弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2016年6月24日
「トゥイーの日記」
ベトナム
(霧山昴)
著者 ダン・トゥイー・チャム 、 出版 経済界
かつて「ベトナム戦争、反対」の声をあげた人に、そのベトナム戦争の実情がどんなものだったのかを知るため、ぜひ読んでほしい本です。実話です。
北ベトナムで医師の娘として生まれ育ち、医師となって志願して南ベトナムの戦場へ行き、苛酷な戦場で3年あまりを過ごして、ついにアメリカ兵の銃弾にたおれた若き女医さんが、ずっと日記をつけていたのです。それを「敵」のアメリカ兵がアメリカ本国へ持ち帰り、英訳し、またベトナムで出版されたのでした。
この日記を手にして読んだ南ベトナム軍の兵士が「燃やすな。それ自体が炎を出しているから」と叫んだというのです。持ち帰ったアメリカ兵は、今、アメリカで弁護士をしています。
実は、この本を紹介するのは二度目です。前にこのコーナーで紹介したのを目に留めた「NPO津山国際交流の会」から映画のDVDを寄贈していただきました。本当にありがたいことです。もちろん日本語字幕つきです。この本とあわせて、この映画が広く日本でも上映されることを願っています。
涙なくしては読めない日記です。うら若い女性が、日々の戦場の苛酷さを紹介し、また、そのなかで人々の温かい愛情に包まれながらも、揺れる心情を率直につづっています。公開を前提としない日記ですから、若き男女の思いが交錯している様子も悩みとともに書きつづられていて、胸をうちます。胸がキュンと締めつけられます。
「午後、いつものように双胴戦闘機が村の上空を旋回していた。すると突然、ロケット弾がファーアの13の村落に投下され、続いて、ジェット機が2機、代わる代わる攻撃を開始した。飛行機から放たれた爆弾は重々しく落下し、地上に突っ込む。爆弾が炸裂すると激しい炎が上がり、煙がもうもうと立ち込める。四角い形をしたガソリン弾は太陽の光の中できらきらと照り返り、それから地面に触れた瞬間に真っ赤な火の玉が上がり、空が厚い煙で覆われる。戦闘機は唸るような轟音を上げて飛び続けている。そして旋回するたびに爆弾が投下され、耳をつんざく爆音が響き渡る」(1969年7月16日)
「昼夜を問わず爆音が空気を揺さぶり、頭上を旋回するジェット機や偵察機、ヘリコプターの轟音が鳴り響く。森は爆弾と銃弾の傷痕が生々しく、残った草木も敵が散布した薬剤のせいで黄色く萎び、枯れてしまった。薬剤は人体にまで影響するらしく、幹部たちは皆、ひどい疲れと食欲不振を訴えている」(1969年6月11日)
「アメリカ軍は昨日の朝から進攻を開始し、私たちは今朝4時に起きた。7時、敵の攻撃が始まる。私たちは壕にもぐった。壕にもぐって1時間あまりたったころ、中の雨水がだんだん増えてきて、あと少しで水面が胸元まで届くほどになった。私たちは寒さに震え、ついに耐えられなくなった。アメリカ兵がどこにいるか分からないが、とにかくここを出ると決心して、蓋を持ち上げて外に飛び出し、草むらの中にもぐり込んだ」(1969年10月30日)
「戦争はあまりにも残酷だ。今朝、燐爆弾で全身を焼かれた患者が運ばれてきた。ここに来るまでに1時間以上はたっているというのに、患者の体はまだくすぶって煙が立ちのぼっていた。患者は20歳のカインという少年だ。いつも楽しそうに笑っていた真っ黒な目は、今はただの小さな2つの穴にすぎない。茶色く焼け焦げたまぶたからは、燐の焦げ臭い煙がまだ立ちのぼっている。その姿はまるでオーブンが出されたばかりのこんがり焼いた肉塊のようだ」(1969年7月29日)
「一斉攻撃の最中でも、周囲に落とされる爆弾を見ながら、岩の隙間で日記や手紙を書き続けた」(1969年2月26日)
「日曜日の午後。日差しが強く、成熟しきった森の中を激しい風が吹き抜けている。ラジオはちょうど『世界の音楽』の時間。小さな部屋で仕事をしていると、この空間がとても平穏であることに気づく。砲弾も戦火も、肉親を失う苦しみもふと消え、胸中には、ただメロディーから生まれる感動が残るだけ」(1969年1月19日)
「日曜日。雨の後の空は快晴で、涼しい風が心地よい。木々の緑もつやつやしている。部屋のテーブルの上野花瓶には、今朝取り替えたばかりのヒマワリ。ラジオの光沢のある本棚に影を落としている。レコードからは耳慣れた『ドナウ川のさざなみ』の音楽が流れ、訪ねて来た友人たちの笑い声がしている」(1970年6月14日)
日記は1970年6月20日で終わり、その2日後、トゥイーはアメリカ兵の銃弾にたおれた。
この日記が書かれていたのは、私の大学2年生のころから3年生のころのことです。他人事とは思えず、読むたびに涙がこみあげてきます。
才能あり、感情豊かな女性を戦争のせいで失くしたというのを実感させられます。
戦争の怖さと愚かさ、平和の大切さをしみじみ実感させてくれる貴重な日記です。
映画(DVD)を寄贈していただいて、本当にありがとうございました。
(2008年8月刊。1524円+税)