、2009年12月に再び著者は挑戦するのです。
せっかく就職できた朝日新聞記者の職を投げうってからの挑戦です。そして、再び最悪の死の危険に直面します。
体の状態は疲労を通り越して、衰弱の域に入った。すでに出発してから20日がたっている。朝食をとって出発して1時間半くらいは普通に動けるのだが、それから急に疲れが襲ってくる。疲れというより、エネルギーが足りなくて体を動かせないという感じだ。斜面に傾斜があると、四つんばいにならないと登れない。倒木に足先がひっかかったら、手で足をもちあげなければならなかった。しかも大きな声で気合いを入れながら。その大声を逃すにも疲労を感じた。体内に蓄えられていた脂肪がついに完全に燃え尽きたのかもしれない・・・。たくましかったはずの太ももはモデルのように細くなり、肋骨は見事に浮き出て、なでるとカタカタと乾いた感触が手に残る。
すさまじいばかりの探検記です。真夏の夜にゾクゾクさせる涼味あふれる本だと言えましょうか・・・。
(2012年9月刊。600円+税)

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