弁護士会の読書

※本欄の記述はあくまで会員の個人的意見です。

2014年9月20日

天地雷動

日本史(戦国)


著者  伊東 潤 、 出版  角川書店

 長篠合戦と、それに至るまでを克明に描いた小説です。長篠合戦では、織田信長軍が鉄砲三千挺を三段撃ちしたという通説が疑われていましたが、最近、それが逆振れして、やはり通説どおり三段撃ちはあったのではないかということに収まりつつあります。私も、そのように今では考えています。
 この本は、では、どうやって、三千挺もの鉄砲を織田信長はそろえることができたのか、そして、そのため玉薬をどうやって確保したのかが、大きな主題となっています。逆に、反対側の武田軍の鉄砲と玉薬についてはどうなのか、ということにも目配りされています。要するに、武田勝頼も鉄砲はそれなりにもっていたけれど、玉薬のほうが枯渇してしまった(枯渇させられた)という状況なのです。
 この本では、武田勝頼は突撃しか知らない馬鹿な若殿様ということにはなっていません。信玄亡きあと、実力で「御屋形様」になったものの、信玄に仕えていた有力武将たちとの折りあいに苦労していた様子が描かれています。
 このころの鉄砲は南蛮物が主流でした。しかし、その南蛮物は、使い古したものが輸入されていたので、すぐに壊れた。4分の1は使いものにならず、武将たちは辟易していた。
 玉薬は、硝石7割、木炭1.5割、硫黄1.5割を混ぜてつくる異色火薬のこと。弾丸を飛ばすときに使われる粒子の粗い胴薬(どうぐすり)と、点火のために使う粒子の細かい口薬の二種を、鉄砲足軽は常に携行していた。
 長篠合戦は、織田信長の作戦勝ちだとしています。つまり、まず、武田軍の玉薬を欠乏させ、その確保のためには前進するしかないようにする。そして、後詰め(後方部隊)を奇襲して全滅させ、前進するしか活路を開けないようにしたのです。そこを、三段構えで、鉄砲足軽が待ち構えているというわけです。
 武田軍の主要な武将たちも、勝頼から、「この期(ご)に及んで命を惜しむのか」と皮肉られたら、前方の織田軍へ突進するしかなく、バタバタと倒れていくのです。
 この本は、最新の学説の到達点を見事に小説にまとめあげている点もすごいと思いました。
 「この時代小説がすごい」1位というのも、うべなるかな、です
(2014年4月刊。1600円+税)

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