弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年5月21日

イスラーム国の衝撃

中東

                                (霧山昴)
著者  池内 恵 、 出版  文春新書

 イスラーム法では、カリフの存在の必要性は明確に規定されている。『コーラン』とハディース(預言者の言行録)に依拠して、歴代の法学者が議論で合意に達した見解を疑うことは宗教上許されない。イスラーム世界が統一されてカリフが統治するという理念に異論を挟むことは、イスラーム教徒のあいだでは困難である。
かといって、全世界のイスラーム教徒や政府が「イスラーム国」のバグダーディーにしたがって、「イスラーム国」への加入を求めるという事態は起こりようもない。
 バグダーディーは、預言者の血統を象徴する黒いターバンなど、「衣装」にも入念に気を配っている。
 欧米人人質の処刑については、処刑の対象者も、処刑の実行者も入念に人選し、時期を選んでいる。欧米人一般ではなく、まずはアメリカ人を、続いてイギリス人を選び、それらの国によるイラクあるいはシリアへの軍事介入を止めるよう要求する映像を流して、一定期間をおいたうえで、処刑して公開していった。それによって、少なくとも集団の側の論理では、これらの殺人に正当性があるという主張の根拠を示す形で情報発信を試みた。
 人質にオレンジ色の囚人服を着せることで、グアンタナモ(キューバ)やアブー・グレイブ(イラク)でのイスラーム教徒への不当な扱いに憤る者たちの目には、斬首や映像公開といった行為も、「正当」に見えるという効果を狙っているのだろう。
 アメリカによる「対テロ戦争の」圧力を受けたアル・カーイダが復活した最大の要因は、2003年のイラク戦争だった。
 2014年に「イスラーム国」を名乗るまで、この組織は少なくとも5つの別の名前を名乗っていた。2003年のサダム・フセイン政権崩壊のあと、反米武装勢力の中心組織として、「タウヒードとジハード国」が台頭した。
 欧米側は、「イスラーム国」と呼ばず、ISISとかISILと呼び続けている。「イスラーム国」がイスラームを代表せず、「国家」でもなく、その勢力範囲は、イラクとシリアに限定されているという認識を確認するためである。
 オバマ政権が、アメリカ軍の完全撤退を2011年来に完了すると、「イスラーム国」はまたもや息を吹き返した。「イスラーム国」は、旧フセイン政権の軍・諜報機関の関係者を指導部に多く含んでいる。土着化をすすめる「イスラーム国」は、旧フセイン政権幹部の秘密組織とのつながりを深めた。
 仮に「イスラーム国」の半数ほどが外国人であるとしても、その主たるメンバーはイラク、である。2013年以降は、シリア人も増えた。
 「イスラーム国」が自らの存在を宣伝するには、無関係な第三者によって興味本位で転送されて広まるのが、一番効果的である。そのためには、話題にあがるほど衝撃的な映像でなければならない。しかし、同時に、残虐すぎてはならず、視聴に耐える範囲の残虐さでなければならない。見た目の残虐さを緩和するのが、処刑人の演劇的なしぐさである。
 これによって、人々は映画やドラマを見ているかのように錯覚して映像を見てしまい、転送しているうちに、映像はホンモノだと思われてしまう。
 なかなか宣伝に長けた集団のようです。いずれにしても、安倍首相の言うようなアメリカ尻馬に乗って日本の自衛隊が戦闘行為をするようになったら、日本自体がテロ攻撃の対象になる危険があります。絶対そんなことにならないように安倍内閣の戦争推進法案に反対しましょう。
(2015年1月刊。780円+税)

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