弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2015年1月11日
菅生事件第一審裁判記録
社会
著者 菅生事件60周年記念事業実行委員会 、 出版 同
菅生事件が起きたのは昭和27年(1952年)6月2日午前0時すぎのころのことでした。大分県竹田市菅生村の巡査駐在所が爆破されたという事件です。この事件が何より怪しいのは、事件の前に、この駐在所の周辺には、大分県警の警察官が何十人も周囲に潜んでいて、同じように新聞記者もじっと待機していたということです。
しかも、駐在所に住む警察官はいつでも出勤できるように長靴をはいていて、その妻も今夜、駐在所が爆破されるというのを知らされていたということです。
これでは犯人として捕まった二人は、まるで「まな板のコイ」です。現場に三人いたはずの「犯人」のうちの一人は警察に「連行」されたあと、行方不明になってしまいました。
そうなんです。その一人こそ、現職の警察官であった戸高公徳でした。「市木春秋」と名乗って現地の共産党に接近して、共産党員を現地の駐在所におびき寄せたスパイだったのです。
この戸高公徳は、事件のあと東京に潜伏しているところを、共同通信の記者に摘発され、裁判にかけられます。ところが、戸高公徳は、警察では、その後は格別に優遇され、警察大学校の教官になったり、警察共済組合の幹部にまで昇進したのです。
この裁判記録は、そんな菅生事件の苦難のたたかいを改めて掘り起こしたものです。ガリ版ずりの一審の記録を大分地方検察庁の記録を閲覧して、活字にして、読みやすくしたのです。大変な苦労があったことと思いますが、たしかに活字にしないと忘れ去られてしまう記録でしかありません。
昭和27年(1952年)4月の起訴状から菅生事件の前史の裁判は始まります。そして、昭和27年8月13日の公判から清源(きよもと)敏孝弁護士の無罪を目ざす弁論が始まるのです。
はじめのうちは「市木春秋」が何者か分からなかったから大変です。事件直後から姿を消したのは怪しい。そして、反共の有力者宅に寝泊まりしていたけど、誰も、その素性を知らないのでした。こんなハンディを背負って、現場近くで駐在所爆破の現行犯人として二人の共産党員が捕まり、裁判が進行していくのです。
この背景には、当時の日本共産党が中国にならって暴力革命路線をとっていて、「中核自衛隊」という軍事組織をもっていたことがあります。北の「白鳥事件」は「ぬれぎぬ」とは言い難いものがありましたが、この菅生事件は、まさしく典型的なぬれぎぬ事件でした。裁判では、大勢の警察官や新聞記者が、なぜ爆破された駐在所の周囲に待機していた(させられていた)のかということが問題となります。
その真相は、大分県警がスパイ戸高公徳に命じて、二人の共産党員を駐在所付近へ招き寄せていたということです。駐在所の爆破それ自体も警察官がやったものでした。
外から投げ込まれた爆弾が爆発したのではないこと。駐在所夫人の身の安全に危害を及ぼさない程度の爆発であること。こんな条件をみたした爆発事件だったのです。
被告弁護側は、何度も裁判官に対して忌避中立をします。まさしく予断と偏見をもった裁判の進行がありました。こんな事件で有罪判決が下されるなんて、まるで信じられませんが、昭和30年7月2日の大分地裁の判決は有罪でした。懲役10年ないし8年です。
もちろん、被告弁護側は直ちに控訴します。福岡高裁は昭和37年6月13日、無罪判決を下しますが、それは、スパイ・戸高公徳が東京で発見され、ついに法廷で証言せざるをえなかったことによります。
「小雨の中を2時間も駐在所前に張り込み、犯人の来るのを待ち受けていた」
「事件当時、既に鑑識課員が現地に派遣されていた」
これらは、被告人の有罪を肯定する証拠がないことになる、としたのです。弁護人は、駐在所内の爆発状況を再現実験していますが、この実験結果も、被告人らの無罪の根拠とされています。
私は40年前の弁護士なりたてのころ、被告人の一人であった坂本久夫氏と何回か話したことがあります。神奈川県で国民救援会の仕事をしておられました。とても小柄な男性です。
駐在所内の再現実現のとき、背が低いので電燈のソケットに届かないという写真がありましたが、なるほどと本人を見て思いました。
当時の共産党が山村において「中核自衛隊」という無謀な行動をしていたことはともかくとして、警察が共産党弾圧のためにスパイを使ってまったくのぬれぎぬ事件を創り上げたことを、そして、その無罪を明らかにするためには大変な苦労が必要だったことを、よくよく思い出させる貴重な裁判記録です。復刊の努力をされた実行委員会に対して、心より敬意を表します。
年末年始に読みふけってしまいました。
(2014年10月刊。4000円+税)
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