弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年3月 1日

無戸籍の日本人

社会

(霧山昴)
著者  井戸 まさえ 、 出版  集英社

 現代日本社会で戸籍がなく、住民票もなかったら、人が生きていくのは大変です。
 私は弁護士として、住民票がなくて生活している人には何回も出会いました。たとえば、夫のDVがひどくて逃げている人、サラ金の取立に脅えて住民票はそのままにして夜逃げした人などです。子どもの学校は住民票がなくても転入できるようになっています。もう30年ほど前から、そうだと思います。
 ところが、そもそも戸籍がないという人がいるのです。中国残留孤児の話ではありません。日本で生まれ育ているのに、学校にも行かず、大きくなった日本人がいるというのです。私は、弁護士として、そんな人に出会ったことはありませんし、そんな人がいるとは夢にも思っていませんでした。この本は、日本人として生まれながら戸籍のない子どもが生まれる過程(からくり)を明らかにしています。いかにも残酷な現実を知ることができました。
 著者は、県会議員や国会議員(民主党)になったこともある女性です。
 ノンフィクションですが、物語風になっていますので、問題の所在がよく分ります。著者がこの問題にかかわるようになったのは、離婚したことから自分の産んだ子どもが無戸籍になったことによります。
 戸籍がなければ住民票がつくれない。すると、生活するときに致命的な困難をもたらす。義務教育を受けるのが難しい。健康保険証がないため、病気のとき、全額が自己負担となる。選挙権はないし、銀行口座もつくれず、正式に就労することができない。生きていくうえでの、ありとあらゆる不都合や不安に直面せざるをえない。
 無戸籍の日本人は法務省の調査で680人。しかし、1万人はいるのではないか・・・。
 これは、大変な人数です。社会問題とすべき人数ですよね。
 成人の無戸籍者が働ける場は、水商売、ラブホテル、パチンコ業、風俗業など、限られている。親が不明のときには、就籍という手続きがある。かえって、簡単だ。
 民法772条によって無戸籍の子どもが生まれる。しかし、決してそれだけではない・・・。
 無戸籍の人が戸籍をもとうとするとき、役所は疑ってかかる。たとえば、指紋を求める。そこで、ひっかかる人が出てくる。犯罪もしていないのに、なぜ指紋を取られるのか・・・。
 そんなことするくらいなら、もう戸籍なんていらない、と考える人がいる。
 なんとなく、その気分は分かります。でも、ないと不便なのですから、ちょっとガマンできませんか、と思ってしまいます。
 そして、身勝手な親や性同一障害の人たちの話となると、涙なくしては読めない辛い人生の歩みとなります。日本の壁のあつさを感じさせる本でもありました。

(2016年1月刊。1700円+税)

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