弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年8月12日

殿様の通信簿

江戸時代

(霧山昴)
著者 磯田 道史 、 出版  新潮文庫

「土芥(どかい)冠讎(こうしゅう)記」という元禄期の本があるそうです。
著者は、この本のなかから、現代に生きる私たちに、江戸時代の殿様の生々(なまなま)しい生活の実情を教えてくれます。この本は、隠密(おんみつ)の探索の結果にもつづいて、幕府高官が書いたもののようです。殿様が家来をゴミのように扱えば、家来は殿様を仇(かたき)のようにみる、という意味の言葉です。
水戸黄門とも呼ばれた徳川光圀の素行調査もされている。
それによると、とても品行(ひんこう)方正(ほうせい)とは言えない。江戸時代の大名のなかでも、光圀はズバ抜けて好奇心の強い人物だった。現実の光圀は、諸国漫遊こそしなかったが、その存在は、当時の人々にとって、衝撃的だった。家康の孫という高貴な人物が、好奇心にかられて、色街に出没する。その噂だけでも、当時の人々の心は十分に浮き立った。浅野内匠頭(たくみのかみ)は、無類の「女好き」であり、さらには、「ひき込もり」行動がみられた。そして、地元の家老の仕置も、心もとない。若年の主君が色にふけるのをいさめないほどの「不忠の臣」だから、おぼつかない。
前田利家は、体が大きく、身長も高く、180センチもあった。
江戸時代は270年も続いた。人間の一世代を30年前後とすると、約10世代になる。
江戸時代は250の藩があり、それぞれ一つの大名がいた。だから、少くなくとも250人の大名がいた。
江戸城では、大名の席順は、石高ではなく、官位で決まる。そのため、「官位」は、大名の最大の関心事になっている。
この本を読むと、殿様は決して気楽な稼業とは言えなかったようです。
(2017年6月刊。520円+税)

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