弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年10月27日

未来のだるまちゃんへ

人間


著者  かこ さとし 、 出版  文芸春秋

 88歳の絵本作家が自らの生い立ちを語った本です。
 わが家でも、さんざんお世話になりました。「だるまちゃんとてんぐちゃん」、「カラスのパンやさん」、そしてなんといっても「どろぼうがっこう」です。私は、子どもたちに何回も何回も読み聞かせてやりました。子どもたちは、何回読んでも、飽きることなく、いつも喜んで聞いていました。知っているセリフが出てくると、私と一緒に言うのです。それが読み手の私にも快感でした。
 独特の雰囲気の絵です。なんだか素人っぽく、やさしい絵です。1000万人の子どもが読んだ絵本だとオビに書かれていますが、長く読み継がれる価値のある絵本だと思います。
 著者は、私が学生のときに打ち込んでいた川﨑セツルメントの大先輩にあたります。
 著者は東大工学部を卒業し、昭和電工に入り、会社員として仕事しながら、川崎市古市場でセツルメント活動に関わりました。
 私も、同じ、この古市場でセツルメント活動に3年あまり、勉強そっちのけで従事しました。といっても、私は子ども会ではなく、青年労働者の山彦サークルという名前の若者サークルに加わっていました。アカ攻撃が加えられたりするなかで、ハイキングやオールナイトスケート、そしてグラフ「わかもの」を読みあわせたりしていました。そのなかで、社会の現実への目が開かれていったのです。それまでは、自分一人で大きくなってきたかのような錯覚に陥っていました。今では、残念ながら学生セツルメントはほとんど絶滅していますが、私の学生のころは全国大会に1000人以上の学生セツラーが全国から参集し、大変な熱気でした。楽しい思い出です。
 著者が川﨑・古市場でセツルメント活動に関わったのは、1950年(昭和25年)ころ、24歳のときです。そのころの古市場は、焼け野原のあとにたてられた木造のバラックみたいな平屋がずらりと並んでいた。私が古市場でセツルメント活動していたときには、労働者の多くの住む住宅街でした。高層ビルはまったくなく、個人住宅と木造二階建てアパートが混在していました。決してスラム街ではありません。
 セツルメント診療所は今もありますが、私のころは木造二階建ての小さい診療所でした。私は古市場に下宿、レジデントしていましたから、診療所の職員のみなさんに大変可愛がってもらいました。
 子どもというのは、ときには大人よりも鋭い観察者だ。
 古市場では、何より子どもたちのエネルギーに圧倒された。
 セツルメントで運動会をすると、町じゅうの子どもたちが500人くらいも押し寄せてきて、てんやわんやだった。
 子どもたちは、遊びでも何でも、時間や場所さえ与えてやれば、自分でつくり出して楽しむ力を持っているし、紙芝居をつくって見せてやらないといい成長ができないというものでもない。自分で楽しみを探し出し、その楽しみが次のエネルギーとなって伸びていく。それが生きる力であり、子どもというのは、そういう生き物なんだ。
 川﨑のガキどもが、起承転結がちゃんとあって、人間がきっちり描いていれば、見てやるよ、と教えてくれた。だから、絵本を描くときの時間配分は、お話の骨組みを作るのに8割、絵を描くのに2割としている。
 大人は先回りして子どもの心を読みとったように思っているけれど、それはたいてい早合点だったり、見当違いで、かえって子どもに辛い思いをさせていることも多い。
 大人が自分のためを思って、そうしてくれたのが分かるから、その気持ちを傷つけたら悪い、否定したら悪いと思って、子どものほうが我慢している。
 家庭環境がいいに越したことはないけれど、どんな家庭に育とうと、やっぱり肝心なのは本人の力であり、人格であり、感性だ。
 子どもというのは、本当に好きなことなら、何としてもやるのだ。どうしてもやりたいのなら、大人や先生の目をごまかしてでもやればいい。そのくらいの知恵は子どもにだってあるはず。そして、それくらいの意気込みがなかったら、自ら水準を高めて、何かを達成するというのは難しい。本当にやりたいことなら、誰になんと言われようと、やらずにはいられない。それに向かって自らの意思で自らの力を注ぐのが、子どもというものだ。
 子どもについての考え方を、根本から改める必要があると思わせる大切な指摘です。
 がこさとしの絵本を一つも読んだことがないという人が、このブログの読者のなかにおられたら、それは明らかに人生の不幸です。今すぐ本屋が図書館に行ってください。そして絵本ですから、ぜひ声を出して、できたら子どもに向かって読んでみてください。心がほんわかしてくること間違いありません。
 先輩、いい本をありがとうございました。引き続き、絵本を楽しみにしています。
(2014年6月刊。1450円+税)

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