弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年10月29日

永続敗戦論

社会


著者  白井 聡 、 出版  太田出版

 いまの日本社会と政治について、大変鋭く、かつ面白い指摘・分析がなされています。
 私たちは侮辱のなかに生きている。これは大江健三郎の言葉。
 忘れてはならないのは、原発事故は「収束」したというにはほど遠い状態にあり、いまもなお、現場で被爆しながら作業に従事している多くの人々がいるという事実である。
 「侮辱」の内容として、東京電力という会社がいまだに存在していることを挙げなければならない。だが、政府のみが批判されるべき対象ではない。構造的腐敗に陥っているのは政府と電力会社だけではない。本来、国家権力に対する監視者たる役割を期待されているはずのマスメディアや大学・研究機関の多くも、荒廃しきった姿をさらけ出した。
 「日本の経済は一流」というのは、干からびた神話にすぎなかった。経済界を代表する人物は、原子力行政についてもっと胸を張るべきだと高言した。これって、本当にとんでもない言い草ですよね。
 第二次大戦に突入していった戦争指導層の妄想的な自己過信と空想的な判断、裏付けのない希望的観測、無責任な不決断と混迷、その場しのぎの泥縄式方針の乱発。これらすべてが2011年の福島原発事故の時に、克明に再現された。残念ながら、まことにそのとおりですよね。
 鳩山内閣はアメリカの圧力によって倒れた。それは、日本においては、選挙によって国民の大部分の支持を取りつけている首相であっても、「国民の要望」と「アメリカの要望」とのどちらかを選択させられるとき、「アメリカの要望」をとらざるをえないことを明らかにした。つまり、日本での政権交代は、実質的に政権交代ではない限りにおいてのみ許容されるものなのだ。
 沖縄は、戦略的重要性から冷戦の真の最前線として位置づけられてきた。そのため、沖縄では、暴力支配が返還の前も後も、日常的なものとして横行している。これは、日本の本土からみると、沖縄は特殊で例外的なものに見える。しかし、東アジアの親米諸国一般からすると、日本の本土こそ特殊、例外的なものであって、沖縄こそ一般的なものなのである。
 ことあるごとに「戦後民主主義」に対する不平を言い立て、戦前的価値観への共感を隠さない政治勢力が、「戦後を終わらせる」ことを実行しないという言行不一致を犯しながらも、長きにわたって権力を独占してこられたのは、それが相当の安定性を築きあげることに成功したからである。
 彼らの主張においては、大日本帝国は決して負けておらず、「神州不敗」の精神は生きている。彼らは、国内とアジアに向かっては敗戦を否認することによって自らの「信念」を満足させ、自分たちの勢力を容認し支えてくれるアメリカに対しては卑屈な臣従を続ける。
 敗戦を否認するため、敗北が無制限に続くことになる。日本の支配権力は、敗戦の事実を公然と認めることができない。それは、その正統性の危機につながる。そのため、領土問題について、道理ある解決に向けて前進する能力を根本的にもたない。
 こうした状況のなかで、「尖閣も竹島も北方領土も、文句なしに日本のものだ」「不条理なことを言う外国は討つべきだ」という、国際的にはまったく通用しない夜郎自体の「勇ましい」主張が、「愛国主義」として通用するという無惨きわまりない状況が現出している。
 北朝鮮による拉致被害者について、安倍首相は次のように述べた。
 「こういう憲法でなければ、横田めぐみさんを守れたかもしれない」
 安倍首相の発言の非論理性・無根拠は、悲惨の一語に尽きる。韓国は「平和憲法」をもたず、戦争状態にありながらも、多くの拉致被害を防ぐことが出来なかった。安倍首相のような政治家にとって、北朝鮮による拉致被害事件は、永続敗戦レジームを維持・強化するための格好のネタとして取り扱われている。
 占領軍の「天皇への敬愛」が単なる打算にすぎないことを理解できないのが戦後日本の保守であり、これを理解はしても、「アメリカの打算」が国家としての当然の行為にすぎないことを理解しないのが戦後日本の左派である。前者は絶対的にナイーヴであり、後者は相対的にナイーヴである。
 憲法問題に限っては、親米右派は大好きなアメリカからのもらいものをひどく嫌っており、反米主義者は、珍しくこの点だけについてはメイド・イン・USAを愛してやまない。
 日本の親米保守勢力の低劣さ、無反省ぶりにアメリカは驚き呆れ、怒りの悲鳴を上げているほど。しかし、この低劣なる勢力こそ、ほかならぬアメリカ政府が育てあげ、甘やかしてきた当のものにほかならない。
 なぜ、アルカイダのテロが東京で起きていないのか?
 それは、イスラム圏の人々が日本について大変な幻想をいだき、また誤解しているから。それによって東京はイスラム圏の爆弾テロの脅威から辛じて救われる。
 本当に、なかなか鋭い指摘です。目からウロコが落ちるとは、このことを言うと思いました。重苦しい胸のつかえがとれ、スッキリした気分に浸ることができます。
 それにしても安倍首相の原発事故「収束」宣言って、大嘘ですし、許せませんよね。
 今度、子どもたちへの道徳教育が始まるとのこと。道徳教育が今、一番必要なのは国会議事堂のなかと首相官邸なのではありませんか・・・。ともかく、見えすいた嘘は止めてください。安倍首相(さん)。
京都の川中宏弁護士のすすめで読みました。ありがとうございます。
(2014年8月刊。1700円+税)

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