弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年3月30日

刑事司法への問い

司法

(霧山昴)
著者 指宿 信 ・ 木谷 明 ・ 後藤 昭 、 出版  岩波書店

シリーズ刑事司法を考えるの第0巻として刊行されました。
いま、日本の刑事司法は、確実に、そして予想を上回る勢いで変わりつつある。
この本は、この認識をベースとしつつ、そのかかえている問題点を縦横無尽に斬って、解明しています。
刑事被告人とされ、長い苦労の末に無罪を勝ちとった元被告は鋭く指摘しています。
冤罪は、なぜ起こるのか。一言でいえば、捜査権力が誤った目的意識をもっているから。肌で感じた冤罪の要因の一つは、検察官の取調べ能力の高さ、つまり調書作成能力の高さである。一人称で書かれながら、検察官が怪しいと思う部分は、符丁として問答形式が挿入されるといった枝巧が用いられる。
取調べのプロである検察官に対して、知力、気力、体力で伍することができなければ、取調べをイーブンに乗り切ることは不可能である。
そして、捜査権力の無謬性を、もっとも信頼しているのが裁判官である。
裁判官に対しては、圧力をかけていると一切感じさせない、しかし、国民が注視しているという意識をもたせることが必要。なーるほど、工夫が必要ということですね。
検察庁では「言いなり調書」を作成すると上司から叱責される。「あるべき」「録取すべき」供述とは、有罪の証拠として十分に使える供述調書のこと。このような調書を作成できることが重視される。
冤罪の大きな原因は、違法な取調べによる虚偽自白。これは捜査機関、ひいては裁判所までもが自白を必要としているから。
動機の解明に固執すると、捜査機関に合理的かつ詳細な自白獲得という無理を強い結果になりかねないことが意識されるべきだ。
最近、さいたま地裁では拘留請求の却下率が急増し、平均1%だったのが8.11%にまでなっている。
刑務所を満期釈放で出た人の60%以上が、10年以内に再び刑務所に入っている。
しかし、仮釈放になった受刑者の再入院率は低い。
刑務所での作業の労賃は時給6円60銭。最高でも時給は47円70銭。これでは出所するときに5万円ほどにしかならない。受刑者が刑務所を出て社会に復帰するときに必要なアパートを借りたり、給料をもらうまでの生活費には、まったく不足する。
矯正施設に収容される人は減り続けている。刑務所は8万1255人(平成18年)が、6万486人(平成26年)へと2万人も減っている。少年院は、6052人(平成12年)がピークで、今やその半分以下の2872人(平成26年)。
刑事司法の現場にいた人、身近に接している人たちの論稿ばかりですから、さすがに深く考えさせられます。
末尾の座談会の議論に、真実主義者の弁護士がいるのに、私は驚いてしまいました。真実は、もちろん私も俗人としていつも知りたいものです。しかし、法廷で弁護人に求められているのは決して「真実」ではないと教わってきましたし、自らの体験でもそれが正しいと考えています。
いずれにしても、あるべき刑事司法を考える有力な手がかりとなるシリーズの刊行が始まったわけです。ご一読をおすすめします。
(2017年2月刊。2800円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー