弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2016年2月15日

アリスの奇跡

世界(ヨーロッパ)

(霧山昴)
著者 キャロライン・ステシンジャ― 、 出版  悠書館

 ホロコーストを生き抜いたピアニストというサブタイトルのついた本です。
 まさしく奇跡としか言いようがない女性ピアニストの一生です。ナチス・ドイツの強制収容所に入れられたユダヤ人なのですが、絶滅収容所ではなく、「見せ物」収容所だったのです。そして、収容所でもピアノを弾き続け、幼い息子ともども生き延びました。
 それには、彼女のピアノ演奏を聞いて感動したナチス将兵の援助もあったようです。そして、戦後はピアノ教師として生き続け、なんと110歳で大往生を遂げました。しかも、死ぬ日数前までピアノを弾いていたというのですから、まさしく奇跡の連続としか言いようがありません。
 強制収容所に入れられたとき既に30代でした。はっとする美人です。素晴らしいピアノ演奏ができる女性ピアニストでしたから、さすがのナチも殺すに忍びなかったのでしょう・・・。
 そんな体験をもつ彼女の言葉ですから、干釣の重みがあります。ともかく楽天的なのです。
 娘が胃ガンだという女性に対して言った言葉。娘さんに出来ることは、生きること。それしかない。あなたは、それを伝えるようにしなくてはいけない。今、書いている本を仕上げ、演奏会を開き、仕事を続け、常に微笑みを絶やさず、あなたが恐れている姿を決して娘さんに見せてはいけない。娘さんの回復をあなたが確信していることが、娘さんによってなによりの励ましになる。だから、泣いてはいけない。ぜったいに涙を見せてはいけない。
テレジェンシュタット強制収容所に何年も収容され、ナチによって母、夫、友人たちを殺されたが、アリスは誇り高く、したたかに生き残った。
アリスは、自分を抑圧した者たちへの憎しみや怒りや、家族を殺戮されたことへの苦しみに暮れている時間など持たない。増悪は、憎まれる者よりと、憎む本人の心をむしばむことを知っているからだ。
テレジェンシュタットに収容された15万6000人のユダヤ人のうち、生き残ったのは、わずか1万7500人だった
 アリスは、収容所内で100回以上もピアノを演奏し、ひそかに子どもたちにピアノを教えていた。
 アリスは、ドイツ語、チェコ語、そして英語、フランス語、ヘブライ語まで使いこなせた。
80歳台のアリスは時間と健康を確保するため、毎日同じものだけを食べることにした。健康的なシンプルなものを食べる。カフェインは体に良くないので、紅茶もコーヒーもやめた。ワインやアルコールもなしにし、お湯を飲むだけ。朝食は、チーズをのせたトースト1枚と、バナナ半分かりんごひとつ。そして、一杯のお湯。昼食と夕食はチキンスープ。
テレジェンシュタット収容所に入れられたのは、チェコ、オーストリア、オランダ、デンマークの才能豊かな人々や知識階級だった。ナチは、この収容所を宣伝材料とした。
テレジェンシュタットで開かれたコンサートは、敵をむかえ撃つ道徳の勝利だった。音楽家たちのもらした素晴らしい文化の力は、多くの囚人の絶望を押し返す楯となった。音楽を通して、演奏家たちは自分たちの存在感を再認識し、聴衆は音楽を聞いて時空を超え、演奏の間だけでも、自分たちの人生を肯定する穏やかな気持ちになれた。
音楽は私たちの食べ物だった。精神的な支えがあれば、普通の食べ物はいらないかもしれない。音楽は命なのだ。収容所では、涙も禁物だった。笑いこそが唯一の薬だった。
 世界は理解しがたいものではあるが、受け入れることはできるものだ。個人個人を存在者として受け入れることによって・・・。
 戦争は戦争を生む。それ以外にない。人は神の名において人を殺す。
 時間は貴重。過ぎ去った時間は永遠に戻らない。
 本を読めばよむほど、考えれば考えるほど、人と話せば話すほど、自分の幸せをかみしめることが出来る。
 強制収容所で6歳の息子に、こう話した。いま、私たちは劇場で劇をしているところだと想像してごらん。悪い悪女に、間違った汽車に乗せられて、ここへ連れてこられたけれど、いい兵隊がやってくるのを待っているところなんだ。そう言って母の笑顔を見せた。
 うむむ、なんとなんと、すごいですね。映画で同じようなものがありましたね。強制収容所に入れられた父親が息子にピエロのように笑わせていました。明日への希望を失わないことが大切だと思い知らせてくれる本です。ちょっぴり疲れたなと感じているあなたにおすすめします。

                           (2015年8月刊。2200円+税)

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