弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2016年9月 7日
ヒトラーの娘たち
ドイツ
(霧山昴)
著者 ウェンディー・ロワー 、 出版 明石書店
「ヒトラーの娘たち」は、社会の片隅に追いやられた社会病質者(ソシオパス)ではない。彼女たちは、自分の暴力が帝国の敵に対する正当な報復だと信じ、そのような暴力行為も忠誠心の表れだと考えていた。
数十万人ものドイツ人女性がナチ占領下の東部(ポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、リトアニア、ラトヴィア、エストニア)へと移り、ヒトラーの殺人マシンの不可欠なパーツと化していた。
1939年の時点でドイツ人女性4000万人のうち3分の1の1300万人はナチ党組織に積極的にかかわり、女性ナチ党員の数は終戦まで着実に増えていった。
ナチスの絶滅収容所の女性看守の平均年齢は26歳で、最少は15歳だった。身の毛のよだつような仕事に志願した女性は、大量殺害の現場を雇用とチャンスをもたらしてくれる場と考えていた。立派な制服、高い給料、そして権力を振るうことに魅力を感じた。収容所に入った囚人に対して人間味のある態度で接していた女性看守はほとんどいなかった。
多くのドイツ女性は、幼少のころ、日常的にユダヤ人と接触していた。そして、ユダヤ人が迫害されるようになったとき、日をつむる社会規範が生まれた。そして、それは、ドイツ人女性に独自の強さの体現を求める期待と結び付いていた。
ヒトラーのジェノサイド戦争の日常業務に貢献したのは1万人いる秘書のほか、文書係、電話交換手などの事務補助員だった。
ナチス親衛隊員の花嫁になったドイツ人女性は24万人、社会の新しい人種的エリートとして迎えられた。
大量殺人にさまざまな方法で加担したドイツ人一般女性の数は、それを阻止しようとした比較的少数のものに比べれば、数えきれないほど多かった。大半は好奇心からだけど、これに物欲も加わり、多くのドイツ人女性が東部に何千とあったゲットーで、ホロコーストに直面していた。
ゲットーのユダヤ人居住区からユダヤ人が一掃されると、ドイツ人たちが役立ちそうな物を戦利品として持ち帰るために集めてまわった。
大量殺人の経済効果を高めるため、親衛隊、警察指導者、地域の軍司令官そしてナチ党官僚は、ユダヤ人の財産を没収し、再分配する仕組みをつくった。それを知ったドイツ人女性秘書が故郷の母へ、ナチ福祉団から服を受け取らないようにと手紙で知らせた。それは殺されたユダヤ人の物なのだから・・・と。
ベルリンそしてウィーンのゲシュタポ本部では女性の割合は非常に高く、戦争末期には40%にまで達した。ユダヤ人の誰を殺すかという選択は、実際には受付のドイツ人女性にまかされていた。
ユダヤ人は商品と見なされていた。ゲシュタポ事務所の職員は移送されてきたユダヤ人たちから盗みとった食料を、ユダヤのソーセージと呼んで、たっぷり堪能した。「人間というゴミ」以外は、何も無駄にしてはならないとされていた。
ドイツ人女性秘書は、ナチの殺人マシーンの中心にいた。
ナチ支配下の全ヨーロッパに、実は4万ヶ所ものユダヤ人収容所があった。地域のコミュニティと融合した存在だった。これらの収容所をつくり、運営し、また訪れた加害者、共犯者、目撃者は多かった。想像されてきた以上に多くの人々がユダヤ人の組織的な迫害と殺人に関与し、知っていたのだ。少なくとも50万人のドイツ人女性が東部地域でジェノサイドをともなう戦争を目撃し、その遂行に貢献した。
そして、その暴力行為で罪に問われることのなかった女性たちは、この事実を封印し、否定した。加害者たちは、戦後、死んだ総統ヒトラーに対してではなく、お互いに対して忠誠と守秘の誓いを守り続けた。「密告者」として中傷されることのないよう保身に走った。
そんなわけなので、ホロコーストの罪を問うために一人でも証人を確保できるということ自体が、ごくごく例外的だったのです。
ナチスの殺人マシーンが、実は、普通の女性で良き母親でもあると同時に、殺人を苦にしない鬼にもなって支えていたということがよく分かる本でした。これも戦争の恐ろしさの一側面なのですね・・・。
(2016年7月刊。3200円+税)
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