弁護士会の読書
※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。
2014年10月21日
なくせ じん肺
司法
著者 西日本石炭じん肺弁護団 、 出版 海鳥社
じん肺裁判に取り組んできた弁護団(主として福岡の弁護士たち)による日鉄鉱業との35年のたたかいをまとめたブックレットです。
じん肺は、吸い込んだ粉じんが気管支を侵して呼吸ができなくなる職業病。古くから「ヨロケ」とか「山弱り」と呼ばれ、鉱山労働者に恐れられていた。
粉じんにより肺に形成された結節は進行性、不可逆性で、治癒することはない。
じん肺は、最初は風邪にしては長引く咳や痰で症状を自覚できるにすぎない。しかし次第に、身体のだるさ、呼吸困難を認識するようになる。そして進行すると、ちょっとした動作でも息苦しくなり、酸素吸入なしでは生活できなくなり、ついには呼吸困難に苦しみながら死を迎える悲惨な病気である。
じん肺は職業病なので、じん肺法の定義にしたがって管理区分が決定される。合併症をともなう管理2以上の人は労災認定され、治療費が支払われる。
日鉄鉱業は、1939年5月、日本製鉄(新日鉄住金)の鉱山部門が独立して設立された。
1965年2月まで、北松(ほくしょう)炭田で5つの炭鉱を経営していた。
日鉄鉱業は、提訴前に激しい原告患者の切り崩し、提訴妨害を行った。
1979年11月1日、長崎地裁佐世保支部に訴状が提出された。今から35年前のことですね。そして、1985年3月25日、東孝行裁判長は、日鉄鉱業の責任を認める判決を出した。
1994年2月22日の最高裁判決は、最終行政決定のときから消滅時効は進行するとした。
また、「慰謝料額は低きに失し、著しく不相当であって、経験則又は条理に反する」という画期的な判決だった。
日鉄鉱業は、他の企業がすべて和解に応じているのに、ただ一社、執拗に和解を拒絶している。まさしく、法治国家のもとで異常な会社だと言わなければなりません。
日鉄鉱業は、これまで40連敗。「最高裁の判決であっても、納得できないものは納得できない」というのが日鉄鉱業の論理。本当に理不尽な会社です。
ただし、日鉄鉱業は、裁判とは別に「覚書」を作成して、未提訴じん肺患者へ70億円を支払ったとのこと。いわば司法を「無視」して、自分の影響力(主導権)の範囲内でなら解決するという特異な路線をとっているのです。こんな態度って、許されていいものなのでしょうか?
この本を読んで強く印象に残ったのが、原田直子弁護士の論稿です。
最高裁の法廷での口頭弁論の工夫。一番工夫したのは、初めの一文。話の出だしですね。裁判官の耳を、目を、心をこちらに向かせるにはどうしたらよいか・・・。
原告になったじん肺患者は昭和5年生まれ。終戦時15歳。満州から引き揚げ後、炭鉱に入った。最高裁の裁判官たちは、昭和2年から7年の生まれ。裁判官たちは戦争中の遅れを取り戻そうと必死で勉強し、法曹となって成功していったのに違いない。その同じ時期、九州の西の果てで、地底に潜って石炭を掘りながら日本の復興を支え、そして、日鉄鉱業から放り出されて35歳の若さで死んでしまった男がいる。裁判官がこのことに思いを馳せ、自分の人生と重ねて考えてもらえたら、被害を現実のものとして実感してもらえるのではないか。そう考えて、原告の物語をつくろうと思った。すごい発想ですね。頭が下がります。
最初に、裁判官の皆さん、あなたたちと同年代の男の物語です、と訴え、そのあと詳しい被害と、それをもたらした日鉄鉱業の非道な扱いを具体的に述べていった。
もう一つの工夫は、読み方。読むにあたって、原稿の量が多いと、どうしても手でしっかり持つので、下を向きがちになり、裁判官に訴えるという姿勢にならない。
また、ページをめくるために間が空いてしまうと、聞くほうの緊張感が続かない。さらに、読み手が感情的になると、たとえば被害の弁論では自分で声が詰まることがある、それでは裁判官が興ざめしてしまう。
そこで、自分の分だけ縮小コピーして枚数を減らした原稿を用意し、何度も何度も声に出して練習し、冷静に物語を語れるように心がけた。
ふむふむ、すごいことです。見習いたいものです。
弁論を始めたとき、二人の裁判官が書面からキッと目を上げてこちらを見た。それを見て、よしよし!と思い、落ち着いて弁論していった。
いやはや、まったくたいしたものです。このくだりだけでも、この本を読む価値があります。ご一読を強くおすすめします。
(2014年10月刊。500円+税)
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