弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2015年4月12日

指の骨

日本史(戦前)


著者  高橋 弘希 、 出版  新潮社

 大岡昇平の『レイテ島戦記』を思い出しました。レイテ島の密林でアメリカ軍に追い込まれた日本軍の哀れな情景が描かれた本ですが、それは作者の実体験に裏付けされています。
 ところが、この本は、なんと30代の青年が戦場を見事に「再現」しているのです。
 まさしく見てきたような「嘘」の世界なのですが、真に迫っていて、体験記としか思えないのです。作家の想像力とはこれほどの力があるのかと思うと、モノカキ志向の私などは、おもわずウーンと唸ってしまい、次の声が出なくなります。
腹の上には、小さな鉄の固まりがあって、それを、両手で強く握りしめていた。あたかもそれが、自分の魂であるかのように。そして、背嚢のどこかにあるだろう、指の骨のことを思った。アルマイトの弁当箱に入った、人間の、指の骨。その指の骨と、指切りげんまんしたのだ。
 衛生兵は患者が死ぬたびに、指を切り取っていた。何本も切り落としているので、コツを摑んでいるようだった。骨の繋ぎ目に小刀の刃を当てて、小刀の背に自分の体重を乗せて、簡単に指を落としていく。
 死体から指を落としても、出血は殆どなかった.切断面から赤黒い血が、ベニヤ板へとろりと垂れるだけだった。
 いつか小銃も失った。南方とはいえ、山地の夜は寒い。衰弱した兵は、それだけでも簡単に死ぬ。常夏の南の島で凍死するのだ。
 その一帯の密林から毒草と電気芋しか採れなかった。電気芋を食べた兵は、全身を痙攣させて地べたを爪で掻き毟って死に、毒草を食べた兵は、口の周りを燗れさせ緑色の泡を吹いて死んだ。
果たしてこれは戦争だろうか。我々は、小銃も手榴弾も持たず、殆ど丸腰で、軍靴の底の抜けた者は裸足で、熱帯の黄色い道を、ただ歩いているだけだった。
 これは戦争なのだ。呟きながら歩いた。これも戦争なのだ。
 わずか122頁の戦争小説です。まるで、南国の密林に戦場に一人置かれた気分。戦争なんて、イヤだ、と叫びたくなる小説です。
 安倍首相は、こんな戦場のむごたらしさを描いた本は絶対に読まず、目をそむけてしまうだろうと思いました。だって、典型的な口先男だからです。
(2015年3月刊。1400円+税)

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