弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年5月24日

舞台をまわす、舞台がまわる

社会

(霧山昴)
著者 山崎 正和  御厨 貴 ほか 、 出版  中央公論新社

現代に活躍する劇作家、評論家の半生の語りを聞くと、生きた現代日本史がよく分かります。
著者(語る人)は戦前の満州の小学校に入学しました。軍国主義化が進んでいたようです。教師による鉄拳制裁はあたりまえの世界だった。満州の小学校には、ここは戦場と地続きだという意識があったからだ。
秋になると穂先の赤くなる高梁畑に真っ赤な太陽が沈んでいくと、見渡す限り燃えるような赤になる。
これは、ちばてつやのマンガにも描かれていましたね・・・。
敗戦後、満州は無政府状態になったが、そのなかでも、日本人の親は子どもを学校にやった。男は外に出ていったら撃ち殺されるし、母親は地下室に隠れている状況でも、学校はやっていた。そして、学校には首吊り死体がぶら下がっていたが、誰も気にせず、授業がすすめられた。
これには、驚きますね。日本人のいいところかもしれませんが・・・。
そして、著者は京都に引き揚げてきて、15歳、中学3年生のとき日本共産党に入党し、党員として活動を始めた。
これまた信じられないことです。15歳で政治活動を始めただなんて、早熟すぎます。
そして、京都大学文学部に入ります。当時の共産党は暴力革命路線をとっていましたので、山村工作隊に入る学生もいましたが、著者はその暴力路線に嫌気がさして、共産党を辞めたのでした。
そして、大学院に入り、アメリカに留学するのです。フルプライトの指名によります。
アメリカは昔から賢いですよね。これはと思う人物を招待して、アメリカに学ばせて「洗脳」するのです。アメリカ的価値観をしっかり身につけて日本で活躍してくれるのですから、こんなに安上がりな「洗脳」システムはありません。
そして、日本に帰ってきて、東大闘争(紛争)に関わるのです。私も初めて知る話でした。
著者と京極純一と衛藤瀋吉の三人が佐藤首相の秘密のブレーンになっていて、東大入試を1年だけ中止するというショック療法を思いついたのです。そして、佐藤首相を安田講堂の前を長靴姿で歩かせたのでした。
これについて、後藤田正晴は警察庁次長をしていたけれど、何も聞かされておらず、「余計なことをした」と批判していた。
著者は総理官邸のなかで仕事をしていたといいます。いつのまにか、権力の中枢で「弾圧」する側の知恵袋として活躍していたのですね。
著者は日本の非核三原則も「不可能な話だ」と切って捨てます。
アメリカに楯突くという発想がまったくありません。フルブライト仕込みが生きているのですね。そのあとも、内閣調査室(内調)のお金をつかって研究会をすすめます。
著者は、アメリカに少しは抵抗しようとした宮澤首相を小馬鹿にした感じで評しています。
そして、全共闘に対しては「可愛かった」として、シンパシーをもっています。きっと似た体質があったのでしょうね・・・。
ただ、著者の指摘する近代日本の知識人における自我の欠如だとか、森鴎外が自我の「ない」ことの苦しみと不安を生涯のテーマとして書いた人だという分析は、さすがに鋭いと感嘆しました。「不機嫌の時代」だとか、日本人の多くは世は無常なので、明日はどうなるか分からないから、今日のところはちゃんとやろうと考えるのが日本人だとする点は、私にも共感できるところがありました。
それでも、JR東海の葛西って、評価できる人物だとは私には思えません。安全無視で金もうけ本位の日本をつくりあげた張本人の一人なのではないでしょうか。
JR九州も最高益だといいますが、新幹線の駅のホームに駅員を置かないで、乗客の自己責任ということで安全手抜きの体質は、いずれとんでもない大事故を起こしてしまうのではないかと私は心配しています。
上下2段組み340頁もある大作です。大変勉強になった本であることは間違いありません。その頭脳の鋭さに驚嘆しつつも、権力本位の発想が身にしみついている人間だなとつくづく思ったことでした。
(2017年3月刊。3000円+税)

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