弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年6月30日

ファニア、歌いなさい

ドイツ

(霧山昴)
著者 ファニア・フェヌロン 、 出版  文芸春秋

アウシュヴィッツにあった女性だけのオーケストラで奇跡的に生き残った女性音楽家の手記です。電車のなかで読むのに夢中になっていて、危く乗り過ごしてしまうところでした。
2年間の強制収容所生活で、歌手だった著者は、身長150センチ、体重はなんと28キロだった。それでも、1945年4月に解放されたとき、歌をうたうことが出来たのです。気力のおかげでした。
著者はユダヤ人の父とカトリック教徒の母のあいだに生まれ、22歳からモンマルトルのクラブでシャンソンを歌っていた。パリ音楽院のピアノ科を優等で卒業していて、歌だけでなくオーケストラ用の編曲ができた。
女性だけのオーケストラの平均年齢は20歳そこそこ。年ごろの娘たちが集まっていた。国籍も宗教も違っていた。ユダヤ人だけでなくポーランド人もいたり、共産主義者もいて、内部では反目、いさかいは絶えなかった。
オーケストラは、朝、労働行進曲を演奏しはじめる。勇ましく、明るく、まるで楽しい一日の始まりを告げるように。しかし、その音楽を聞きながら死んでいく人たちがいた。辛い労働に駆り立てられていった。
憎しみと侮辱のまなざしが刺すほど痛い。「裏切り者」、「売女」。そして、死の選別を終えてきたばかりのナチス親衛隊員を歌と音楽で慰める。
アウシェビッツ暮らしのなかのもっとも苦しい一瞬だった。ナチスに気に入られつづけるかどうか、それがオーケストラのメンバーが生存できるカギだった。
シューマンのトロイメライを聞いて収容所の所長は涙を流した。音楽を聞くことによって、選別の苦労を忘れようとしているのだ。
分割して統治することのうまいナチは、よくユダヤ人同士を反目させた。収容者代表、棟代表、労働班長、補助事務員、給食係などの特権的ポストは、ナチスから命令されたことを全力でやりぬくユダヤ人だけに与えられた。親衛隊員からみて熱意に欠けるものは、容赦なくポストを剥奪されるか、ガス室へ送られた。
強制収容所で出産した赤ん坊と母親が無事に生きのびたことも紹介されています。
『チェロを弾く少女アニタ』(原書房)にも、この本の著者ファニアが重要なメンバーとして紹介されています。
実は、この本の著者は『強制収容所のバイオリニスト』(新日本出版社)の著者と同じオーケストラにいました。後者はポーランド人女性で、ファニアがポーランド人を侮辱していると非難しています。民族と宗教の違いは当時も今も大変な反目を生んでいるようです。これが世界の現実なのですが、お互いにそれを乗りこえていく努力をするしかありませんよね。
「私が日本人であってよかった」という日本会議系のポスターが貼り出されて、ひんしゅくを買っていますが、実は、その「日本人」女性が、実は中国人だったとのこと。日本民族の「優秀性」を誇るのも、ほどほどにしたいものです。
それはともかく、この本は批判される弱点もあるとは思いますが、読みものとしては最近の本よりは断然迫力がありました。ネットで注文して読みました。
(1981年11月刊。1300円+税)

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