弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年11月10日

アルジェリア人質事件の深層

アフリカ

(霧山昴)
著者  桃井治郎 、 出版  新評論

 2013年1月16日、アルジェリアでイスラム武装勢力が天然ガス施設を襲撃した事件が起きました。このとき、日本人10人をふくむ40人が亡くなっています。
 著者は在アルジェリア日本大使館に勤務していたことのある学者です。アルジェリアという国の歴史と現状が詳しく紹介されていますので、とても説得力があります。
 アルジェリアの人口は3900万人。人口の90%は北部地域に暮らしているが、アルジェリア経済を支えてるのは南部のサハラ地域。気温50度をこすサハラ砂漠の地下には、原油や天然ガスなど豊かな天然資源が埋蔵されている。
 日本も、アルジェリアからLNGをスポット的に輸入することがある。この施設では、外の警備はアルジェリア軍の憲兵隊、内側は民間警備会社が丸腰(火器をもたない)であたっている。居住区の滞在者の名前が漏れていたから、内部スタッフに武装集団の協力者がいたことは確実。居住区内のアルジェリア人は、はじめから人質の対象になっていない。
 武装集団は合計32人。外国人の人質は、首や同体に爆弾コードを巻かれ、人間の盾として、外に座らされた。
2日目の朝9時すぎから、アルジェリア軍が外から居住区への攻撃を開始した。午後3時までに作戦は終了した。
 プラント地区は、3日目からアルジェリア軍が侵入作戦を開始し、4日目(19日)、午後10時から突入した。死者は10ヶ国40人に及んだ。日本人の10人がもっとも多い。武装集団32人のうち29人が死亡し、3人がアルジェリア軍に拘束された。
 アルジェリアでは、国内政治における軍の影響力は非常に大きく、軍情報部が実質的に軍の指導部を担っている。
 アルジェリアでは、メディアは非常に活発に活動している。ただし、治安情報に関しては、軍情報部の情報管理体制が徹底している。
武装集団メンバーの多くが外国人であり、リビアから侵入したことが明らかになった。
 アルジェリア政府は、事態が長引くこと、外国政府による介入を招く恐れがあることを知っていた。とくにアメリカ軍の介入はアルジェリア国内の反米感情を刺激し、政情不安に陥ることが明らかだった。アルジェリアは自尊心が強く、メンツを大事にする国である。
 日本は、いまだに首相が訪問したことがない。アルジェリア政府とのあいだで、日本政府は信頼関係を形成していない。
 1950年代、アルジェリアは、フランスからの独立を目ざして武装抵抗を続けます。映画「アルジェリアの戦い」は、私が大学生のころの映画です。そして、1962年にフランスから独立するのですが、その後も、アルジェリア国内では、激しい武力衝突や軍部によるクーデターが相次ぐのでした。
 革命は無政府状態を生みだし、その結果、大混乱が起きて悲劇に陥ると考えるアルジェリア人は多い。1990年代の暴力の連鎖が生々しい記憶となっていて、混乱や無秩序をなによりも恐れ、忌避する。アルジェリア国内では、現在、武装勢力に対する一般市民からの支持は完全に失われている。
アルジェリア国内の腐敗構造は継続し、むしろ悪化している。日本に対して求められているのは、貧困削減、技術協力、産業育成などの民生分野での貢献である。
 アルジェリアでは、「日揮」(JGL)の名前は、日本において以上によく知られている。
テロリズムに抗するというのは、武装集団を徹底的に掃討し、殲滅すればよいというような単純なことではない。むしろ、アルジェリアの歴史は、それに疑問を投げかける。
 テロリズムは、反体制側の暴力だけではなく、体制側の恐怖政治をも指し示す。
 私たちは、双方のテロリズムを拒否しなければならない。それは結局、暴力の連鎖を生み、絶滅戦に至るからである。私たちがなすべきは、現実に絶望して諦めてしまうのではなく、絶対的正義を掲げてテロリズムを根絶しようとすることでもなく、暴力や恐怖に基づく暴力主義に「ノン」と声をあげて拒絶を表明し、暴力の正当化を容認しない社会を一歩ずつ作り上げていくことにある。
 暴力主義への共感が広がらないような社会環境をつくり出していくことが遠回りではあるものの、テロリズム問題への本質的な解決策となる。
 世界からテロリズムをなくすというのは、「テロリスト」を殲滅することではない。テロリズムを生むようなあらゆる暴力主義をなくしていくことである。
 著者のこの提言は、今回の人質大量殺害事件そして、アルジェリアの戦後の悲惨な歴史を踏まえたものだけに、心が大きく揺さぶられるほど説得的です。


(2015年10月刊。2000円+税)

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