弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2017年1月17日

役者人生、泣き笑い

社会

(霧山昴)
著者 西田 敏行 、 出版  河出書房新社

私と同じ団塊世代です。私にとっては、正月映画の『釣りバカ日誌』のハマちゃんですね。お正月には、家族みんなで寅さん映画をみて、さらに時間に余裕があれば『釣りバカ』をみていました。
森繁久弥のアドリブに対して即興で対応できたというのですが、宴会の席でも即興で歌をつくってうたったというのですから、たいしたものです。
役者としてヒットする前は、六畳一間のアパート生活。風呂も電話もない。二人分の銭湯代がなくて、妻を銭湯に行かせて、本人は水道で身体をふいてすませていた。小さな冷蔵庫のなかはいつも空っぽ状態。
「今に冷蔵庫の中をおいしいもので一杯にしてあげるからね」。夢のまた夢のようなことを妻に言っていた。5キロ入りの米袋がカラになると、芝居仲間の家に「もらいメシ」に二人して出かけていた。
私は司法修習生のときに結婚したのですが、貧乏な新婚旅行だったので、同じクラスの修習生の新婚家庭(長崎)に泊めてもらうなどしていましたが、途中で所持金がなくなり、奈良の修習生宅にたどり着いて、そこで借金して、なんとか東京まで帰り着くことが出来ました。ですから、友人さえいれば、お金がなくても生きていけるという実感があります。
中学生までは福島の学校で人気者だったのが、東京に出て高校生活を始めると、福島なまりが恥ずかしくて、コンプレックスの塊になってしまった。だんだん暗い、表情のない少年になっていった。そこでとった解決策は、東京の人間になろうという努力はやめて、カッペとして開き直るというもの。
実はスマートに見えていた同級生だって、実は本当はカッペばっかりだったということが分かってきた。それからは、著者は、人間として地を出して演技をして、それが受けるわけです。そうすると、役者として演じている自分が、どちらが本当の自分なのか、自分でもよく分からなくなるのだそうです。なんとなく分かる話です。
『釣りバカ日誌』は三國連太郎とともに22作も「ハマちゃん」を演じたのですから、本当にすごいことですね。
著者は歌はうたえるけれど、音譜は読めない。聞こえるままを真似で、それを丸暗記してうたう。
こりゃまた、すごいですね。私も音譜は全然よめませんが、ともかく目で活字を確認しないと頭に入ってきません。耳だけで丸暗記なんて無理です。ですから、語学も苦手なのです。
著者は小学生のころから、たくさんの映画をみていたそうです。私も親に連れられて映画館にはよく行きました。
著者もこの本に書いていますが、鞍馬天狗の映画では、杉作少年が悪漢に捕まりピンチになっているところを、白馬にまたがった鞍馬天狗が街道を疾走してくるのです。映画館内は騒然として、大人たちもみな立ち上がり、拍手、大拍手そして大歓声です。
拍手のなかで、鞍馬天狗は悪人どもをやっつけるのでした。胸がスカッとして、みんなで胸をなでおろして帰路に着くのです。その役者ぶりをみて著者は役者にあこがれ、一人で東京まで行ったことまであるというのですから、驚きです。
今日の著者をつくったのは、もちろん本人のその後の努力もあるでしょうが、少年時代に体験したことが生きているのだとつくづく思ったことでした。
西田敏行の初の自伝だということですが、私は仕事の行き帰りに、車を停めて「道の駅」でコーヒーを飲みながら一気に読了しました。至福のときでした。
ただ、心筋梗塞で倒れたりしたこともあるようですから、もう暴飲暴食はほどほどにして、今後も末長く役者人生を歩んでほしいと思いました。
(2016年11月刊。1600円+税)

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