弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年9月 8日

証拠は天から地から

司法

(霧山昴)
著者  岡田 尚 、 出版  新日本出版社
 著者は司法研修所で私と同期(26期)で、同クラスでした。実は、実務修習地も同じ横浜だったのです。
著者の扱った事件からタイトルがとられていますが、本としても大変面白く、一気に読了しました。では、タイトルにちなむ話を紹介しましょう、本書の後半に出てくる話です。
国鉄の分割・民営化の過程で、当時の日本で最強の労働組合と言われていた国労や全動労の組合員は徹底して弾圧され、迫害を受けた。1986年12月、横浜貨車区で国労の組合員5人が助役に傷害を負わせたとして逮捕された。逮捕当日の夕刊各紙は大きく事件を報道し、国労つぶしキャンペーンに加担した。
しかし、起訴されたとき、助役に対する傷害罪は消え、公務執行妨害罪しかなかった。いったいどういうことか?
この刑事裁判で、検察側は、物的証拠としてマイクロカセットテープ一本を提出した。助役が事件の現場で隠しどりしたというもの。
弁護団は当然のことながらテープをダビングして聞いていた。すると、坂本堤弁護士(オウム真理教から妻子ともども無惨に殺されてしまいました)が「あれ、なんか違うのが入ってるな」と、つぶやいた。このテープには、当局側の事件直前の打合せまで録音されていて、それとも知らずに消去されることなく裁判所へ提出されていたのです。
ところが、雑音がひどくて、とても聞きとれない。そこで音楽スタジオを借りて、大変な苦労をして2年かけてテープ全部の反訳書を完成させた。
「やつら、たくさんいるんでね。動かないんですよ、、、、。公安関係の人、残っていただいてね」
「皆さん、ここに隠れてもらって、なにかあったときは、すぐ飛び出してもらいます」
「うちのほうは隠れていてね、やつらにやらせるように仕向けますから。決定的なやつをね、、、、、皆さんにみてもらえば、、、、」
「ワーワーやったところで、現認してもらえばいいですから」
このような当局の内部打ち合せが27分間も録音されていた。
このテープの謀議場面を著者はテレビ局に提供した。深夜に、「刻まれた謀議」として1時間番組として放映され、2桁の視聴率をとった。
助役のズボンのポケットにカセットテープレコーダーが入っていたというが、国労組合員による具体的「暴力行為」に触れた発言がどこにも出てこないことも明らかになった。
そこで、裁判所は、「(暴力があったら聞けるはずの)衣擦れ音等をまったく聴取できない」「本件テープは、暴力の裏付けとならないばかりか、問題性を広げてみせるばかりである」「管理者側の挑発の策謀といった、これまた不明瞭な事情が認められる」
などとして、無罪判決を下した。検察官による控訴はなく、一審で確定した。
 要するに、国鉄当局が公安警察としめしあわせて「傷害」事件をデッチあげたのです。
 次は、海上自衛隊の護衛艦「たちかぜ」で、いじめにあって自殺した若い自衛官の事件です。
 一審判決は遺族が勝訴(国は440万円支払え)したものの、自殺とイジメの因果関係を裁判所は認めなかった。東京高裁へ控訴した段階で、一審で国側代理人だった自衛官が内部告発したのです。自衛隊は、この自衛官が自殺した直後に乗組員全員にアンケートをとり、実情をつかんでいたのに、それを裁判の証拠として提出していなかったのです。
 この勇気ある自衛官は、ついに裁判所あてに陳述書まで書いたのでした。
 証拠隠しがバレた自衛隊側は、当然のことながら敗訴(国は7350万円を支払え)します。
 そして、自衛隊のトップは遺族宅に出向いて直接、謝罪し、告発した自衛官は差別されないような措置がとられたのでした。
 著者は、「あとがき」で次のように書いています。
  「弁護士生活41年だから、負けたこともあるし、勝利も、そこで私が果たした役割がどれほどのものか分からないが、それでも私は、これまで幸せな弁護士人生であった」
 弁護士の仕事に全力投球したため、家庭のほうはいささかおろそかな面があったようです。著者も、その点は反省しきりです。
 ともかく、熊本県玉名市で生まれ育ち、横浜での41年あまりの弁護士生活を振り返っている本書は、あとに続く弁護士にとって大変教訓に富むテキストにもなっていると思います。ぜひ、ご一読ください。
著者の今後ひき続きのご健闘を心より祈念しています。

(2015年7月刊。1700円+税)

  • URL

カテゴリー

Backnumber

最近のエントリー