弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年9月 1日

マフィア国家、メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々

メキシコ


(霧山昴)
著者 工藤 律子  、 出版  岩波書店

いやあ、正直言って、メキシコがこんなに怖い国だとは知りませんでした。
トランプがメキシコ国境との間に壁を築くというのは悪い冗談だとしか思えませんが、メキシコ政府がそんなに腐敗しているのかって、想像を絶します。
日本の官僚制度もアベ政権の人事局長システムで悪いほうに変容されつつありますが、それでも前川さんのような骨のある人を支持する土台がまだあると信じています。メキシコには、残念なことにそれがないようです。
メキシコでは、政府が深刻な腐敗をかかえ、麻薬マフィア国家と化している。連邦政府、地方政府、あらゆるレベルで多くの人間が犯罪組織とつながっている。その結果、2006年12月から2015年8月までの行方不明者は3万人、殺害された人が15万人。その犯罪の9割は裁かれない。
仕事帰りの若い女性、14歳から22歳前後の貧困層の女性が誘拐されたり、失踪される事件が多発している。人身売買の犠牲となっている。
麻薬カルテルという呼び名は、今やまとはずれだ。現在では、犯罪の多国籍企業化し、世界54ヶ国を舞台として、多様な犯罪ビジネスを展開している。麻薬、武器、石油、臓器売買、DVD,CDの海賊版販売など・・・。
犠牲者が出ても、分裂した国家内部の汚職と腐敗のために、罰せられるべき人間が罰せられない。メキシコでは、誘拐・失踪事件の99、9%が未解決。真犯人は、権力内部の協力者や仲間に守られ、法で裁かれない。
2016年にメキシコで起きた殺人事件は2万3000件。これは、内戦中のシリア(6万件)に次いで、世界で2番目に多い。
その主犯が麻薬カルテルと断定できないところにメキシコの抱える問題の深刻さがあります。つまり、軍や連邦警察も、「殺人」に加わっているようなのです。これでは、国民は誰を信じていいのか分かりません。困ってしまいます。
そして、メキシコの犯罪多発に「加担」しているのがメディアです。権力の言いなりでしかなく、言論の自由がない。
日本のマスコミもアベ政権の顔色をうかがうばかりになってはいますが、ときとして真実を伝えようとしているところが違います。
暴力に暴力で立ち向かっても解決にもならないことを学んだという元ギャング団リーダーの言葉が紹介されています。本当にそのとおりです。
こんな危険なメキシコに現地取材した著者の勇気に心より敬意を表します。これからも生命・健康に留意しつつ、適切な情報を日本に伝達していただくことを期待します。
(2017年7月刊。1900円+税)

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